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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第三章/終『不死蝶の魔導師』

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三章番外編『ハッピー☆バースディ!』

三章の最後で素のゼノに戻ったので、ここから一人称に変わります。

この話は『氷の魔女の料理屋さん』のカボチャのシチューの回と連動しています。

 クラウスピルの宝剣は手に入れた。

 これで次の王はライアス王子となるだろう。


 しかし、物事というものは大抵うまくは運ばないもので、諸侯が異を唱えれば王子が玉座につくことは難しくなる。

 だからあらかじめ、賄賂のひとつでも用意して『はっはっは、おぬしも悪よのう』なんてやり取りをやらないといけなくなる。

 非常に面倒だ。

 でもそれが世渡りというものなので頑張らなければ。


「──さて、クレハの診察は済んだし、このあとはどうするかな……」


 宝剣を手に入れた翌日。

 カヴァスとメルディスとの戦闘で負傷したクレハの身体を休めるため、私たちは数日程度グランポーン領地に滞在することになった。


 レオニクス王の生誕祭までまだ日はある。

 イナキアから戻ってくる際、金はかかるが念のためにと早馬を使ったのは正解だった。

 おかげで旅費はすっからんだけど、これも必要経費だ、仕方ない。


「……グランから金を借りてくるか」


 心もとない財布の中身を見て、私はグランの部屋に向かった。

 すると、義孫に甘いジジ馬鹿は気前よく金貨一〇枚を渡しながらこう言った。


「ゼノ、今夜はお前の誕生日祝いをやるぞ」


「誕生日? ……ああ、そういえば過ぎてたな」


 リーゼの月の一日ついたち

 私の偽人格──〈ゼノ〉は、アウルとシオンに拾われた日を生まれた日として毎年グランたちから誕生日を祝ってもらっていた。


 床を埋め尽くすほどの大量のプレゼント。

 技巧を凝らした華やかなケーキ。

 もぎたてリンゴのフルコース。

 それはそれは大変盛大で、あの、すみません、オレ王族でもなんでもないんですけどあとリンゴとか嫌がらせですか、と〈ゼノ〉が気おくれするほど豪華絢爛な宴だった。


 それを今晩開いてくれるとのことらしい。


「今年はライアス様にミツバ様、それから隣国の御客人もいるからのう。過去一盛大な宴を開く予定じゃ。具体的には村民あげての──」


「やめてください恥ずかしいから」


 どこの世界に村をあげて祝われる庶民がいる。

 いや、いるところにはいるだろうが私は丁重にお断りした。


「相変わらず謙虚じゃのう。まあよい、まだ夜まで時間がある。先に泉で身体を清めてくるとよい。ケイトに頼んでいつもの服を用意させよう」


「いつもの? ……え、あれ着るの?」


「当然じゃろう? ついでに『今日の主役』のタスキも出しておくぞい」


「……はい」


 侯爵様には逆らえないのが庶民のつらいところである。

 私はトトの泉に向かった。



 ◇



「前は気にしなかったが、あらためて考えると墓のそばの泉に入るとか、あまり気分のいいものではないな」


「えー、そう? マスター意外とそういうところ気にするよね」


 私が脱いだ服を拾い、リィグは泉に手を入れて『冷たいね~』と身体を震わせた。


「このなか入るの? 心臓止まっちゃわない?」


「入るわけないだろう。軽く行水するだけだよ」


「それも寒いと思うけど」


 泉にタオルを入れ、すくい上げて固く絞る。

 丹念に身体を拭き、最後は泉の水が入った桶を肩からかける。

 死ぬほど冷たい。


「唇、真っ青になってるよ」


「うん、やめておけばよかった」


 リィグから受け取った祭服のそでに素早く腕を通す。


「いつも思うが、なぜ儀式だなんだという前にはこうして冷水で身体を清めなければならないのだろう。風邪をひいたら元もこうもないというのに」


「愚痴るヒマがあったら早く服着なよ。──ああ、ほら腰、ちゃんと帯止まってないじゃんもう」


 ぎゅっと腰帯を締められ、上衣をかけられる。

 白いローブに白いマント。

 ごてごてとした装飾品に宝石の数々。


 歴代王佐が祭事の折にまとう恰好──の、限りなく本物を模して作られた衣装である。

 一応そこで微妙に外しているのはあくまでコスプレ用だから。

 権利関係の諸問題回避兼、初代大祭司(おうさ)オーゼンに対するリスペクトらしい(そして自分のコスプレをさせられる私)。


「こんな華美な服を着ていた覚えはないのだけれど。……しかもこれ、本物か?」


 ルビー、サファイア、エメラルド、ダイアモンド。そのほかエトセトラ。

 宝石鑑定の眼を持たない私としてはイミテーションだと信じたいが、あのジジ馬鹿のことだ。

 本物でもおかしくはないところが怖い。


 行水が終わったので森の入口へと向かう。

 馬に乗り、歩く宝石箱と化した私の隣に並んでリィグが聞いてくる。


「でもさ、マスターが昔来てた服もそんな感じじゃなかった? 白いローブのやつ」


「あれは白というより無地だろう。あの頃は服を染めるのにも手間がかかったし、白は白で脱色作業が面倒な上に、当時白は神聖な色として神官のみが身につけることを許されていた。私は僧侶ではないから白い服を着ることはなかった……と言いたいが、一概にもそう断言はできないあたりがなんともね」


「まあ記憶のぜんぶを思い出したわけじゃないもんね」


 リィグの言葉に頷く。

 あくまで記憶がもどったのは、ユーハルドの初代王リーゼとの出会い。

 それからリィグとあのカヴァスという星霊を拾い、国を作った、比較的に初期のころ部分だ。

 伝え聞く大祭司だいさいしオーゼンの逸話。

 その伝承は、今の私にとって、いまいちピンと来ないものだった。


「そろそろ村に着くよ。主語は『オレ』。気を付けてね」


「分かっている」


 王子との話し合いで決まった偽りの自分。

 ミツバやクレハたちの前では今まで通り〈ゼノ〉として過ごす私は、今後も彼女たちに嘘をつき続ける。

 それがいずれ、ふたりとの関係に大きなヒビが入ることになったとしても。


 屋敷に戻ると料理を運んでいたクレハが驚いた顔で近づいてきた。


「わ~! ゼノ様かっこいいー。孫にも衣装だね!」


「う、うん。いちおう誉め言葉として受け取っておくね」


 複雑だ。

 あと孫じゃなくて馬子ね、クレハさん。


 さきほどリィグと話していた時よりも、ややワントーン高く声の調子を上げて返せば、クレハは私の背中をぐいぐいと押してきた。


「これから宴だよ。さあ、入って入って!」


 食堂に通される。

 中に入るとパンパンッと軽快な音がして、カラフルなリボンが頭上に降りてくる。

 クラッカーを片手に拍手をする面々。

 食堂の奥の壁には『お誕生日おめでとう、ゼノ!』と書かれた看板がかけられていた。


「ま、まあまあ似合ってるじゃないその恰好。ほら、誕生日プレゼント。ありがたく受け取りなさい!」


 と、なぜか顔を赤らめて、偉そうに紫色の箱を渡してくるミツバ。

 その次にケイトが『今日の主役』と書かれたタスキを私の肩にかける。

 そのまま王子に上座に座るよう促され、いわゆる、お誕生日席に着席。


 目の前には豪華な食事。

 リンゴを食べて育った子豚の丸焼きに、リンゴ入りのホワイトシチュー。

 角切りリンゴを散らしたサラダにリンゴが練りこまれたパン。

 熟成リンゴ酒。

 なぜかウエディング仕様の三段ケーキ(制作者はクレハらしい。そしてもちろんリンゴが乗っている)。


 たいへん素敵なリンゴのフルコースに私が(おのの)いていると、


「さあ、ゼノ。乾杯の音頭を頼む」


 グランにワイングラス(中身はリンゴ酒)を渡され、私は席を立つ。


「ええっと……、今日はこのような盛大な祝宴を開いていただき恐縮です。では乾杯」


『かんぱーい!』


 わいわいと宴が始まる。

 どれから手につけよう。

 全料理にリンゴが入っているのでどれも食べられない。


 せっかくの子豚の丸焼きも、取り分けられた皿の上にはリンゴソースがかかっている。

 そこはオレンジソースにしてほしかった……と思いつつ、私はリンゴインホワイトシチューに手を伸ばす。


(そういえばむかしよくシオンと食ったな)


 シオンは毎年秋になるとグランポーン領に遊びに来ていた。

 当時、アウルと共に王都で暮らしていたケイトの里帰り。それに同行する形で身分を隠し、お忍びでついてきたシオンは私──いや<ゼノ>を巻き込み、リンゴの収穫作業をよく手伝った。


 その後、ケイトが作るリンゴのシチューをうまそうに平らげ、隣の席でリンゴ料理にげんなりしている〈ゼノ〉をシオンはいつも面白そうにからかっていた。


「あ! ゼノちゃん、ダメよ? ごはんは好き嫌いせずに食べないと」


「はい。謹んでいただきます」


 皿の端にリンゴを避けていたのがバレてケイトに叱られた。



 ◇



 宴も終盤にさしかかり、卓上の皿はほとんど空になっていた。

 残るはデザート用のウェディングケーキ。

 誰が私と入刀するかでジャンケンしている。

 勝ったのはフィーのようだ。

 でも、「ライアスとがいい」と言ってフィーは王子に包丁を渡す。


「こういうものは主役がやらんとダメだろう」


 との王子の言葉で、結局私ひとりでやらされた。

 別にいいいけれど。ちょっぴり切ない気持ちになった。


「そうだ、プレゼント開けてみたらゼノ様」


 ほっぺたに生クリームをつけたクレハに促され、私は紫色の箱を開く。

 中身は灰色のマフラーだった。


「む、向こうに着くころには冬も本番だし? 風邪を引かないようにと思って編んであげたのよ」


 つんっと横を向いて説明をまくし立てる深紅の姫君。

 なぜかさきほどから目を合わせてくれない。

 お姫様の気に障るようなことをなんかしたっけ……と私が胸中で首をひねると、ケイトがくすりと笑って灰色の羊皮ムートンの手袋を渡してきた。


「わたしとお父様からは手袋ね。ミケちゃんの刺繍入りよ」


 三毛猫のミケちゃん。

 グランが飼っているサクラナ原産の猫だが、手袋の端のほうに金色の糸でミケちゃんの顔がかれている。

 ケイトが施したのだろう。

 とてもかわいい。

 ほっこり和んだところで、部屋の隅で寝ていたミケちゃんが『なーご』と鳴いて、私の足にすり寄ってきた。


「三人と、ミケちゃんもありがとう。でもミツバ、編み物なんて出来たんだ……」


「なによその顔。できるわよ、失礼ね」


 だって。

 ケイトに『昔からミツバ様は編み物がお得意だったわよ』と言われ、そういえば前にヒヨコの編みぐるみをもらったことを思い出す。

 いつのまにかミケちゃんのオモチャになっていたから忘れていた。

 まも黄色い編みぐるみに寄り添う形でミケちゃんが目を閉じている。


「はー……、おまえって本当に昔から祝い席が苦手よね。プレゼントもらっても全然喜ばないし……」


 ミケちゃんの可愛さに気を取られていると、ミツバが不満そうにため息をついた。


「ええ? 喜んでるよ」


「どこがよ。全然笑わないじゃない。……まったく。少しは嬉しそうな素振りを覚えることをしなさいな!」


 ぴしりと人差し指を向けられ、そのままぐいぐいと頬をつつかれる。

 痛い痛い痛い。

 さりげなく身体をずらして退避すると、むっとした顔でにらまれた。

 何か弁明しなければ。

 私は急いで口を開いた。


「いや、嬉しいよ。だけどその……、なんか実感が無くてさ」


「実感?」


 クレハが首をかしげる。


「誕生日を誰かに祝ってもらったことが無いからよくわからないんだ。贈り物も、どういう顔で喜べばいいのか……」


 物心ついた時からひとりだった。

 家は洞窟で、宝剣の守人もりびととしてほこらから離れることはなかった。


 ときおり従兄が誕生日祝いだと言って、いつもよりも少し豪華な食事を持ってきてくれたこともあったが、とくべつおいしいと感じたことはなかった。


 一時期、世話になった魔法の師匠──ユノヴィア先生のもとでも祝いごとはなく、贈り物にはしゅが絡むものだと教えられた。

 だから、ずっとそういうものだと思っていた。


「なにを言っているの?」


 ぽつりと呟かれた私の言葉にミツバが眉根を寄せる。


「誕生日ならむかしよく一緒に祝ったじゃない。それから、嬉しいならふつうに笑えばいいでしょう。なんでそんなことも分からないのよ」


(……そういえば、そうか)


 アウルたちに拾われた日を誕生日だと言ってケイトが祝い始めたのがはじまりだった。

 シオンがいて、ミツバがいて、酒樽片手に勤めを終えたアウルがロイドを連れて帰ってくる。

 毎年ではないとはいえ、わざわざ領地を出て祝いに来てくれるグラン。


 騒がしい宴だった。

 ケイトの手料理を堪能し、ゲームをして、プレゼントをもらって、おそらく一般的な家庭で行われる『お誕生日会』というやつなのだろう。


 そんな賑やかな時間を毎年〈ゼノ〉は、自分とは縁遠いもののように感じていた。

 それは多分、心の奥底に刻まれた冷たい景色のせいなのだろうなと今の私になら分かる。

 たとえすべてを忘れてしまっても、かつて過ごした空虚な日々は消えないのだから。


「まあ、いいわ。いつものことだし。それよりも、あたしの誕生日には五倍にして返しなさいよね」


「これだよ。だから素直に喜べないんだよ……」


 来年夏は大変だな、とため息をついていると王子が青い袋を渡してきた。


「これは余とフィーからだ」


 中身は手編みされた灰色の帽子だった。

 まさか王子が? と思えば、村に来ていた行商人から買ったものらしい。

 よかった。

 王子の手編みだったらさすがにそれは反応に困る。


「私からはセーターだよ~」


 クレハが灰色のセーターをくれた。

 アウロラ商会自慢の高級ウール一〇〇%のセーターらしい。

 城勤めは寒いからこの冬重宝しそうだ。ありがたい。


(それにしても全部灰色……)


 無難な色だからだろう。

 みごとにグレイカラーな防寒グッズがそろった。


「そういえば、リーアからもプレゼントが届いていたぞ」


 王子が可愛らしい水玉模様の袋を見せる。


「え? リフィリア姫からですか?」


「うむ。なんでもロイドから聞いて慌てて用意したそうだ。城から来た使者が『ライ兄さまからゼノくんに渡してください』と言付けを預かったと話していた。ちなみにこっちの箱がロイドからのプレゼントだ」


 今度は白い箱を渡された。


「嬉しいけど、なんでわざわざ……」


 別に向こうに着いたときに渡してくれればいいものを。

 このためだけに派遣された使者さんかわいそう。

 ちなみにグランいわく、


「ゼノが着いたら祝宴を開くとロイド坊に伝えていたからのう」


 とのことである。

 どうやらロイドへの定期報告の文に誕生日のことを書いたらしく、そこからロイド→姫に伝わり、プレゼントが贈られきたというわけだった。

 

「今年は大人数になりそうじゃからケーキは結婚式用のものがいいかのう、と書いて送ったら、『それなら必要な物資を送る』と返ってきて、今朝方プレゼントと共に二頭の牛と小麦粉が届いたんじゃよ」


 そうなんだ。

 なんでもいいけど、報告書で私的なやり取りをしないでください。


 さっそくプレゼントを開ける。

 ロイドからは魔導品(もらっても……)。

 リフィリア姫からは愛らしいオレンジ色の猫のぬいぐるみ(もらっても……)だった。


「手紙がついてる」


 リフィリア姫がくれたぬいぐるみの手には白い封筒が添えられていた。

 手紙を開くと、小薔薇(こばら)の押し花と共にきれいな文字で祝いの言葉が書かれていた。


『お誕生日おめでとうございます。ロイディール様から猫がお好きだと聞いたので、エリィに頼んでぬいぐるみを作ってもらいました。名前はパトリシアです。どうぞ可愛がってあげてくださいね。それから、もうすぐ王都に戻られると聞きました。今からお会いできることをとても心待ちにしております。 リフィリアより』


「パトリシア……」


 ぬいぐるみ相手にずいぶんと高貴な名前である。

 もらったプレゼントを椅子の脇に置いていると、リィグが少し申し訳なさそうに言ってきた。


「ごめんマスター、ボクは何も用意してないやー」


「いいよ、別に」


「代わりにこれからもずっとそばに居てあげるね」


「代わりもなにも元からそういう契約だろうが」


 何を今更と思えば、「こう言ったほうがマスターの中でのボクの好感度が上がるでしょ」と返ってきた。

 上げてどうする。


 プレゼントラッシュが終わり、みんなめいめいに自分の席に戻っていった。

 ケーキを食べ、歓談し、わいわいと騒ぐ。

 そんな様子をやはり遠くから見ている気分でぼんやりと眺めていると、王子が言った。


「ゼノ。お前が今までどのような人生を歩んできたのかを余は知らない。だが、こうして集まりお前を祝ってくれる者たちがいる。それはなにものにも代えがたき幸福だと余は思うぞ」


「──……そうですね」


 誕生日。

 この世に生を受けたことに感謝する日であり、同時に、家族や友人など近しい者たちから祝福される日だ。


 けれど、私は今まで一度たりとも自分の生に感謝したことはないし、生まれながらに祝福されることもなかった。

 忌み子。いや、厄介な落とし子。

 だからいまさら誰かに誕生日を祝われたところで嬉しいとも思えない。


(……だが)


 さきほどもらった多くのプレゼントに目を落とす。

 次に空になった料理の皿。

 そして楽しそうに笑いあう彼らの顔を見る。


 ──そう、今日ここにいる全員と、城にいる二人は「おめでとう」と言ってくれた。


 私なんかの生を祝ってくれたのだ。

 せめて、そのことには感謝を伝えたい。


「あのさ」


 その顔が、ちゃんと笑えていたかは分からない。

 けれど、振り向く彼らの顔を見る限り、きっと大丈夫だったのだろう。



「みんな。今日はありがとう。とてもうれしいよ」




 ──三章番外編、終──

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