03 ニアの森へ
騎士学校に着いた。
今日は実習だから、門の前に集まるよう教官が言っていたのだ。人だかりに近づいて、こちらを嘲笑する声が耳に届いた。
「お、来たぜ。放剣の騎士様が」
「おい、今日の訓練でも、うっかり剣投げんなよ」
「投げるっつうか、すぽーんって抜ける感じだけどな」
「「ぎゃははははは」」
(馬鹿が二人……)
放剣の騎士。不名誉なあだ名だ。
その名の通り、剣を握ってもすぐに手から離れてしまうから、そう呼ばれている。
比較的軽い木剣や、木槍なら大丈夫だが、真剣となれば厳しい。
それを面白がって、あのバカどもたちは笑っているわけだ。
「相変わらず、うるさい連中だな」
「エドル」
ふっと地面に影が落ちて横を向くと、茶髪の少年が立っていた。
すっきりとした短髪に騎士のような服装。
夏に成人を迎えたと話していたから、いま十五のはずだ。ゼノよりも頭ひとつ分ほど高い身長。自然とこちらが見上げる形になる。
「気にするな。お前は魔法が使える。やつらはそれをやっかんでいるだけに過ぎない」
「やっかまれてもな。魔法っていったって、少し風を起こせるくらいだし。それもアウルにもらった腕輪のおかげだから、オレ自身の力じゃないよ」
「無論。それは皆もわかっている」
だが、とエドルは続けた。
「そもそも純粋な魔法など、特別な家系に連なる者しか使えない。一般の者は魔導品を利用することでのみ、魔法の恩恵を得られる。そして魔導品は希少なもの。王に認められた騎士か、金を積んで手に入れるか、自ら遺跡を発掘するか……いずれにせよ、持っているだけで羨望が集まる品なのだ」
「羨望ねぇ」
そう言われても、迷惑な話だ。
「なにより、アウル殿は元国王直属の騎士だ。その養子であるお前は嫌でも注目される。それを嘆いたところで、どうしようもないことだろう」
だから気にするなとエドルは言った。
「……わかってるよ。だけどさ、オレはアウルが騎士だった頃のことなんか知らないし、変に注目されても困るんだよね」
「ふっ。アウル殿は俺の憧れだ。風の魔法を使いこなし、かつては一線で活躍した魔法騎士だった」
うんうんと頷きながらエドルが語り出す。
「あの方の勇姿をはじめて見た時のことは今でも覚えている。本当にすごかった。俺もいつかはアウル殿のように、多くの民を守り、主君とともに戦場を駆け抜けたいと思っている」
「いや……、戦場っていつの時代の話だよ」
大きな戦争ならば、随分も前に終わっている。いまは平和な時代だ。
「なにをいう。戦いは常に近くで起こっているものだぞ」
「……あ、そう」
エドルと話している内に、今日の指導教官が歩いてきた。
(はやく終わらせて、はやく帰ろう──)
◇◇◇
「やばい、迷った」
現在、訓練の最中。ゼノは森の中をさまよっていた。けっこう広い森で、同じような木々ばかりだ。
正直どこを歩いているのかよくわからない。
(つーか、他のふたり、どこいった?)
さきほど自分をからかってきた、あの馬鹿ふたり。
今日の訓練はそいつらと組まされているのだ。
(別に一緒に行動したくないし、構わないけど。地図、あいつらが持ってるんだよな)
今回の目的である祭壇は森の奥にある。
そこへは地図を頼りにいくはずだったのに、ふたりがどこかへ行ってしまったせいでゼノはひとり迷っていた。
(はぁ……あとで教官に怒られそう……)
──誰かと組んで任務をこなすのも、騎士の重要な仕事だ。
騎士学校の教官たちは口を揃えてそう話す。だから、日頃から協調が取れていないと、いつも怒られる。
(オレが悪いんじゃなくて、やつらが勝手な行動するのに)
森についてすぐの教官の言葉を思い出す。
──今日は実地訓練を行う。三人一組になって森の奥へと進み、祭壇に置いてある木札を取ってくるように。なお、当然だが森の中には獣がいる。最近増えだした森狼だ。こちらは王宮より駆除の指示が出ているので、なるべく多く狩ってきてほしい。いいか、戦いではまわりとの連携が重要だ。今回の試験ではそれも見るので肝に銘じておくように。
最後の言葉は確実にこちらを見て言っていた気がする。
「でもたしかに。なんか、ガサガサきこえる」
耳を澄ますと獣の啼き声だろうか。
なにかの声が聞こえてくる。おそらく他のチームが森狼を倒したのだろう。
「あーどうしよ……」
考える。
行動その一、引き返して、ふたりを探す。
行動その二、このまま先に進んで木札を取る。そして教官に怒られる。
「うーん……どっちも面倒だな」
悩む。目線を下に向ける。
赤い実が視界に入る。
「お、ベリー!」
草の脇に木苺を見つけた。
(採っていくか。シオンの母親の好物だし)
あんな話を聞いたあとだ。少しでも口に入るものを届けてあげたい。
木苺をいくつか摘み、布袋に入れていると、うしろの茂みがガサガサと揺れた。
(……っ! 森狼か⁉)
支給された真剣を両手で構え、茂みから距離を取る。
さらに葉を揺らす音が大きくなり──