復帰【Bパート】
翌日の昼休み、直実は体育教官室に呼ばれていた。
「鷹ノ目、最近変わった事はなかったか?」
三浦の質問に直実はドキリとした。
(初潮が来た事、言った方がいいのかなぁ‥‥。)
直実はシャツのボタンを右手でいじりながら沈黙していた。
「質問を変えよう。
武体中の壇ノ浦という女生徒を知っているか?」
「あ、はい、知ってますけど‥‥それが何か?」
「彼女が決勝の試合会場で叫んだ一言を校長から聞いてな。」
「一言?」
「『プロレス技でボコっといて、その程度でくじけんな』、と。」
三浦のトーンを抑えた台詞が直実の胸をえぐった。
「ええっと‥‥それは‥‥ですね。」
直実の全身の汗腺という汗腺から嫌な汗が滲み出す。
「壇ノ浦は猛者狩りを楽しむ一匹狼の不良と聞く。
その彼女が包帯姿で球場に現れ、先程の一言‥‥。
――鷹ノ目、お前、暴力事件を起こしてはいないだろうな?」
三浦はずいっと身体を乗り出して直実に問う。
「ぼ、暴力事件だなんて‥‥。」
直実は目を大きく泳がせながら答えた。
「そうか。
身に覚えのない事ならそれでいい。」
「か、仮にあったとしても、先生だって長野さんって人と殴り合った訳ですし、とやかく言うのはナシってヤツですよ‥‥ねぇ?」
直実は嘘をつくのも交渉事も苦手だった。
「時代が違う。話をすり替えるな。
――もう一度訊くが、お前、本当にやっていないんだな?」
「えっ!? えーとぉ‥‥」
嫌な汗をだらだら掻きながら直実の目は全力で泳いでいた。
「俺の目を見て答えろ。」
「‥‥すいません、私がやりました。」
遂に耐え切れなくなり自白した。
「まったく、お前というヤツは。」
「ああ、でもですね、ファイトの後は仲直りというか、一緒にガールズトークするまでになりましたし。」
直実の言葉に三浦はしばし絶句した。
「‥‥まあ、お前の言う通り、俺がとやかく言えた義理ではないが、二度と暴力沙汰は起こしてくれるな。
これは野球部だけの話ではない。
県大会出場を決めた全部活が出場停止になるかもしれない。
それ程までに重大な事なんだ。
――いいな?」
「‥‥はい。」
三浦の話に直実は蒼ざめた。
(私のせいでみんなの頑張り、帳消しになったら‥‥。)
少し考えただけで全身の血が凍結しそうになった。
「‥‥あ、あの、では失礼します。」
直実が体育教官室を去ろうとした時だった。
「鷹ノ目、身長が伸びたな。」
「え? そう‥‥みたいですね、ははは。
測ってませんけど。」
「百六十を越えたら俺に教えろ。
鉄腕ラリアットをステップアップさせる。」
「えっ、ステップアップ!?
鉄腕ラリアットって完成してたんじゃなかったんですか!?」
「何を言っている。
成長過程の身体に負担が掛からないようにセーブしてある状態だ。
この先、どこまで身体が大きくなるかはわからないが、まだまだポテンシャルは眠っている。」
三浦の言葉は直実を信頼させるに充分だった。
「わかりました!
‥‥それと‥‥初めての生理、来ました!
報告は以上です! ではっ!」
直実は赤面しながらそう伝えると、そそくさと退室した。
● ● ●
放課後、昨日からの雨は上がった。
グラウンドはぬかるんでいた為、練習メニューは素振りとキャッチボールが中心となる。
「ただ振りゃいいってもんじゃねぇんだ!
相手がどんな球を投げてきたかイメージして振る事も大事だ。」
太刀川が、スラップヒッターである事にコンプレックスを持っている星野や他の新入部員を熱血指導する。
「ふふん、あーしてると、普通にいい先輩っぽいよね。」
直実が投球練習をしながら、タッグパートナーの羽野に言う。
「うん、手本が見せられるってのは大きいよね。」
羽野が受けた球を座ったまま返球しながら言う。
「そうだね。
――あ、でも、理論を伝えられるだけでも、ありがたいけどね。」
直実は三浦に感謝しつつ、鉄腕ラリアットを羽野のミットに叩き込んだ。
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