迫る敵意
放課後も過ぎ、時間帯は夜になっている。部活を終えた奏は部活仲間とも別れて一人で夜道を歩いていた。ここは人通りも少なく、目立った建物もないため静かな時間が流れている。奏はこのゆったりとした時が流れている道を好んで歩いていた。誰にも邪魔されず、色々と考えることができるからだ。
今日も真琴たちと帰ることが出来なかったことに、奏は内心ため息をついていた。
こんなんじゃ、未来に先越されちゃうかも……。そんな不安が奏の心を乱していく。
「辞めようかな部活……。って、ダメダメ。何考えてるの私……」
だが、ここまで続けてきた部活をそんな恋愛感情だけで辞める気にもなれない。恋は盲目とも言う。自分を見失うわけにはいかない。この間の父の皮を被った男に騙されたように。
奏は竹刀が入っている細長いリュックを背負い直して歩き続けた。
そんな彼女に近づいてきた一人の男がいた。ジャケットとジーンズという至って普通の姿をしている。
奏は気にも留めないで彼とすれ違った。しかし、男はそうではなかった。
「なあ、ちょっといいかな君」
「え?」
呼ばれて始めて立ち止まって後ろの男を見る。風貌は特に怪しいところもなく、奏は警戒せずに接し始めた。
男はメモのような物を取り出して、ペンを持った。奏はそれで何かの取材の人なのだろうと思った。
「すまないね。一応名乗っておくか。オレの名前は和島だ。ちょっと質問に答えてくれないかな」
「はい……別に構わないですけど」
「じゃあ……君の能力は何かな?」
「……何を仰っているのでしょうか。私は特に能力なんて無いですよ」
そんな風に流した奏だったが、心の中で緊張が走った。何故、自分にそんなことを聞いてきたのか。ただの偶然だとしても、この男を警戒する必要がある。奏は一気に警戒心を強めた。
和島は少しだけ顔をうつむかせて、自分の能力を言葉にした。
「ちなみにオレはね……催眠」
「なっ――!」
その瞬間、奏は剣を生成させて構えた。すでに変身せずとも武器を出すことができる奏にアドバンテージはある。
しかし、それは和島も同じことだった。彼は何も無い空間から突然武器を取り出した。丸い重りに縄が括りつけられているそれは、縄の端で纏まって結ばれていた。
「これがオレの武器。安心してくれ。殺すなんてことはないから」
「ふざけないで!」
奏は先手必勝とでも言うように、和島に向かって剣を振るった。すぐに和島は回避し、武器の結ばれている方を手に持って頭上で回し始めた。高速で回っている丸い重りが残像を得て一つの円になっていく。それほど和島は素早く振り回していた。
和島は奏に向かって勢いづいた武器を投げた。武器は高速で奏の元へと襲いかかり時間とともに素早さを増していく。
「くっ!」
奏は空中に鉄の盾を生成させて、武器から自分を守ろうとする。しかし、武器はいとも簡単に盾をブチ抜いてきたのだ。
奏はすぐに腕を交差させて身を守る。武器は奏に当たると、その勢いを有効に使って奏の体を傷つける。更に、丸い重りに括りつけられていた縄が奏の自由を奪っていく。縄は奏の体に纏わりついて離れない。
和島は地面でがんじがらめになっている奏を見下ろし、そしてしゃがみ込んだ。
「さーてと、お楽しみの時間だ」
「何をする気……!?」
「こいつを見るんだ」
和島はライターを取り出して着火させた。炎がメラメラと暗闇に燃え上がる。
先ほどの言った言葉から、催眠術を使うのだろうと奏は確信している。絶対にかかってなるものかと奏は心の中で強く思った。
「催眠なんかにはかからないわ……」
「そうだろうな。普段のオレの力ならば」
「何ですって?」
「そのための準備をしていたんだよ。この市内ではオレの力が強まる。さてと、どこまで耐えられるかな……?」
男はライターを奏の目の前で放物線上にゆっくりと動かしていく。奏は何とかして絡み付く縄から逃れようとするが、まだまだ時間がかかる。その間にも、奏の瞳はライターの炎を見てしまっていた。それすらもすでに彼の術中にハマっていることを奏はまだ知らない。
「あなたは段々と眠りに堕ちていく。さあ……時間が経つにつれて君のまぶたは重くなっていくよ」
「だ……誰がお前なんかの言うこと……に」
おかしい。抵抗しているのに、目がショボショボしていく。
奏は縄を解くより、催眠にかからないようにすることに集中した。だが、奏の思いとは裏腹に彼女のまぶたは眠りに堕ちていく。
片目がすでに閉じてしまっていても、奏はまだ抵抗していた。それも無駄な抵抗。奏の意識は完全に消え去ってしまった。
頭をガクッとうなだれさせた奏を見て、和島は催眠の成功を確信する。
「ふーん、もうかかったのか。やっぱり準備をしていて良かった」
「…………」
「これからオレがじっくりと刷り込んでいくよ。君の偽りの記憶と感情をね……」
和島は怪しい笑みを携えて、奏の意識に介入していった。
「君は確か、男の子が嫌いだったよな。それじゃあ君は女の子が好きで好きで堪らない女の子にしてあげよう。嬉しいだろう? 女の子に対して恋愛感情が生まれるんだ。と言っても、今は俺の人形になってもらわないといけないんだがな」
「……ダ……メ……」
「まだ意識があるのか。だがすぐに忘れる。洗脳は一瞬だ」
奏は最後の抵抗と言わんばかりに目から涙を零した。しかし、それも和島の手によって変えられてしまう。
完全に和島のマリオネットと化する奏の心は封印されたも同然となってしまったのだった。




