第七十三話 フェイスオフ……という名のにらめっこ
ヌウマンさんから情報を得られたのはいいんだけど、
ちょっと事件が複雑になってきた。
錬金工房の名義を借りていたのが織工組合だとすると、
オルデン卿は骨董品を織工組合に流していたことになる。
オルデン卿による染色業の独占が不利益な織工組合に、だ。
賄賂?
やり方が回りくどいな。
報酬っていう可能性もある。
抗議集会を意図的に暴動に発展させたり、もしかして失踪も?
なんのために? 織工組合が協力するメリットは?
「その手、どうしたんだい?」
正面に座ってるオーロラが私を一切見ずに聞いてきた。
まったく興味ないけど暇だから聞いてる感がすごい。
最近はむしろ安心するわ、その自己中。
「アレポ。抱っこされるの嫌いみたいで、噛まれた。
本気じゃないけどね、ちょっと赤くなってるだけでケガってほどじゃ──」
「ふうん」
最後まで聞けや。
私たちは妖精騎士団の駐屯所に来てる。
セシリアさんにアレポの診察をしてもらうためだ。
それとオトのメンタルケア。
誘拐されかかったからね、子供の心理状態に悪い影響はないか、
お話しながら診てくれるんだって。
子供の心理療法ができる治癒士なんてめったにいない。
さすがは妖精騎士団専属。万能ぶりが半端ない。
で、ついでにオーロラに錬金工房のことを報告してる。
散らかってるねえ、オーロラの私室。
汚部屋女か? ……男だけど。
「ちなみにその錬金工房の情報はどこから?」
「言えるわけないでしょ。あなたがこないだまでやってたことを
考えたら絶対にね」
「何かしたかな?」
「無実の施療院を摘発してたでしょ」
「ああ、あれか。成果はあったじゃないか。
焦って動き出した連中が網にかかったよね? 死んでしまったけれど」
「身元は? 顔は復元できたの?」
「無理だ。骨格まで変化していてね、まるでもとからそういう形だった
みたいに。標本にしてあるけど、見るかい?」
「魔術師がみんなそういうの好きだと思うな。それならあとは、黒い仮面の
出どころかあ。ねえ、オーロラは……なんか外が騒がしいね」
「アレポとオトが来てるからだね。みんなまた会いたがってた」
ほとんど男しかいなかったのに、この黄色い声はなに?
アイドルグループでも来てるの?
「そんな顔しないで。みんな若いんだ、大目にみてやってくれ」
「確かに、まだ子供みたいな人もいたけど……増員?」
「新しい特務隊の候補たちだ。訓練の段階から集団での戦術を徹底して
学ばせる。今度はアビス相手でも戦えるようにしてみせる」
「そっか……またやる気になったんだね」
「ノエルにもフィニクスにも説得されたよ、忌々しい。
僕は何も間違っていないそうだ。だから諦めるな、と。
どうせ君が二人に何か吹き込んだんだろう」
「それは二人の本心だよ。二人とも、あなたに新しいアガートラムの
未来を見てるの。生まれながらに授かった力に頼るのでは、
いずれ限界が訪れる。あなたは変革の象徴なのよ」
照れて横向いてるオーロラ、ごはん三杯はいける。
ああ、お米食べたいな~~。
「象徴などくだらない。結局は誰もがアガートラムに力を求める」
「素直じゃないなあ。力って戦うことだけじゃないでしょ?
まあいいけど、今はあなたの『力』が必要なわけだし」
「錬金工房の話かい? それが本当ならオルデン卿と織工組合の
間には相応の取引がある。君は売り渡された骨董品の中に、黒い仮面が
あったと考えてる?」
「それなら仮説ができるでしょ。オルデン卿が織工組合の人間を使って
人さらいをしていた。織工組合に染色権の見返りを約束して」
「オルデン卿がブラックハンズ? 彼ほどの由緒正しい家系が?」
「そんな大貴族様がわざわざガンエデンを遠く離れたユースまで、
たかだか暫定議会の議員をするために来たのはなぜ?」
「なるほど、ティタニア様の目が届かないから、か」
「さすが、変革の象徴は頭が柔軟、理解も早い」
「ワイルズの女神さまは発想が自由だね」
なんで私たち、黒歴史をぶつけあってるんだ。
無駄に体力削り合うのはやめよ。
「それで、どう思う? この仮説」
「一つ、疑問が残るね」
「サリア……」
「そう、オルデン卿は娘のサリアが襲われている。
この事実は、その仮説だとどう説明するんだい?」
「自分が疑われないための狂言」
「だとしても、ブラックハンズの証拠を残すのはやりすぎだ。
協会や九神庁に警戒されてしまった」
「それは……私たちが阻止しちゃったから?」
「かもしれない。だが、僕にはどうにも作為的なものを感じた。
あの手を残した人物はそれを見つけてもらいたがっていた」
「なんのために?」
「だから、それをどう説明するのか、聞いてるのは僕だ」
「めんどくさいなー。もうオルデン卿も織工組合も、まとめて
捕まえちゃうってのはどう? 絶対なにかやってるよ」
「君、僕がどういう状況かわかってる? 妖精騎士団の名を
もってして、治安の維持もできない無能な隊長だよ?
オルデン卿に手を出して、決定的な証拠がなければ更迭だ」
「困るの?」
おっと、また怖い顔。
やっぱりこの間からオーロラの様子がおかしい。
普段通りに振舞ってはいるけど、沸点が低いというかね。
以前に見た焦り。
それがまだ、影のように彼に付きまとっている。
「ねえ、オーロラ、あなた、何をそんなに焦ってるの?
オトを誘拐しようとした男のときに感じたけど、結果を求めるのに
固執してる。じゃなきゃあんな危険なこと──」
「やれやれ、例の相手の気持ちがわかる魔法かい?
それを使うってだけで、人はこんなにも腹立たしくなるものかな」
「そう? ということは私、あなたの気持ちがわかってる?」
「わかってないね。僕は特務隊の隊長として、アガートラムの
当主として、全力を尽くしているだけだ」
「それだけじゃないと思うから聞いてるの。あなた言ったわよね?
グラヴィス邸で、私がもっと早く特務隊のみんなを助けられたのに、
あえてそうしなかったのなら許さないって。
そのままあなたに返してあげる。あなたがアガートラムの当主?
笑わせないでよって付け加えないだけ感謝して」
「うるさい女だ。そんなだからその歳で結婚もできない。
少しは身の程をわきまえろ」
「身の程わきまえてて、女一人で子育てなんぞできるかあーー‼」
私が立ちあがったら、オーロラも同時に立ち上がる。
至近距離で睨み合い。
格闘技イベントなんかでやるフェイスオフ状態。
大抵の相手はその圧倒的顔面美で圧殺できるんでしょうけど、負けるか!
こう見えても雑誌の表紙を飾ったことだってあるんだから。
……マリと一緒に。
……魔法少女の恰好で。
思い出したらむちゃくちゃ恥ずかしいね。
あ、ヤバい、自爆った。
気力が一気に減少し、怯んで目を逸らしそうになる。
「あら~~、二人でなにしてるの~~、にらめっこ?
珍しい、オーロラちゃんはクルスちゃんと仲良しなんだね~~」
「にらめっこ! オトもやる。オトはつよいぞ。
クルスにはれんせんれんしょーだ!」
それはね、オトがかわいいからだよ♡
どんな顔しててもかわいすぎて私の顔面が崩壊するの。
幸福って主観的で曖昧だなんて言ってたバカがいたけど、ウソです。
幸福とはオトです。
でも正直、セシリアさんが来てくれて助かった。
なんで私、オーロラ相手だとムキになっちゃうんだろう。
そんな大したことでもないのにね。
相性悪いのかな、私たち。
オーロラのことは別に嫌いじゃないんだけど……。
自分が嫌な顔してる気がして、オトと顔を合わせたくなかったけど、
セシリアさんのほうを見て唖然としちゃった。
別の意味で顔面崩壊。
なんでだよ……
なんでそんなにおとなしく抱っこされてんだよ、アレポォ⁉
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