127 三つ葉の髪飾りをキミに
宿に戻ると一階の食堂で王子がなにやら机の上に置かれた小物を物色していた。
見るからに少女向けの商品。一瞬、王子が買うのかと仰天したら、王子の脇から愛らしいマントを羽織ったフィーがたたたっと駆け寄ってきた。
「ゼノ。おかえり」
「ただいま。可愛いかっこだな。似合ってるよ」
「ん、これ」
フィーがマントの裾をつまんで靴を見せてくる。
雪の結晶が描かれた白い靴だった。
「きれいな靴だな。王子に買ってもらったのか?」
「ん、来月の、ぶとうかい……で、はく」
「舞踏会? ああ、国王陛下の生誕祭か」
レオニクス王の生誕祭では舞踏会が城で開かれる。
フィーはそこで履く靴を王子に購入してもらったようだ。
ご満悦の様子で新しい靴を披露すると、ゼノをじっと見上げてフィーは言った。
「一緒に、おどろ?」
「オレと?」
ん、とフィーがこくりと頷く。
「いいけど、オレ、足踏むよ?」
「だいじょうぶ。フィーのが……足、踏む」
フィーはしょぼんと首を下げた。
どうやらダンスが苦手なようだ。そこに王子(会計中)の声が飛んでくる。
「いつも百回は踏まれるぞ」
「そんなに⁉」
どれだけステップを間違えたらそこまでひどいことになるのだろうか。
「フィーと、おどるの……イヤ?」
不安そうに小首をかしげる仕草と、つるふかな純白のマントがなんとも庇護欲をかき立てる。
雪だるまの妖精みたいだ。
その頭に手を伸ばしてゼノは笑って答える。
「嫌じゃないよ。せっかくだ。どっちが相手の足をたくさん踏むか勝負だな」
「ん、約束……ね」
「いや、踏んだら駄目だろうが」
至極まっとうな王子のつっこみが入ったところで、仕立てのよいスーツをまとった赤毛の紳士が宿屋の奥の扉から出てきた。
クレハの父ヒューゴだ。
ちょうど手洗いから戻ってきたところのようで、臙脂のハンカチを折りたたんで歩いてきた。
「──ん? 確かキミは許可なく娘の手を握っていた……」
「ゼノです」
ひそめられた眉。
その話題に触れてならないと瞬時に判断してすぐさまゼノが名乗れば、ヒューゴは「そうだった」と頷き、右手を差しだしてきた。
「久しぶりだね。その節は世話になった。──それで、娘はどこに?」
握手を交わして開口一番にそれとはこの人も大概親バカなのかもしれない。
「昼くらいまでは一緒だったんですけど、その後からは別行動をしていて。いまはミツバと一緒に毛玉あざらしのぬいぐるみを探してもらっています」
「ミツバ? ああ、深紅の姫君か」
深紅の姫君。貴族間でのミツバの通り名のようなものである。王子が財布を上着に仕舞って振り返る。
「……なに? まさか一日中、毛玉あざらしのぬいぐるみを探していたのか?」
「はい。リフィリア姫にお渡しする土産にと思って。ネージュメルンではバタバタしてましたからね。向こうで買いそびれたのでこっちで、と思って。それで町中探したんですけど全然無くて。結局毛玉あざらし柄の茶器セットを見つけたのでそれにしました」
七転八倒の探索話を王子に聞かせてゼノは苦笑する。
すると王子は顎に指をあてると、珍しく気まずそうに言った。
「ふむ……。話を聞く限り、わざわざ奮走してくれたところ悪いが、毛玉あざらしのぬいぐるみならこのように。ヒューゴ殿が持ってくる手筈になっていた」
フィーが、ふわもこボディのぬいぐるみを掲げる。
毛玉あざらし(幼体仕様)である。
「──え?」
「いやな? 向こうを発った際に、そういえば買うのを忘れていたなと思い、シスタス手前の町でヒューゴあての手紙を出しておいたのだ」
「……えっと、じゃあオレが今日いちにち町を走り回ったのって……」
「すいほう、に……きす」
フィーの呟きにガクリと肩を落とし、ゼノはその場に崩れた。
机の上にはぬいぐるみに衣類。
クレハが言っていたあざらしパジャマや、先ほど自分が購入した茶器セットが並んでいる。
なんとも切ない話であった。
「ただいまぁ……」
宿屋の扉が開き、随分とくたびれた様子のクレハとミツバが入ってきた。
「ゼノ様、ごめん……。ぬいぐるみ……無かっ、た……」
かくり。クレハは机に突っ伏した。
同様に、組んだ両手に額をつけてミツバが重い息を吐く。
子犬が心配そうに机の上に飛び乗り前足をクレハの頭に置いた。
労っているつもりなのだろう(多分)。
「だ、大丈夫か? そんなになるまで探してくれたことには礼を言うけど、その……ごめん、見ての通りそこに毛玉グッズが揃ってる」
「うん……。お父様、来てたんだ。お久しぶりです」
「ああ、十日ぶりだなクレハ。ずいぶんと髪が乱れているようだが、身だしなみには気を配りなさい」
「うん、あとでやる……」
完全に疲労困憊。
行動を別にしてあいだ、なにがあったのかとふたりに訊ねれば、どうやら毛玉あざらしの捜索中に宝石店の強盗をたくらむ輩に遭遇したらしい。
ふたりで敵地に押し入り、みごと悪党を撃破。
そのあとは道を歩いていたらお茶に誘われ、ミツバがナンパ男たちに天誅を。
最後はやたらと包帯を巻いた子供たちにクレハが囲まれ、ガラクタを買わされそうになり、ミツバがクレハの手を引いて宿まで戻ってきたというわけだった。
「もしかして、さっきの強盗犯って……」
さきほどゼノが出くわした宝石強盗犯。彼女たちが打ち漏らしたひとりらしい。どうりで。
机に突っ伏す娘を見て、ヒューゴが呆れた様子で頭を振る。
「すまないな、だらしのない娘で」
「いえ、こちらこそ毛玉グッズ探すのに無理をさせてしまったみたいで……」
「いや。娘と仲良くしてくれているようでありがたい。礼を言う。見ての通り普段はしっかりしている子なんだが、たまに抜けている時があってな。こんな娘で迷惑をかけると思うが、今後とも良い友好関係を築いてもらえると助かるよ」
(たまに、なんだ)
常にぽけっとしているクレハさんですよ、とは、お父さんの手前言えない。
「さて、そろそろ私は行くとしよう。──クレハ、お前も来なさい。サーレ知事が会食を用意してくださるそうだから同席するように」
「はーい。みんなばいばーい」
手を振り、クレハはヒューゴと一緒に宿を出て行った。
王子がきびすを返す。
「余も部屋で休む。あすの昼すぎにヒューゴを交えて知事の屋敷で話し合いをする。遅れるなよ」
「わかりました」
フィーをともない二階にあがる王子を見送り、ゼノはテーブルに突っ伏すミツバに声をかけた。
「悪かったな。付き合わせて」
「べつに。いいわよ、それなりに楽しめたし」
「そうか。クレハとは仲直りしたのか?」
「まあね。……というか、最初から喧嘩なんてしていないわよ」
そっぽを向くミツバの顔は不機嫌そうにも取れるが、怒っているわけではないようだ。その証拠に頬杖を付きながら、ゼノに隣へ座るよう言ってきた。
「あの子。馬鹿だけど嫌いじゃないわ。確かに時々イライラするけれど、少なくとも媚びを売ってくる王都の貴族たちとは違うみたいだし。……まっすぐよね、彼女」
「だから言っただろ? いい子だって」
クレハと共に行動することになって以来、ミツバの機嫌はたいへん悪かった。
それはもう爆発寸前の火山のごとく。
ちょっとでも突いたら怒りのマグマが噴出して、全員彼女の熱にやられて大やけど。
へたをしたら葬式のごとき静かな旅が待っていたかもしれない。
なので、そんな危機を回避するためにリィグに探りを入れてもらった。
そうしたらなんと、原因はゼノにあるという。
詳しい事情こそ教えてくれなかったが、リィグが提案したのは『ふたりをお友達にしちゃおう作戦』だった。
具体的には毛玉あざらしを探す組分けをふたりにしてたくさん会話をしてもらう、という趣旨である。
人間関係はまず会話から。
話して、聞いて、相手のことを知ればおのずと仲良くなれるとリィグは言っていた。
ゼノ個人の考えを述べるなら、理解したところで自分と合わなかったら親しくはなれないし、そもそも話が通じない輩もいるのでリィグの意見には首をひねった。
しかし、ミツバもクレハもまっすぐだ。
クレハは見たままにそうだし、ミツバもひねくれてはいるが根はまじめだ。
そんな二人が仲良くなれないことはない。
少々強引かつ独断的な作戦だが、ここはひとつ彼女たちだけにして様子を見てみるか。
もちろん王子にも許可は取ってある。
そういうわけで、今回ふたりにはペアを組んでもらって、ぬいぐるみ捜索にあたってもらったわけだった。
「ふん、裏で三人でこそこそ何をしていたのかは知らないけれど。いいわ、お前たちの策略に乗ってあげる。──クレハを正式に仲間として認めるわ」
依然顔を背けたままだが、ミツバははっきりと言った。
(……というかバレてたんですね)
女の勘は恐ろしいというか、ミツバの地獄耳というか。
ともかく、ゼノは安堵の息を落とし、ポケットから小さな紙包みを取り出した。
「そうか。そりゃよかったよ。──あとほら、これ」
彼女の目の前にスッと滑らせる。
置かれた紙包みを見てミツバが怪訝な顔をした。
「なにこれ」
「……いや、さっき町歩いてたら見つけたっていうか、なんていうか……」
歯切れの悪い調子で言いながら、開けてみろよ、とさりげなくあごで示してみる。
すると、ミツバは包みを開き、はっと息を呑んだ。
「これ……!」
不機嫌顔から一気に驚き顔へと変わる。
「ど、どうしたの? これ」とあたふたした様子でミツバは聞いてきた。
少し動揺しているのか、そわそわとゼノの顔をのぞいてくる。
そんな彼女の仕草から、妙に気恥ずかしさが押し寄せてきて、ゼノは目をそらして言った。
「……その、髪留め。気に入るかなって思って。いらなかったから捨てて」
「い、いるわよ、いる! 大切にするわ。──ありがとう、ゼノ!」
弾けるような声色からは隠しきれない嬉しさが滲み出ている。
喜んでくれたようでなによりだ。
宣言通り大切そうに髪留めを両手で包んで、彼女は口元を緩ませた。




