怪しき女性
夕闇が迫り、辺りが朱色に染まる時間。ある小学校では帰りの会が終わって各児童が帰宅をしている時間帯だった。これから友達の家に遊びに行く人や塾に通う人など様々な予定がまだまだ残っている。各々の用事のために帰路についている児童の中に、ある女の子がいた。
「じゃあね諌見ちゃん!」
「うん! また明日ね!」
諌見と呼ばれた女の子は、友達にさよならを言って手を振る。友達も彼女に倣って一生懸命に手を振って別れを惜しんだ。
諌見はリュックを背負ってパタパタと走っている。デニムが彼女の活発さを、ピンク色を基調とした星のペイントがされてあるジャケットが彼女のセンスを表していた。諌見が走るたびに、トレードマークであるツインテールが揺れる。
何故彼女がここまで急いでいるのか。それは親の手伝いをするためだった。諌見はまだ小学四年生だが、すでに将来のことを考えて行動している。それが親と一緒に料理や掃除、洗濯をすることで親の負担を減らすと同時に女の子として身につけたい作法も学べるのだ。ただでさえ、諌見の家庭は彼女の兄が死亡してから忙しくなってしまっている。
そんな急いでいる諌見の前に、ある一人の女性が立ちふさがった。
諌見はスーツ姿の女性に驚きながらも、明らかに足止めをしている女性を警戒していた。
「あなた……誰?」
「あなたが新たな能力者ね」
「何のことだか分かりません。警察を呼びますよ?」
諌見はスマホを取り出して警察を呼ぼうとする。しかし、次の女性の言葉で手を止めた。その言葉は自分にしか分からない事実のはずだった。それを女性が知っている。
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないお兄さん。いや……今は妹の諌見ちゃんだったっけ」
「なっ……!」
諌見は目を見開いて女性を凝視してしまう。
何で私のことを知っているの? どうしてそのことを……!! 誰にも話してないし、話しても信じてもらえないはず。
その反応をもって、女性は成功を確信した。彼女に畳み掛けるために、女性は更なる言葉を紡ぐ。
「あなたについては大体の調べはついてるのよ。可哀想にねぇ、最愛の妹が死んだのは――」
諌見は近くの小石を睨みつけた。小石に自分が入っていくのをイメージする。意志のない小石は簡単に諌見の言うことを聞いた。小石に入った諌見の意識は、女性に狙いを定めた。
その瞬間、小石は宙に浮いて女性へ襲い掛かっていく。小石は女性の頬を掠って壁に激突した。女性の顔に血の色が滲む。諌見はそれを見て思わず失笑した。
「……やるじゃない」
女ならば、自分の肌を傷つけられたら怒りを隠しきれなくなるはずだが、女性は眉を一つとも動かさなかった。
「何が目的?」
「私の目的……というか、アサーショナーの目的と言った方がいいかしら? それはね、TSFを最後の一人になるまで決めること」
「TSF?」
「あなたの力よ。そして、その力を持つ者は他にもいる」
自分の他にもこんな特異な能力を持つ存在がいたことに驚き、諌見は言葉を失ってしまう。だが、それと同時にある種の希望が見えてきていた。今までは一人で抱え込むことしかできなかった自分に、初めて相談相手が出来るかもしれないのだ。
しかし、女性の望みは諌見の想いを踏みにじるものだった。
「それで、あなたに頼みたいのは人減らし」
「それって……私以外の人を倒せっていうの!?」
「そうよ。どっちみち、その能力を使うのならば戦いは避けられないわ。現に、他の能力者は激闘を繰り広げている」
嘘だけどね。
女性はしれっと嘘をつけられた自分に内心驚き、諌見に申し訳ない気持ちになる。しかし、こうやって焚き付けなければ恐らく諌見は動かないだろう。
諌見は自分の思い描いていた能力者と乖離した現実に心が締め付けられた。……それでも、諌見は戦うのをためらう。彼女は平穏な暮らしができれば満足なのだ。それには他の能力者などいらない。
「悪いけど、あなたの言いなりにはならないわ。私は静かに暮らしたいの。じゃあね」
諌見は女性をすり抜けて自分の家へと足を運ぶ。後ろを振り向かず、ただまっすぐ自分の足取りを見つめて。
中々に協力的でない諌見に業を煮やした女性は、最後の切り札を使用することにした。それは電話で会話した相手から受け取った、力の一片。
私の思うままに……行きなさい。
女性はその力の欠片を空へと解き放った。力は光になって空を飛んで行く。方向は、諌見の家へと進路を進めている。女性は光の動きをジッと見つめながら、光の後を追った。




