消える二人の意思
和島の命を受けた奏は、その命を実行に移していた。彼女の元々の意識はすでに混濁状態にあり、消え去ってしまっている。さらに、彼女は偽りの記憶と感情を手に入れてしまった。それはつまり、今までの奏とは違うということだ。
奏に呼ばれた明日香と諌見は、小学校の校庭でジッと彼女を待っていた。明日香は奏の言うことをよく聞く方で、精神も小学生なので何の疑問も持っていないが、諌見は違った。
この場に集まるのに足りない人間がいることを諌見は疑問に思ったのだ。まず、未来は能力者でないからいいとして、何故真琴がいないのか。
彼はいつでも話の中心にいた。諌見は真琴についての印象を独断だがそう思っている。
そして、場所も頭を悩ませる原因になっている。真琴と未来とはすれ違わない小学校で待ち合わせしている。その理由は何なんだろうか。
真琴と未来には知られてはマズイ何かがあるのだろう。諌見はそう結論付けた。
「かな姉遅いねえ、いさみー」
滑り台の階段にちょこんと座った明日香が、呑気に諌見に話しかけた。女子高生には似つかわしくない朗らかな笑顔をした明日香に、しょうがないなといったような表情でため息を吐く諌見。
諌見はそんな明日香に自分の中の疑問をぶつけてみることにした。
「ねえ明日香。おかしいとは思わない?」
「何がー?」
「どうして私たちだけなんだろうって思わない? 真琴先輩や未来先輩が来てもおかしくないと思うんだけど……」
「んー……」
明日香は空を見上げて諌見の疑問を考え込む。数秒のち、明日香は諌見に振り向いて答えを出した。
「きっと、まこ兄たちにプレゼントするためだよ!」
「プ、プレゼントォ?」
明日香が同意してくれるか、または自分とは違ったもう少し真面目な理由がくると思っていた。しかし、予想斜め上の回答が明日香の口から発せられ、諌見は拍子抜けしてしまった。同時に肩の力が抜けて、緊張感が途切れる。
明日香は諌見の抜けたような顔を不思議そうに眺めていた。まるで、自分は何も間違ったことは言ってないとでも言うように。
そんな会話を繰り広げて、やっと待ち遠しい人物が現れた。奏は一人で校庭を歩いてきて、明日香と諌見の二人に近づいた。
諌見は奏の様子を伺ったが、特段おかしなところは見当たらないと彼女の眼には見える。
「待たせてごめんね、二人とも」
奏はいつもの雰囲気を醸し出して、二人を見比べている。しかし、その目は明らかに敵意を持った眼差しだった。雰囲気に騙されている明日香と諌見は普段通りに話を始める。
「かな姉、何で僕たちを呼び出したの?」
「そうだよ。真琴先輩や未来先輩は呼ばなかった理由が知りたいよ」
「あのね、二人だけに話したいことがあるの」
「二人だけ……?」
奏に、真琴や未来に隠さなければならないような秘密があっただろうか。諌見は疑いの目を持って奏を見ているが、明日香は自分が頼られていることを嬉しく思い、歓喜の声を上げていた。
奏は二人の様子を比較して、明日香に目を付けた。彼女は明日香に近づいて、頭を撫でた。それはあくまで接近を怪しまれないようにするための罠。今の奏は心の底から明日香を愛おしいとは思っていない。
「ありがとうね、明日香」
「えへへ、ほめられちゃった」
「――危ない!」
その瞬間、奏の目が怪しく光ったのを諌見は見逃さなかった。諌見は素早く明日香を押し出して、自分が奏の前に来るようにする。
奏はすでに能力を発動しており、何もない空中から縄を生成させていた。奏は目の前に縄を投げつけて、諌見はその縄にがんじがらめに捕まってしまう。
地面に倒れた明日香は諌見が縄に捕らわれている光景を見て、息を呑んでしまっていた。
「え……え……。かな姉、何やってるの?」
「くっ、油断したわ。完全に奏先輩の雰囲気だったから疑いが弱くなってたのね」
「それはそうよ。私は奏よ?」
だが、何かが違う。
言い表せられない、むず痒い違和感が諌見の気持ちを鬱憤させる。何とかして縄から出ようとするが、奏の意思に忠実なのか、縄は諌見が思っている以上に絡まり、身動きできないでいる。
明日香は体を震えさせて二人の対立を恐れている。何故彼女たちが対立しているのか、明日香は怯えながら考える。だが、それらしい答えを見つけることはできない。
諌見は地面に座り込んでいる明日香に向かって大声を出した。
「明日香、早く逃げて! 今の奏先輩は普通じゃない」
諌見の叱咤に押されて、明日香は立ち上がる。そして、諌見を口惜しそうに眺めながら二人に背を向けて走り始めた。
「逃がさないよ。ねえ、和島?」
「――っ!」
突然、明日香の横から縄にくくりつけられた鉄球が飛んできた。鉄球は明日香の腹部に当たって、彼女は空へと吹き飛ばされてしまった。彼女の体は地面へと打ち付けられ、そのままピクリとも動かない。
「明日香! 目を覚まして! そして早く逃げるのよ!」
諌見は必死に明日香に呼びかけるが、気絶している明日香の耳には届かない。
奏が立っている後ろから現れた人物。彼は突然現れると倒れている明日香を見下して失笑していた。
「入れ替わりの能力も使いこなせない雑魚だったか。残念だよある意味でな」
諌見はその男を知らない。見たことも聞いたこともない人間だった。もしかして、一瞬だけ奏が言っていた和島という人物だろうか。
知り合いのように口にしていた奏は、もしかして和島に……?
和島に対して反抗的な目を向けている諌見を、奏は彼女の顔を手で触った。
「そんな目をしてどうするの? 反撃もできないじゃない」
「今はおかしくなっているから分からないんだろうけど……相性ってご存知かな? 奏先輩」
「え?」
諌見は全身の力を込めて、縄に自分の意識を投影させた。すると、縄は諌見の思い通りに動かすことができ、あんなに苦戦していたにもかかわらず簡単に抜け出すことができた。
諌見の作戦としては、自分が人質になることで明日香を逃がそうと芝居を打っていたが、敵がもう一人いるとなると話は変わる。ここからは奏の目を覚ます戦いをすることにした。
奏は縄を抜けた諌見に対して、不敵な笑みをしている。
自分がされたことが分かっていないのか? 諌見は奏の意識を疑う。
「へぇ、相性か……大事だよねー確かに。でもさ、それでも限界ってのがあるんじゃないの?」
そう言うと、奏は空一面に真剣を生成させた。銀の膜で覆われた空は、太陽光を反射させてキラキラとしている。ここまで武器の量が多いと、さすがの諌見も全て憑依できるとは限らない。その放大な量に絶句するしかなかった。
「そ、そんな……。こんなに力を使ったら、奏先輩の体が持たないんじゃないの!?」
「私の体? どうでもいいわ。さあ、行きなさい私の剣!」
奏は諌見に指差す。剣は彼女の命令に従って一気に諌見に向かっていった。避けられるはずがない。一面を覆い尽くす剣が、諌見の逃げ場を無くしていた。
「安心して。痛みは痛覚するけど、血は出ないから」
「きゃああああああああああ!!」
一本目が諌見の腹部を貫くと、次から次へと一斉に剣が諌見の体を突き刺していく。痛みから逃れる唯一の方法は、気絶しかなかった。
空を支配していた剣が全て諌見の体に刺さったが、血は一切吹き出ない。痛みだけが、諌見にダメージを与えていた。黒ひげ危機一髪よりも剣が突き刺さっている光景を見て、奏は何とも思えなかった。催眠状態でいる奏は、自分で考えるような思考は消え去っていた。
奏は合図をすると、剣は一斉に消える。刺し傷もない諌見の体は、呆気なく地面に倒れこんでしまった。




