126 たいへんファンシーな雑貨店でした
「ここもだめか……」
ふたりの間にそんな熱いドラマが生まれているとは露知らず、ゼノは肩を落として店を出た。
「いっそ、ぬいぐるみは諦めたら?」
シスタス名物、ひよこワッフルを片手にリィグがぼやく。
「これだけ探して無いってことは、アルスのお兄さんたちが言うようにブーム? が去っちゃったんだよ。別のもので代用するしかないと思うな」
「別のものって言ってもな……、例えば?」
「おいしいお菓子」
「却下。向こうにつく頃には腐ってんだろ、それ」
「冗談だよー、怒らないでよー、これあげるからさぁ」
つぶらな瞳のひよこさんを差し出すリィグに『こっちは疲れてるんだよ』と思うが、こいつに文句を言っても仕方がない。
リィグからひよこワッフルを受け取り、口の中へと放り込む。
甘い。
疲れた時には糖分が一番だ。
アルスじゃないが、甘いカスタードクリームが入ったひよこさんはおいしかった。
「──ん? なんかあっちのほうが騒がしいな」
「ええ? あ、ほんとだ」
宝石店だろうか。
表のショーケースに煌びやかなネックレスやら腕輪なんかが置いてある。
店を遠巻きに眺めて震える通行人。
中には『自警団を呼んで来い!』なんて声も聞こえてくる。
近づくと、どうやら強盗のようだった。
白い小箱を持った男が従業員たちを脅して金品を巻き上げている。
入口の戸は開いているが、店の外からだから詳しい会話は聞こえない。
ただ、従わなければ爆発する、とかなんとか男がわめいている。
「あの小箱って、リーアちゃんのやつじゃない?」
「うん、あれな。アウロラ商会のびっくり箱」
互いに視線を交わし合い、リィグは援護、ゼノは突撃部隊として駆け出した。
「はい、そこまで!」
ひるがえした羽ペンを槍杖へと変えて、男の背後に移動。
ぴたりと刃先を押し当てる。
男は肩越しに首だけ顧みると、青ざめた顔で悲鳴を飲み込んだ。
「リィグ、いまのうちに店の人たちを外へ」
「はいは~い。みなさんこっちでーす」
従業員を引き連れて外へと誘導するリィグを横目で見届け、ゼノは男に投降するよう求めた。
「それも、こっちで預かるから」
「あ……」
空いた左手から水の球体を出して、小箱を包み込む。
これで万が一、本物の爆弾だったとしても爆発を防ぐことができる。
ざわめく群衆の中から黒いスーツを着た女性たちが現れる。
この街の自警団だ。
かなり派手な格好で、手にはムチとか持っているが、多分深く突っ込んではいけない。
自警団に男を引き渡し、店の外へと出るとリィグが「こっち」と手を振った。
少し先にある、お洒落な雑貨店。
手招きするリィグの隣には、なぜかグレンもいてカジュアルな前掛けをつけていた。
「へ⁉ グレンさん⁉ ……え、なにその恰好」
「おう、坊主、お疲れさん。なんの騒ぎかと思えば強盗犯とはなぁ。商都もそうだが、どこもかれも物騒なもんで。あとこれはここの店のやつな? 店主が倒れたとかで、俺たちが急遽代わりを務めてんの──ほれ」
ビシッと向けられた親指の先にはカウンター越しに立つアルスの姿。
「いらっしゃいませ」
「アルスさんまで⁉」
絶望的に似合っていない。
グレンはともかく仏頂面のアルスが雑貨屋の店員って……。
(ああでも確かこの人むかしは雑貨店の店主だったんだっけ)
いまでこそ薬屋を経営しているが、なんの因果か前の店を潰してきた張本人の店を手伝うとはアルスも大概お人好しだ。
いや、圧力的なやつかもしれないが。
『ブティック・アウローラ十八号店』と書かれた看板を見て、ゼノは乾いた笑みを漏らした。
ヒューゴさん。店、出し過ぎである。
「マスター、この店、毛玉グッズけっこうあるよ」
リィグに招かれ、ゼノも店の中へと入る。
こじんまりとした一室。
ところ狭しと雑貨が置かれているが、見づらいわけではない。
きちんとレイアウトが考えられているらしく、物の多さに比べてすっきりとした印象だった。
これとかどう? と言ってリィグが近くの服を広げる。
あざらし柄のピンクの寝間着。
つまりこれがクレハの言っていた毛玉あざらしのパジャマか。
「寝間着を送るのはちょっと……」
変な誤解をされそう。
ゼノはきょろきょろとあたりを見渡す。
大きなシュバルツァー。
小さなシュバルツァー。
手のひらサイズから巨大なサイズまで完備された子犬のぬいぐるみ。
草原を駆ける子犬が描かれたマグカップ。
カトラリー。
どれだけ子犬推しなのか。
アウロラ商会の看板犬らしい子犬グッズはさておき、ゼノはひとつ商品に目を留める。
ティーカップとティーポットの茶器セット。
リフィリア姫は紅茶が好きだと聞いているから、これなら喜ぶかもしれない。
ちょうどカップも二個付いてくる。
兄であるライアス王子と一緒にお茶の時間を楽しむのに最適だろう。
ゼノがカップを手に取ると、さっそくグレンが近づいてくる。
「女の子への贈りものか? じゃあ、可愛くラッピングしなくちゃな。アルス、頼んだ」
三分後、見事な青バラの花を咲かせた箱が手元に届いた。
「ヴィクトルローズを模してみた。花言葉は『愛の勝利』。キミの想いが相手に届くことを祈っている」
祈られても。
綺麗にラッピングされた箱を小脇に抱え、グレンの間延びした「まいどあり~」と、アルスの愛想のない「またのお越しをお待ちしております」の台詞を背にしてゼノたちは店を出た。
「……あ、ボク。ちょっと用事。先に帰ってて」
リィグが手を振って去っていく。
けっきょく今日は一日中プレゼント探しをしていた。
すでに夕陽も沈みかけ、まもなく夜の帳もおりるだろう。
白い息を吐き出しながら、ゼノは通りを彩る魔石細工の装飾を見つめた。
「来月にはレオニクス王の生誕祭か……」
メレディアの月の二十五の日。
イナキアでは冬至祭にあたる日だが、ユーハルドでは国王の誕生日にあたる。
だから、国をあげて盛大に祝うのだが、
「春からずいぶん経ったなぁ……」
ライアス王子の補佐官となり、宝剣を探して早数カ月。
結局、例の宝剣は偽物で、本物のありかは分からずじまい。
手がかりも潰えた。
また城に戻って一から情報を探すようだ。
「────」
ゼノは歩みを止め、しばしその場で瞑目する。
最近、変な感覚に陥る時がある。
最初に気づいたのはリィグと出会ってすぐの、ペリードとの戦いだった。
急に心がスッと冷えて、恐ろしいほどに冷酷な自分が出てくるあの感じ。
記憶もあるし、別におかしなことはない。
けれど、とゼノは目を開け両手を握る。
(ティアと戦った時もそうだった)
廃倉庫で、あの時クレハが来なかったら自分はティアをどうしていた?
おそらく彼女が死なない程度に痛めつけて、呪いの発動をとめろと要求していたことだろう。
いや、殺してしまってから自分で呪いを止めようとしたかもしれない。
「……はぁ」
自分の振舞いに嫌気が差す。
どっと罪悪感のようなものが噴き出してきて、思わず肩を落とすと、ふと視界に銀の指輪がうつった。
光蝶を模したデザイン。
さっきリィグが見ていたものだ。
小さな装飾店──いや、店というにはみすぼらしいが、地面に広げられた布の上には大小さまざまな装飾品が並んでいる。
ちょうど店じまいするところのようで、商品を片付け始めていた店主の男が顔を上げた。
「ああ、お客さん、どうも」
疲れていたので返事はせずに首だけ下げれば、店主は人懐っこい笑みを浮かべて声を投げてきた。
「どうでぃ、毛玉あざらしのぬいぐるみは見つかったのかい?」
「……いえ、探したんですけど、無かったです」
「そいつは残念だったな。だが、その箱を見る限りじゃ、別のいいもんが見つかったってところか?」
「ええ、まぁそんなところです」
雑談程度に笑って返すと、商人はゼノの首元をまじまじと見てきた。
目を細めたり、あごに手をあてて唸ったり。どうやらゼノの首飾りを見ているようだった。
「あの……」
「ん? ああ、いやな? お客さんのそれ、金細工だろ。それも星霊金の」
店主はゼノの胸元を指さす。
星の形をした古びた首飾り。くすんだ金色が年季を物語っている。
だから、金、と言われたところでゼノは首をかしげたくなる。そんな高価なものには見えないし、そもそもその『星霊金』とはなんだろう。
「星霊金って?」
「万色に輝く金。ずっと昔に採れたっつう珍しい金鉱石だ。今の時代じゃあまず採れねぇから持ってるだけでお宝よ。俺もこの仕事は長いが……、久方ぶりに見たな。ずいぶんと下手くそな職人が作ったみてぇだが光るもんを感じるぜ。よほど想いを込められて作られたものなんだろうなぁ」
「はあ……想い、ですか」
「おうよ。これでも職人の端くれだからな。そういうのはわかるぜ?」
「はあ……」
よく分からず適当に返事をすると、店主は愉しげに笑って下を指した。
「まあいいや。そんな稀少な金細工を持つ金持ちの兄ちゃんに頼みだ。どれか買ってってくれや。店閉めるとこだし、安くしておくからよ」
「急に話が飛びましたね」
「あっはっは! ──んで、いくついる? 全部買うか? いやぁ嬉しいなぁ、おい」
「買いませんから」
流石はイナキアの商人。
ちゃっかりしているなと思いつつ、ゼノはその場にしゃがみ手近な品を指差した。
「じゃあ、この三つ葉の──」
冬至祭=クリスマス




