黒闇天に愛された男【Aパート】
この作品は『エンターブレインえんため大賞(ファミ通文庫部門)』の最終選考まで残ったものを20余年の時を経てリライトしたものの続編となります。
「じゃあ、順延じゃないんですね?」
希望は連絡網で掛けてきた直実に念を押した。
「私もさぁ、昨日の試合の後から降ってきた雨でダメかなぁと思ってたんだけどね。
決勝戦やるみたいなんだよ。」
「わかりました、準備しておきますね。」
「ところでさぁ、希望ちゃんの王子様もベンチ入りするのかなぁ?」
受話器越しながら直実のニマっている顔が思い浮かぶ希望。
「ですからぁ、義幹くんはそういうんじゃないですって!」
「あはは、ごめんごめん。
じゃあ、この辺で切るね。」
直実からの電話は切れた。
(もう、朝っぱら先輩は。)
希望はどこまでもマイペースな直実を微笑ましく、そして頼もしく思った。
● ● ●
午前七時、宮町中の野球部員たちは熊谷駅改札口に一部を除き集合していた。
「えっ、おたふく風邪~っ!?」
星野の休みの理由を聞いた部員たちが声を揃えて驚いた。
「おたふく風邪って、子どもが掛かるアレですよね?」
松浦が三浦に確認をした。
「ああ、そうだ。
昨日の夜、急に発症したらしい。
それと竹之内だが、お爺さんが緊急入院したそうで、そちらに付き添いで行っている。」
「つまり、今日は二枚落ちで戦わなくてはいけない、と。」
岡田が真剣な表情で言う。
「そういう事だ。
苦しい戦いになるだろうが、みんな頑張ってくれ。」
「はいっ!」
駅に部員たちの声が響き渡った。
「ほんと、足並みの揃わねぇチームだぜ。」
太刀川がボヤく。
「あんただけには言われたくないって。」
直実がすかさずツッコミを入れる。
● ● ●
試合開始前、両校のベンチ入りメンバーとスターティングメンバーが書かれた紙が審判に提出された。
宮町中の今日のメンバーは以下の通りだった。
一番ピッチャー:松浦健太(三年)右投右打
二番セカンド:岡田獅子丸(三年)右投右打
三番ファースト:金森徹(三年)左投左打
四番サード:太刀川教経(三年)右投右打
五番キャッチャー:土肥大輔(三年)右投右打
六番センター:和田純平(二年)右投右打
七番ショート:長田弘(三年)右投右打
八番ライト:藤本真(三年)右投右打
九番レフト:鷹ノ目直実(二年)右投左打
控えとして選ばれた者は、
羽野敦盛(二年)捕・内・外野手/右投右打
加藤浩之(三年)投・捕・内・外野手/右投右打
新井隼(二年)内・外野手/右投右打
伊藤和也(一年)投手/左投左打
多々良信也(二年)外野手/左投右打
石田貴久(一年)外野手/右投右打
松浦、岡田、金森の旧一二三番トリオを復活させ、遊撃手に長田、右翼手に藤本という旧布陣を敷いた。
一方の春日部輝松のメンバーは以下の通りである。
一番ショート:鈴木隆義(二年)右投右打
二番セカンド:高橋頼基(三年)右投右打
三番ライト:三善康(三年)右投左打
四番レフト:中村重隆(三年)右投右打
五番ファースト:遠藤文覚(三年)左投左打
六番センター:下山太郎(三年)右投右打
七番サード:木村親治(三年)右投右打
八番キャッチャー:中山田高直(三年)右投右打
九番ピッチャー:安西景和(三年)左投左打
ベストメンバーで決勝戦に臨んでいた。
また、希望の遠縁の竹本義幹は控えに入っていた。
「プレイボール!」
主審が試合開始を宣告した。
先攻は春日部輝松。
閑古鳥が鳴いている宮町中の応援席とは違い、ブラスバンド部などの大応援団が賑やかに盛り立てる。
「お願いします!」
名門・春日部輝松で唯一の二年生レギュラー、鈴木がヘルメットを脱いで主審に挨拶をした。
松浦は大きく振り被り、鈴木の胸元いっぱいに百四十キロのストレートを放り込む。
見送る鈴木。
「ストライーク!」
続く二球目は外へ外し1-1。
そして三球目、見せ球のシンカーを内角へ放る松浦。
スカ――ン!
鈴木の木製バットが沈む球をミートし、痛烈なゴロを生み出す。
その痛烈なゴロが遊撃手の長田を襲う。
加えてグラウンドは悪いコンディション、思わぬイレギュラーバウンドを起こした。
「なっ!?」
長田は咄嗟の判断で身体で止めるも、ボールを握った時には既に鈴木は一塁ベースの手前にいた。
判定は内野安打。
「すまん、松浦。」
「ドンマイ、気にすんな、長田。」
試合勘というものが足りなくなっていた事もある。
遊撃手のポジションが星野に固定され、他のポジションの練習に時間を割かれた事もある。
複数の不運が招いた結果だった。
「さすが黒闇天に愛された男!」
春日部輝松のベンチから鈴木に冷やかし半分のコールが飛んだ。
鈴木には本人にとってはラッキーな、相手にとってはアンラッキーな事が度々起こる。
その為、周りからは『黒闇天に愛された男』だの『黒闇天使い』だの、一種中二病的な異名が付けられる事となった。
ちなみに黒闇天とは災いをもたらす女神の事だ。
彼が正遊撃手のポジションを取った時も、それまで正遊撃手で活躍していた三年の真柴が事故に遭い、長期入院を強いられている。
もしかしたら、星野のおたふく風邪や竹之内の祖父の入院も黒闇天が味方をしているのかもしれない。
続く二番の高橋は送りバントの構えを取る。
大きくリードを取る鈴木。
すかさず松浦は牽制球を一塁手の金森に投じるモーションに入る。
だが、ここで信じられない事が起こった。
松浦の目に小さな虫が飛び込んで来た。
「うっ!」
松浦の牽制球は大暴投となった。
バックアップに走っていた右翼手の藤本がボールを押さえた時、鈴木は二塁ベースを蹴ろうとしていた。
「なめんなっての!」
藤本が中継に入った岡田に球を投げようとした時、ぬかるみで足を滑らせ転倒。
山なりの緩い送球を岡田が捕った時には鈴木は三塁を陥れていた。
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