真琴を狙う影
真琴を始末するためにまずやるべきこと、諌見は真琴をおびき出す必要があった。なるべく他の生徒や先生に見つからないように人気のない場所を選んで真琴の教室に忍び込む諌見。彼の場所も、未来の時と同様に女性から情報を提供してもらっていた。
運がよく、何とか誰にも見つからずに真琴のいる教室へ忍び込めた諌見は、教室のドアを開けて真琴を探し始めた。
「……いた」
真琴はクラスメートと談笑している。諌見の気配にはまだ気づいていないようだ。諌見が声をかけようとしたが、クラス内にいた女の子が諌見に声をかけてきた。
「あれ? どうしたの君。どこから来ちゃったのかな?」
小さな子に話しかけるような優しい上から目線の言葉。諌見はその態度に少しイラッときながらも平静を装ってあざとい声色で話した。
「あの……ここに真琴先輩っていますか?」
「ああ、ちょっと待っててね」
そう言って、女の子は談笑している真琴に向かっていった。
「ちょっと佐伯くん」
「お、何だ?」
「小さなお客様が来てるよ。てかダメじゃない佐伯くん。ちゃんと注意してよね」
「え? ……って君は」
女の子が指差す先を見た真琴は、廊下に立っている小学生の女の子を認識した。
確か、あの子は昨日奏と一緒に歩いていた女の子じゃないか。それがどうして俺のところに……。
疑問はまだまだ尽きないが、あちらが話したいというのなら聞くというのが常識だと思っている真琴は、女の子に礼を言ってから諌見の元にやってきた。
「君は確か昨日の……諌見ちゃんだったっけか?」
「はい。……あの」
諌見は100パーセント真琴を連れ出せる魔法の言葉を持っている。それは人質を取っている女性から教わった情報に隠されていた。女性が言うには、真琴は奏にぞっこんらしい。そこで、奏を利用する。昨日、奏と自分は認識があることから怪しまれることはないだろう。
諌見は四つ折りになった手紙を真琴に手渡して、悲壮感を演じながら話を始めた。
「昨日、変な人に奏先輩がさらわれて……。この手紙を置いて逃げたんです」
「何だって?」
手紙を受け取った真琴は言うが早いか、四つ折りを広げた。手紙には女性特有の文字だろうか。可愛らしく丸みを帯びた文字で文章が書き連ねられている。大まかに言うと、奏を返してほしくば指定された場所へ来い。とのことだった。
奏をさらい、自分に脅迫状を叩きつけてくる相手を真琴は大体説明がついている。真琴と同じ能力者の仕業だ。
また新たな能力者が現れてしまったのか。真琴は戦わなければならないことに複雑な心境を抱いた。だが、戦わなければ奏を救うことはできない。決心した真琴は手紙に書かれている場所へ向かうことにした。
「分かった。俺はすぐにここに行く。諌見ちゃんはちゃんと学校に行くようにな」
「ううん。私も行きたいです。私のせいでこんなことになっちゃったんだから……」
「諌見ちゃん……。よし、一緒に行こう」
バカな男め。全部罠だとは気付かずに……。
走り出した真琴の後ろについてきている諌見は、真琴が見ていないことをいいことにほくそ笑んでいた。
手紙に書かれていた場所とは、高校から離れている郊外の空き地だった。昼間にも関わらず閑散としていて、人気も少ない。その土地の空き地へと足を踏み入れて、真琴は立ち止まった。
「どこに奏がいるんだ……」
「真琴先輩、多分大丈夫だよ」
諌見は低い声で真琴に話しかける。不審に思った真琴は彼女に振り返るが、諌見の表情はすでに醜悪なものに変化していた。
彼女の変化にとまどう真琴だったが、冷静さを失わないように気を付けて話を続けた。
「大丈夫って……どういう意味なんだ」
「奏先輩は来るよ。だって……その手紙を書いたのは私なんだから」
「何!?」
近くにあった複数の小石に自分の意識を浸透させ、宙に浮かせる。諌見はその小石たち全てに真琴を襲わせた。高速で移動している小石が、次々と真琴の衣服を切り刻んでいく。突然の出来事で反応ができない真琴は防御するしか方法がなかった。
真琴の制服は見るも無残な姿へと変化してしまった。
彼女が何か不思議な手品を使っているのか、はたまた能力者であるのか真琴には分からない。
「君は能力者なのか?」
「そうよ。だから奏先輩を捕えたの」
「能力者なら……遠慮はいらないってことか」
真琴は姿を女の子に変えた。ボロボロの制服はそのままボロボロのセーラー服へと変化し、女の子の綺麗な素肌が見え隠れしてしまっている。未来が入れば、その服に対してボケを入れて真琴は羞恥心を出してしまうだろう。
女の子に転換した姿を見て、諌見は何かを関心するような仕草をした。
「へぇ、そっちは女の子になれるんだね。ある意味でうらやましいかも」
「そんな話はどうでもいい。奏をどこにやった!」
「……だってさ、私」
遠くから奏が歩いてきていた。真琴は彼女の変わらない姿にホッとすると共に、諌見の目的を探るためにも警戒を怠らない。
奏はいつも通りの冷静な表情を崩さずに、真琴と諌見の前までやって来た。
「真琴……くん」
「奏、無事で良かった」
「まあいいか。それじゃ、感動のご対面と洒落込もうか」
諌見は奏に目で合図すると、背中を押して真琴の方へ押しやった。その状況がよく分からない真琴だったが、諌見の趣向だと割り切ることにした。
奏は目に涙をためながら真琴に抱き着いてくる。意外にも涙もろいという奏に戸惑いながらも、真琴はしっかりと彼女を抱きしめた。
「大丈夫だったか?」
「うん。助けに来てくれて――ホントに良かった」
その瞬間、真琴の腹部に大きな痛みが走った。何かに貫かれているような感覚が襲い、真琴は下を見た。
真琴の腹部は真剣によって突かれている。その真剣を持っているのは紛れもなく奏だった。
何かをしゃべろうとすると、せり上がってきた血液が真琴の喉を通り吐き出させてしまう。その代りではないが、奏が彼をバカにするように言葉を紡いだ。
「引っかかったね。どう? 好きな人に殺される気分は」
「おま……かなでじゃ……ナイ……!!」
「ううん、私は正真正銘の奏本人よ。今までは機会をうかがってたのよ。あなたを殺す機会をね」
もし、生き残ってもこのセリフを吐いていれば勝手に奏を攻撃してくれる。そろそろ奏を手放してもいいかもしれないが、それは女性の意見を聞いてからの方がいいだろう。
「う……ウソ……ダ」
「ウソじゃないのよ。勘弁してね真琴くん」
奏は剣を引き抜いて真琴から離れる。寄り掛かりがなくなった真琴は自然と地面に膝をついてしまった。腹部に手を当てても、何も起こらない。流れ出す血液は止まらない。
消失した血液の量と比例して、真琴の意識も朦朧としていく。
クソ……こんなところで諦めてなるものかよ。俺は奏を信じている。きっと諌見って子に操られてるんだ。だったら衝撃を与えればいい。
真琴は不敵な笑みをして、彼女たちを挑発していく。
「奏、もう一度……攻撃してこいよ」
「ふーん、じゃあ次は腕を切断してあげよう」
すでに勝利を確信している奏は慢心から真琴に近づいて剣を振りかざした。
虫の息になりながらも、真琴は必死にチャンスを待つ。絶対変換領域の発動を待つ。
「文句はあの世で聞いてあげる。先に行っててよ」
「ああ……そうするさ」
しないけどな!
奏が剣を振り下ろした瞬間、真琴は絶対変換領域を発動させた。真琴の周りに開かれるシールドのような透明なフィールド。そこに入ったものは須らく転換してしまう。
奏が持っていた剣は真剣から木刀へ変わり、奏の姿も男の子に変化した。
男の子なら、多少は殴る罪悪感も減る。
真琴は拳に力を込めて、奏の腹部に拳を入れた。同時に奏の木刀も真琴の肩に激突する。すでに腹部を貫かれた痛みで限界を超えている真琴には、木刀の痛みなど取るに足らないものとなっていた。
「あぐぅ!!」
みぞに入った奏の呼吸が一瞬止まる。木刀を手放して真琴から離れる奏は、腹部に手を当てて必死に呼吸をしていた。
「ヤバい。奏の憑依が解ける!」
「う……く、く……!」
奏は頭を抱えて苦しみだす。諌見が何とかしようにも何もできない。全ては奏に侵入している諌見の意識が勝たなければならない。
意識の底に隠れていた奏の意識が覚醒していく。不意打ちで彼女の体を奪ったようなものだった諌見の意識では敵いっこない。次第に奏の意識が前に出始め、遂に諌見の意識を飛ばすことに成功した。
その意識が諌見の元に戻ると、諌見は急に腹部の痛みを感じた。憑依先で感じていた痛覚が、戻ってきた諌見の体にも同じように反応させたのだ。
とてつもない痛みが襲い、さらに奏という手駒を失ったため、諌見はこの場から撤退することを決めた。
意識を取り戻した奏は逃げようとする諌見に向かって叫ぶ。
「待ちなさい諌見ちゃん! 逃げるの!?」
「私より、そこで倒れてる男を心配したらどう……?」
「……くっ」
諌見の言うとおり、奏は真琴の方が気になってしょうがない。今は彼を助けることが先だと考えた奏は諌見を諦めることにした。
すかさず、倒れた真琴を抱き起して容体を見る奏。真琴の呼吸はすでに荒く、虫の息になっていた。
「真琴くん。今救急車呼ぶから起きててよ。死なないで」
自分に対して涙を流してくれている奏を見て、真琴は安心した。諌見の操りから助け出すことができたのだから。
悪い奏……俺、死ぬかもしれない。そう思いながら、真琴は意識を失ってしまった。




