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第六話 魔法使い

 大人になった利点の一つが、

 深刻な顔してるとわりと話を訊いてもらえる。


 集まってた人たちは私のために場所をあけてくれて、

 黙って私の検分を見守った。


「間違いないですね。これは異界の生物の体液です」


「嘘だ、そんなもんいるわけないだろ。ただの夜犬だ。

巡礼者のふりした詐欺師が!

騒ぎを大きくして金でもせびるつもりだろ」


「どんな姿でした?」


 私は反論を無視して泣き崩れている女性に訊ねる。

 こういうときは冷静に振舞うほどに信頼を得らえる。


「……犬みたいでしたが、ずっと大きくて。

足も四本じゃなかったように思います。うちの人が

斧で叩くと金属みたいな音がして、あの人の腕を食いちぎって……」


「ありがとうございます。充分です。

あとは任せて、休んでください」


「あの人は……あの人は助かりますか?」


「手は尽くします。希望を捨てないで」


 ただの気休め。

 私も周囲もそんなのわかってた。


 でも、女性がそれ以上取り乱さないように、

 彼女が知り合いの家に行くまではみんな黙っていた。


「それで、あんたはなんなんだ? どうしてわざわざ首を突っ込む?」


「私は魔術師です。四級の。こういった事態に遭遇した場合、

報告する義務があるんです」


 ちょっとざわついてる。


 本物の魔術師を見たことない人もいるのか、

 疑いの目を向けてくるのも。


 四級なんて都会じゃ珍しくもないけどね。


「魔術師が子連れで巡礼なんて聞かん話だ。訳アリか?」


「犯罪者ではないですよ」


「手を尽くすって、何ができる?」


「報告書を書くので最寄りの九神庁守護に使者を送ってください。

専門の対策チームが派遣されるはずです」


 うん、まあ予想通りだけど……

 それで? て顔してますね、みなさん。


「以上です」


「それだけ? 退治とかは?」


「四級にはそんな力はありません。

篝火の結界は有効そうですから、

拡大して村全体を覆うようにしましょうか」


「ふざけるなよ、そいつらが来るのに何日かかる?

それまでずっと怯えてろってのか」


「落ち着いて。被害者が連れ去られたのなら複数の個体がいるか、

最悪、巣があります。刺激すれば村全体が危険にさらされます」


「今度は脅しか?

手紙出して、脅す。大した魔術だな」


「おい、さすがにそれは言い過ぎだろ。

無視することだってできたのに名乗り出てくれたんだぞ」


 ゼップさん、優しいなあ。通りすがりの私なんか庇って、

 村での立場が悪くならないといいけど。


「義務って自分で言ってたろ。結局、

九神庁守護に頼るしかないなら、いなくても一緒だこんなやつ」


「いい加減にしろ。彼女に謝れ」


「お前だってルネスを探しに行きたいんだろ?

それとも、探さないで済んで喜んでるのか?」


 ゼップが相手のむなぐらをつかむと、

 私はその手に自分の手をかぶせて首を振った。


 こういうのは前にもあったからわかる。


 みんな混乱してるだけ。

 ケンカしたいわけじゃない。


 ゼップも相手の男も気まずそうにうつむいて、

 互いの顔を見ないように離れた。 


「戻ろう、いろいろもらってきた。あの子も腹を空かせてるだろ。

そういや、あんたの名前も聞いてなかったな」


「クルスです。あまりお役に立てなくて……」


「いや、あんたがいてくれて助かった。一通り文句を

言って落ち着いたからな。あんたには災難だったろうけど」


「それが仕事みたいなものですよ。

四級や五級なんて魔術師じゃない。ただの魔法使いです」


「魔法使い? おとぎ話みたいな?」


「いいえ。魔力が小さくて、

ろくな魔術も使えない魔術師はそう呼ばれるんです」


「なるほど、確かにみんなを落ち着かせたのは、

魔術じゃなくて魔法だな」


「ふふ、そういうことなら魔法使いも悪くはないですね」


 生徒会長やってたころを思い出す。


 文句言われるのが仕事の大半だよ、あんなの。

 おかげで鍛えらえたけどね。


 オトは言いつけ通り戸締りしてノックしたくらいじゃ開けなかった。


「あいことばは?」


「あ、合言葉……とは?」


「ドリル」


「え? ス、スター?」


「よし、入れ」


 なんか違う遊びになってた。

 スパイごっこなんてやったことあったっけ?


「ゼップさん? 笑うなら声出してどうぞ」


「いやすまん。

俺もあんたみたいにあの子に接することができたらな……」


 笑って、羨んで、後悔して。


 そんな苦しそうな横顔を無視しなきゃならないのは、

 もと魔法少女として辛い。


 食事を終えて、オトが私の膝に頭のっけてると

 火を見つめる目がとろんとしてくる。


 オトを見守るゼップさんの目は他人を見る目なんかじゃ

 なくなってて、誰かをオトに投影してる。


 あー、もう! 無視させてよ。


「ルネスさん、でしたか?

さっき、誰かが言ってましたけど」


「甥っ子だ。昨日、森に入って戻ってない」


「まだ襲われたと決まったわけでは……」


「姉さんの子だ。

姉さんが死ぬときに、必ず立派に育てると約束した」


 くうっ、予想より重い。

 きっともう覚悟を決めてるんだろうな。


 そういう目をしてる。戦いに行く人の目。


「ゼップさん、早まらないでください。

異界の生物は私たちの予想より遥かに強靭で敏捷です。

斧の刃が通らず、人の腕を簡単に食いちぎるんですよ?」


「熟慮のうえだ。それに俺はルネスを連れ戻したいだけで、

退治しようとまでは考えていない」


「やつらは攻撃性が非常に高い」


「なら急がないとな」


 平行線。


 この人は私が何を言っても一人で行っちゃうんだろうなぁ。


 やめよ?


 いなくなったのがもしオトだったら、なんて考えるのは。


「一つ、聞かせてください。

この事件はいつから始まったんですか?」


「赤い月の夜だ。今年は異様に赤くなっていたからな。

みんな不吉だと言っていた」


「す、すみません」


「なんであんたが謝るんだ?」


 オトを泣かしちゃったからです。

 直接、泣かしたのはあの三人組だけど。


 そういう状況を作っちゃった時点で私の責任。


 責任を感じるの、わかってて訊いてる自分に腹がたつ。


「おかしなやつだ。食ったならもう寝ろ」


「ルネス君を探しに行くんですか?

せめて夜明けまで待てませんか?」


「待てない。すまないがこのことは黙っていてくれ」


 私の深いため息も彼の決意は揺るがせず。


 ちょっと上目遣いで、あなたのことが心配なのって

 アピールしても目を逸らされた。


 数多の男子を言いなりにした魔眼もさすがに衰えたか。


 無常。


「ユーゴー、ウィゴー」


 半分寝ぼけたオトが火に向かって言った。

 なんで英語? 教えたけど。


「その子はなんて?」


「お前が行くなら俺も行く」


「どういうことだ?」


「オトはあなたを一人で行かせる気はないみたい。

つまり私も行くってこと」


「バカな。お前たちの面倒を見る余裕はない。

一人で行ったほうがマシだ」


「あなたは森に詳しい。私は魔法使いでやつらに詳しい。

オトはあいつらの匂いがわかる」


「匂いがわかる? その子はいったいなんなんだ?」


「気にしてる場合?

四級魔術師様が手伝ってやるって言ってんの。

ほら行くんでしょ? ルネス君探しに」


 リュックから必要なものを取り出してる私を

 ゼップさんは呆然と見てる。


 私も自分に呆れてる。


 こんなのバカだし……

 バカだよ。


 これオトを守るのに何か関係ある?

 それともなに? まだ魔法少女ごっこが忘れられない?


 誰かから偶然、与えられた力で人助けしていい気になって。

 意味もなく自分をすり減らしてそのご褒美はなんだった?


 わけもわからず異世界に飛ばされて、

 十四歳で何も持たずに一人きりで……


「クルス、こわくないよ? オトがいっしょだ」


「なんであんたがそんなやる気なの?」


「だってクルスはこまってるひとをたすけるから。

そうじゃないとオトといっしょにいないから」


 十四歳で、一人きりで、何もかも失って、

 先生に拾われて魔術の勉強に夢中になって……


 オトと出会ったんだよね。

読んでいただき、ありがとうございます。

まだまだ手探りで執筆中です。

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