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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第0.5章『名もなき魔導師の約束』
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04 大樹に祈りを

「あ、ゼノ。こんなところにいましたか」


「──へっ⁉ シオン⁉」


 まさかの友人が茂みから出てきた。

 どうしてこいつがここに?

 完全に固まるゼノを見て、シオンは得意げに胸を張った。


「実はアウル殿から貴方がニアの森へ行くと聞きまして。馬を走らせ、急いできました」


「…………なんで?」


「決まっています。妖精を探すためです!」


 馬鹿だ。素直にそう思った。


「あと、母上にベリーを渡したくて……」


 少し恥ずかしそうに、はにかんだ。おそらくこちらが本当の理由だろう。こう見えてシオンは母想いなのだ。


「ベリーなら、そこにあるけど……」


「わ、ほんとだ! こんなにいっぱい」


 茂みの側にしゃがみ、シオンが木苺をつまむ。そのまま口へと放り込み、


「すっぱ! 母上もよくこんな酸っぱいものを食べられますね。ジャムにするなりしないと、私にはとても無理だ」


「…………」


 何も言えなかった。


「そうだ! ここに詰めよう」


 布袋を取り出し、木苺を摘んでいく。ぱんぱんに袋が膨れるまで詰みこむと、シオンは満足したのか、立ち上がり言った。


「これでいいですね。では、ゼノ。妖精探しと行きましょうか」


 いやいや、こいつは何を言っているんだ?

 ゼノは状況を確認するべく、シオンを問い詰めた。


「……あのさ。いくつか質問いい?」


「どうぞ」


「アウルは? 近くに来てるよな?」


「いいえ。今日は午後からお休みをあげました」


「じゃあ、他の護衛の奴らは?」


「いませんよ。このくらいの距離ならひとりで来れますし」


「……えっと、城の奴らにはそれ伝えてきたのか?」


「まさか。止められますよ。地下通路を使って、こっそり城を抜け出してきました」


「──んなっ!」


 くらりと、目眩がした。

 王子がひとりで森に来るとか。

 しかも城を抜けてきた⁉ それじゃあ今頃、城のなかが大騒ぎじゃないか!

 地面に四つん這いになるゼノを見て、シオンが笑う。


「大丈夫ですよ、夕食時までに戻れば。それによく町に行ったりもしてますから。こう見えて、城の外には慣れていますし」


 ほら、城下の者たちの格好です。

 そう言ってシオンはその場で腕を広げた。


 薄手のシャツに地味な色のズボン。手に長剣を持ってはいるが、確かに今のシオンは自分と同じ庶民的な服装だといえる。

 だけど、だからなんだ。

 ここは一度引き返して、こいつを教官に突き出すべきだろうか?


 ゼノがうーんと悩んでいると、シオンは不思議そうな顔で首を傾げた。


「どうしたんですか? 早くしないと陽が暮れちゃいますよ」


「うん……。いろいろ言いたいことはあるけど……いいや。先に進むことにする」


 言ったところで聞かないだろうし。

 シオンは普段は賢いが、たまに馬鹿……いや、自由なところがあるのだ。ゼノは立ち上がり、困った友人と肩を並べて歩きだした。


 隣をちらりと見る。自分よりもわずかに背の高いシオン。

 出会った時は、こいつのほうが小さかったのに、なんとなく劣等感を覚える。


(いま、十二だっけ。こいつ)


 対して自分の正確な年はわからない。

 アウルには拾われたあと、十歳前後だと言われたから、当時シオンよりも少しだけ大きかった分、こいつの一つ上ということにしたのだ。

 それがもう、追い抜かされるだなんて。


「はあ……」


「どうしました? 溜息なんかついて」


「なんでもない。それより悪い、オレ地図持ってないからさ。目的の場所にどういったらいいかわからないんだ。適当に歩くけど平気か?」


「構いませんよ。そういうのも楽しいですから」


「あ、そう」


 幸い、先ほどから森狼の姿は見かけない。

 先に行った奴らが退治したのかもしれない。ひとまず森の祭壇を目指して足を進めること十分。歩いていたら、いきなり顔に光蝶スピルがぶつかってきた。


「──ぶっ!」


 痛くはない。

 だけど、反射的に瞑った瞼を開くと、それはもう至近距離に光蝶スピルがいた。怖い。


「な、なんだよ。危ないな」


 手で追い払う。しかし、しつこく自分へまとわりついてきた。


「──ちっ、こうなったら!」


 足に力をこめ、


「シオン! 走るから、ついてこい!」


「え? ──ゼノっ⁉」


 うしろでシオンが何か叫んでいるが、いまはそれどころじゃない。

 走る。全力で。

 木の根っこに足をとられそうになりながらも走る。そして、後ろを振り返る。血の気が引いた。


(ついてきてるよ……!)


 奴は追いかけてきた。

 そのうえ仲間まで増やしているときた。そう。さきほどは一匹だったというのに、いまは数十匹はいる。


 そのせいで、声は聞こえるが、シオンの姿が隠れて見えない。

 怖い。いや、恐怖を通り越して不気味だ。


「気持ち悪ぅ!」


 もし追いつかれて囲まれたら……。考えるだけでゾッとする。

 血でも吸われるんじゃないか? いや吸わないだろうけども、などと嫌な想像が頭をよぎった。


「もういやだ……」


 走る、走る。走る。

 ひたすら後ろから追いかけてくるものから逃げるべく走る。


「──ぎゃっ!」


 なにかに足をとられて転んだ。


「……ん? 木の根?」


 起き上がり、うえを見ると大きな木が立っていた。さらに大樹のすぐ前には祭壇らしきものがある。


「あれ? もしかしてここか?」


 立ち上がって祭壇まで歩いてみれば、いくつかの木札が置いてあった。


「ここだ! やった。……いやでも」


 後ろをみる。正確には周りを。だけど奴らはどこにもいなかった。


(まいたか……?)


 さきほどまで自分を追いかけていた光蝶スピルたちはどこかへ消えていた。なんとか撒けたらしい。良かった。


「はあ……、なんであいつら、あんなにしつこかったんだ?」


 いつもはそこまでしつこくはない。菓子を食べていると、やたらと周りを飛んでくるくらいだ。まぁそれも嫌な話だけども。つい文句を言いながら祭壇の木札を一枚取ると、息を切らしたシオンが追いついた。


「遅かったな」


「すみません……って、あの、急に走らないでください。びっくりするじゃないですか」


光蝶スピルに追いかけられてさ。それで逃げた」


「え! 光蝶スピルが! どこです⁉ どこ、どこ」


「もう()いたよ。それより、これ」


 周囲をきょろきょろと見渡すシオンに木札を見せる。それはなにかの文字が刻まれた御守り(アミュレット)だった。


「武のおまじないでしょうか」


「うん。城下でもたまに見かけるやつ。買うと結構高いんだよな、これ」


「へー、ちゃんと効くんですか?」


「アウル曰く、『無い!』……って、元気に言ってた」


「それ、ただのぼったくりじゃないですか」


 シオンが残念そうに眉を寄せる。

 そう言われても、こんなものは所詮気休めだろうし。


「あ、そうだ。菓子」


 ゼノはポケットから布袋を取り出す。中には採ったベリーの他に数枚のビスケットが入っている。それを一枚掴み、祭壇に置く。


 この大陸では森に神秘が宿ると信じられている。

 とくにうち、ユーハルドにおいては、その信仰が厚く、森をはじめとする自然そのものを尊ぶ。


 だからこうして菓子を供えて、森に住まう精なるものへ敬意を示すのだそうだ。

 ゼノ自身はそういう類を信じていないが、いちおう形だけはやっておかないと。あとで何かあっても嫌だし、とゼノは大樹を見上げた。


「ゼノ。三回、手を打って願いを言うんですよ」


「願い?」


「はい。母の故郷、サクラナでは樹霊(じゅれい)に祈りを捧げると願いが叶うのだとか。もちろん、気休めですけど」


「ふーん……って、気休めなのかよ」


「当然ですよー」


 笑うシオンに内心で「ええ…」と思いながら、言われた通り手を三回。パンパンパンと打ち鳴らす。


「将来出世して金と権力を手にいれて、楽な人生が歩めますように」


「身も蓋もないですね……」


「お前は? なにを願うんだ?」


「うーん、世界平和ですかねぇ」


「それはまた壮大な願いなことで」


 ふたりで並んで大樹に祈る。

 はたから見たら結構おかしな光景だ。なにせふたりして木に向かってぶつぶつと言いながら、手を合わせているのだから。

 他の誰かに見られたら頭がアレなのかと思われてしまう。


「よし、帰ろう」


 あとはこのまま帰るだけだ。

 ゼノたちが祭壇を背にして、歩き出したその時。


「ぎゃあああああああああああ」


「──⁉」


 誰かの叫び声と同時に、耳をつんざくような深い咆哮(ほうこう)が響いた。

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