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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
第三章/終『不死蝶の魔導師』

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128 クルニス家は複雑なのです

 あれだけ眩しかった夕陽も落ちつき、夜の(とばり)に目が慣れた頃。

 リィグはシスタス郊外に赴き、人を待っていた。


 さくさくと草を踏みしめる音。

 足取りからして女のものだろう。

 リィグは振り返る。

 今日一日ずっと自分たちを尾行していた影が現れた。


「話って、なに? リィグ」


 およそ自信というものに欠けた声で、豊かな胸の前で手のひらを合わせたり離したり。所在なげな様子で娘──メルディスがリィグに訊ねた。


「いや、なにって、そっちが声かけたそうにしてからボクから声かけたんだけど。もしかしてマスターに何か用だった?」


「ううん、そういうわけじゃないんだけど……その、ダメだった?」


 上目がちに、しかし背丈の関係上、見下ろす形で訊ねてくるメルディスに、リィグは意味が分からないと空を仰ぐ。

 海竜星。

 夜空を彩る星々を視界に入れて、リィグは瞳を細めた。


(マスターに惚れてる……って感じでも無さそうだし)


 恋する相手を眺めていたい。

 こっそり後をつけて、想い人のさりげない一幕を垣間見ることができれば。

 そんな純真無垢な乙女心(ただしやりすぎると不審者ストーカー)というわけでもなさそうだ。


 リィグがじっと見つめれば、居心地悪そうに視線を戸惑わせている。

 これは自称女心の解る男リィグの感だが、恋心とはまた違う、なにか後ろめたい気持ちをメルディスは抱えているようにも見えた。


 リィグはわざとらしく肩をすくめて答えた。


「べつに。見ての通りボクのマスター、抜けてるからさ。キミの尾行にも全然気づいてなかったし、そういう意味ではダメじゃないけど、でも、後をつけるくらいなら声をかければいいんじゃない? ボクから見てもキミ、完全に不審者だったよ」


 町を散策している最中、何度もスカートの端っこと柳色の髪が見えた。

 本人は隠れているつもりでも、リィグから見れば……いや、まわりの人たちでさえ彼女に不審な目を向けていた。


 気づいていないのはゼノとクレハくらいだろう。

 合流してすぐに二手に分かれたのでミツバが気付いていたかは定かでないが。


 リィグが指摘すれば、メルディスは艶めかしい仕草で唇の下に小指を押し当てた。


「音……に、気づいてなかったの?」


「音?」


「うん、あのひと耳がいいから。分かってて許可してたんだと思っていたけど」


「ええ? じゃあつまり、尾行は承知の上だったって言いたいの?」


「うん」


 それは何とも自由で危ない発想か。

 リィグは軽くめまいを覚えた。

 そんなリィグの様子を見てか、メルディスは眉を下げると少しばかり声量を落として言った。


「そう……、やっぱりあのとき少しやりすぎちゃったのかな。記憶を失くすくらいだもん、そうだよね。頭打って、いろいろダメになっちゃったのかも」


「それ、言外にバカになったって言ってる?」


 この娘、見た目にそぐわず毒舌のようである。


「あのね、リィグ。カヴァスが一緒に来てほしいって言ってたよ?」


「カヴァス? ああ、あの子……。一緒にってことはフィーティアに来いってこと?」


「うん」


「断るよ。ボクはマスターの契約星霊だからね。……話はそれだけ? もう帰るけどいいかな?」


 なんとなく、これ以上はここに居たくない。

 リィグが踵を返すと、ぐいっと服の端を掴まれた。


「待って。クラウスピルの隠し場所、……教えて」


「隠し場所?」


「うん、竜神殺しの剣。どうせあの人が隠したんでしょ? どこに閉まったの?」


 竜神殺しの剣?


 クラウスピルにそんな物騒な異名は無かったはず。

 リィグは首だけ後ろに向けたまま、メルディスの手を冷たく振り払った。


「ごめん、よくわからない。じゃあね」


「──あ、待って、リィグ──」


 呼びとめるメルディスを無視してリィグは宿の方角へと足を向ける。

 いつもなら女の子にこんな態度は取らない。

 けれど、彼女に近づかれると気分が悪い。

 この前、ライアス王子を探しているときに出会った時はこうじゃなかったのに。


 ざわざわと、直感めいた胸騒ぎにリィグは吐息を落として空を見上げた。



 ◇ ◇ ◇



「それで。手紙には、侯爵とその息子の身柄をユーハルド兵に預けたと書いてあったが」


 ライアス王子が手紙をひらひら振って話を切り出した。

 ここはサーレ知事の屋敷の一室だ。

 きのう王子が伝えてきたように、ヒューゴを交えてゼノたちは会議をしていた。


 出席者は王子、アルス、グレン、ヒューゴ、そしてゼノ。

 いまはヒューゴからネージュメルンでの、その後の報告を受けていた。


「はい。殿下の御指示通り国境までですが、パトリック殿とカール殿──それからマークスも共に商会の者たちにユーハルドへ送らせました。その後の報告では、ルベリウス殿下が直々に国境までお越しになり、三人の身柄をお引き受けになったとのことです」


「ふむ。兄上から連絡があった通りだの」


 王子が細長い紙をテーブルの上に滑らせた。

 ポッポ便に使われる巻紙(まきし)だ。

 それをアルスが受け取り、さっと目を通すと、グレンに巻紙を渡す。


「お前たちと出会った時点でなにかが起こると予想はしていたが、まさか竜帝国と開戦手前の窮地にまで陥るとはな」


「だなー。まあでも、退屈しなくていいんじゃね?」


 へらへらと笑ってグレンが感想を口にする。

 不謹慎だと言わんばかりのアルスの視線が飛んで、グレンは肩をすくめて窓辺に移動した。

 アルスが口を開く。


「それで、ヒューゴ殿はこれからどうするおつもりで?」


「どうもなにも、ネージュメルンの工房は閉鎖する。その後は、いままで通りアウロラ商会の長として尽力するつもりだが、なにか不満か?」


「いえ、そうではなく。宝剣の偽造や魔動砲の製造は公にはされていないとはいえ、各国の代表には伝わっております。なれば、なにかと交易にもヒビが入るのでは?」


「……なにが言いたい」


「これを機にオウガと和解し、跡を継がせてはいかがでしょうか」


 その瞬間にヒューゴの顔が凍りついた。

 オウガ。

 フィーティアの幹部であり、クレハの弟だ。

 つまりはヒューゴの息子にあたる。


 そしてそのオウガこそがビスホープ侯爵を介してヒューゴとサフィールを引き合わせ、難病である自身の母の薬をエサにして、魔動砲の開発を父親に命じた人物だ。

 ヒューゴが膝の上で拳を握る。

 怒りを堪えた表情だ。


「クレハではなくオウガか。……それは、本気で言っているのか?」


「むろん、本気です」


 今度は殺意をはらんだ眼差しに変わった。

 王子はゼノと目を合わせると、短く『聞け』と唇を動かした。


(ええ……)


 この状況で聞けとは王子も嫌な役をまわしてくる。

 しかし、聞かないわけにもいかず、ゼノはふたりに訊ねた。


「あのー、すみません。前から気になってたんですけど、クルニス家ってけっこう複雑だったりします?」


「坊主、ここで聞くとか、案外勇気あんのな。それとも空気読めないほうか?」


 そう言われても。

 聞けと言われたから聞いたまでである。

 窓辺で苦笑するグレンを一瞥してから、アルスたちに視線を戻すと、ヒューゴが深く息を吐いた。


「……工房での通りだ。恥ずかしながら息子とはうまくいっていなくてな。あの子とはいつも口論ばかりしていたが、二年間に家を出たきり連絡が途絶えていた」


 ぽつぽつと絞られる言葉には、怒りと、それから後悔が滲んでいるようにも聞こえる。


「あれがフィーティアに入ったと知ったのはつい最近のことだ。商会のつてを頼りに探してはいたが、例の件で接触してくるまで居所がつかめなかった。それが再会してすぐあの子は私に言ったのだ。母上はちゃんと苦しんでいますか、とな」


「ちゃんと苦しむ……?」


 なんだか妙な言い回しだ。

 ゼノが首を曲げると、王子は「そういうことか」と呟いた。


「どういうことです?」


「これは、禁書にしか書かれていないことゆえ、一般には知られていないことだが」


 そう前置きしてから王子は話す。


魔病(まびょう)にもいくつか種類があっての。ヒューゴの妻がかかった声なし病は、元をたどれば呪いによるものなのだ」


「え……呪いって、いやいやまさか! いつの時代の話ですか、それ」


 医術が発展していない時代、未知の病に対してよく『呪い』の一言で片づけられることがあったが、それを言っているのだろうか。


 馬鹿げている。

 病の原因にはすべて理由があり、それを解明するのが医学だ。

 祈祷を重ねて治るのならば、誰も死なない。……のだが、


「──古い時代のまじない。禁呪とされる類のものだ」


 にわかに信じがたい話に半笑いを浮かべるゼノを一瞥して、アルスが付け足すようにぽつりとつぶやく。

 禁呪。まじない。

 その多くは神代の時代に存在し、いまでも呪術師なんていう怪しげな職業もあったりする。


 まぁ魔法があるのだ。

 呪いが無いとは断言できないだろう。


 それに、ティアのこともある。

 彼女が商都(しょうと)の町で実行しようとしていたのもサクラナ式の古いまじないだった。

 もしあれに近いものだとすれば、それはつまり誰かが儀式を行い、ヒューゴの妻に呪いをかけたということになる。

 では、一体誰が?


「……まさか」


 ゼノがハッと顔をあげると、アルスが頷いた。


「オウガ曰く、呪術師に依頼し、母親を呪ったそうだ。しかもご丁寧に苦しむ時間が長くなるよう呪いを調整してな」


「なんで、そんなこと……。だって、実の母親でしょう?」


「そりゃあ、娘の首を絞めるような女だぜ? おまけに姑殺しときた。そんなイカレタ母親なんざ殺したくもな──」


「──グレン!」


 アルスが一喝する。

 それ以上は言うな、という厳しい眼差しだ。


 アルスが声を荒げるのも珍しい。

 案の定、グレンは「へいよ」と返して、苦々しい表情で窓の外を眺めた。

 その先にはミツバと談笑するクレハがいる。


 ヒューゴは軽く咳払いすると、こちらに顔を戻した。


「あの、いまのは……」


「聞かなかったことしてくれ。──それよりも、妻の病にはオウガが関わっている。そのうえであれと和解しろ、などと私への嫌がらせのつもりか、アルス」


「いえ。少し、冗談が過ぎました。謝罪いたします」


 仕切り直したヒューゴの問いにアルスはやや(うれ)いを帯びた表情で返した。

 しかし、すぐに「ですが」と続ける。


「たとえ治療薬ができたとしても、オウガとの仲が改善されない限りは何度も呪いは降りかかる。また、あなたのことですから肝心なことを彼らに伝えていないのではと思い、発言したまでのこと。(しゅ)が絡むのならば、下手を打てば彼らにも災いが降り注ぐこともありえますから」


「……それはわかっている。折を見て話すつもりだった」


 少しばかりバツが悪そうにヒューゴが顔を背けると、アルスはゼノに頭を下げた。


「貴公が優秀な薬師だと言う話はクレハからも聞いている。俺ではレイラ様を救えない。薬の件、俺からもどうか頼む」


「い、いえ。頭を上げてください。まだできるかもわからないことですし……」


「いや、キミならできるだろう。……毒を薬に転じる発想。俺には思いつかなかった」


 アルスは顔を上げると、にわかに悔しさを滲ませて口を結んだ。

 王子が話をまとめる。


「出回っている宝剣のレプリカについてはそちらにも回収を手伝ってもらう。それをもってユーハルド王家はアウロラ商会への処分とし、それ以上は干渉しない。交易も今まで通り続けよう。だが、王都への立ち入りは特例を除いて許可しない。よいな」


「はっ。謹んで、その罰に甘んじて受け入れる所存でございます」


 ヒューゴが王子の前に(ひざまず)き、深く頭をさげてこの話はこれで終わった。

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