諌見との接触
未来は息を切らすほどの全速力で小学校に辿り着いた。門の前で立ち止まって膝に手を当てて深呼吸を繰り返す。今の段階で言葉を喋ろうにも、喉奥の乾きのせいでまともな声にはならないだろう。地面に顔を向けたせいで長髪が未来の顔にかかる。鬱陶しいと思いながら、髪を掻きあげて背中の方へと移動させる。
乾いた喉を潤すためにつばを飲み込んだ未来は小学校を見上げた。何度か来たことのある、諌見が通っている小学校。
まだ昼休みで諌見がいるかどうかも教室の中に行かなければ分からない状況下で、未来は必死に校庭の方向を見て諌見を探した。当たり前のように、諌見は校庭になどいない。いるのはやんちゃな男子小学生のみだった。
「気持ちが先走ちゃった……。私ってバカかも……」
そうだ。諌見がどんな状態になっているかなんて、彼女が小学校から帰る時にしか確認できないじゃないか。痛恨のミスをしてしまった未来は思わず自分に対して嘲笑した。
とりあえず、諌見が校門前に来るまで待つしか無い。そう判断した未来は近くにあった喫茶店へと入って時間を潰したり、公園へ行って自然を眺めていた。サボっているという自覚はあった。しかし、和島のいる教室へは戻りたくない気持ちが未来の足を止めてしまっていた。敵と同じ教室で授業を受け、時を共に過ごす。それが未来にとって堪らなく嫌だった。
そうして時間は潰れていき、ようやく小学校の帰宅時間になった。校門から様々な学年の小学生が出てくる。
未来はその中で注意深く諌見の姿を探した。
「……いた」
諌見の雰囲気は前と変わらないようだった。外見上もツインテールの髪型が特徴的に揺れ動き、彼女の着ている服も今までに未来が見ていた服装と一致している。しかし、問題は中身だ。記憶が無くなっていれば、今の諌見は小学生と変わりない。
意を決して、未来は諌見に近づいていった。
「あの……」
「ん? 誰ですかお姉さんは」
その発言だけで、未来は落ち込むことができる。それはすなわち諌見に未来との記憶がないことを示している。初対面だと思い込んでいる諌見は、未来に向かって笑顔を弾けさせて人懐っこい雰囲気を醸し出している。
どうにもこうにも、能力を持っている内、誰か一人を目覚めさせなければ催眠術師に勝てない。それで一番目覚めてくれる可能性があるのが諌見だと未来は思っている。
どうしても思い出してもらいたい未来は単刀直入に諌見に聞くことに決めた。
「ねえ、覚えてない? 私と会ったこと……」
諌見は頭にハテナを浮かべてから空を見上げて何か考え事をしていたが、すぐに苦笑いをして未来を見つめた。
「ごめんなさい。私、覚えてないです」
「そっか……。諌見ちゃんもなんだね」
「何で私の名前を知ってるんですか?」
思わず口が滑ってしまった未来。ここで怪しまれないようにするためにはどうすればいい。
未来は速攻で頭をフル回転させ、最もな理由を作り上げた。
「あ、ああ……。私、あなたのお兄さんのお友達だったから」
「お兄ちゃんの友達だったんですか。それなら、どこかで見ていたかもしれませんね。本当にごめんなさい。私……」
「あ、気にしなくてもいいんだよ。多分、一瞬だっただろうから」
こうなったらヤケよヤケ。その場のノリで諌見ちゃんと会話するしかない。諌見ちゃんのお兄さんの名前は分からないけど、何とかなるでしょ!
未来は頭の中で筋を組み立てて、ゆっくりと話し始めた。
「それで、あなたのお兄さんに会いたいんだけど、どちらにいるのかな?」
諌見は少しだけ困った表情をして、それから重い口を開いた。
「……お兄ちゃんは亡くなりました。私を助けるために……」
そういう記憶になっているんだね。どうやって諌見ちゃんを目覚めさせる? 催眠術師のせいで本来の記憶を失い、偽りの記憶を埋め込まれているのに……。何でもいい。彼女の記憶が戻るようなキッカケが欲しい。
未来は自分の中にヒントがあるような気がした。自分が変わらない、みんなと仲間だった記憶を保っているということ。それは変わらない物もある可能性があるのだ。和島の能力がどこまで適用されるか未来にも分からない。しかし、掛ける価値はあった。
何か、変わらないものはないの? ……あるかもしれない。一つだけ。
そこまで考えて、未来は一つだけ思い浮かべることができた。兄だった時の痕跡を探せばいいんだ。諌見ちゃんが残してくれていれば……だけど。
「そっか……。ねえ諌見ちゃん。お兄さんのお墓に連れてってくれないかな? 私も手を合わせたいの」
兄の友達だという彼女を、諌見は否定するつもりは一つもない。快く承諾して、未来に道を案内することになった。




