きゅー.いー.でー?
明日香の体に入っている猫の心は、未だに真琴から離れない。あれからずっと真琴に抱き着き、頬を摺り寄せて胸を押し付ける。やがて足を絡ませはじめ、すでに真琴の体は明日香によって捕縛されたといっても過言ではなかった。
真琴もその場を動けずたじろぐことしかできない。何度彼女の名前を呼んでも同じ反応しかしないのだ。こうなれば説得もできないと真琴は諦めている。
「くっそー……一体どうしちまったんだよ明日香ぁ……」
「おはこんばんちわ真琴ちゃん! 今日は明日香ちゃんとアツアツだねぇ!」
やっと未来が登校してくる時間になり、真琴は少しだけ希望を見出してきた。もしかしたら、未来が何とかしてくれるのではないか。変態だがいつも何か進展をさせてきた未来に今、真琴の希望がのしかかる。
「そうじゃない! 助けてくれ未来。明日香の様子がおかしい」
「そりゃ見れば分かるよ。どうやら入れ替わった後の記憶障害ってわけでもなさそうだし……どうしたんだろうね?」
未来は不思議そうな顔をして、真琴に絡みついている明日香の肩を叩く。
明日香は首だけを未来の方に向けた。その表情はすでに恍惚として幸せに融けていた。
「ちょっとちょっと明日香ちゃん。君は何で真琴ちゃんに抱き着いてるのさ?」
「真琴さんは私の命の恩人だにゃ! 離さないのにゃ」
「にゃ……?」
明日香の語尾に、未来も困惑してしまう。確認のため、未来は真琴に怪訝な表情をむけた。
「あの、元々の明日香ちゃんはこんな痛々しいキャラだったのかな?」
「俺の幼馴染に変な過去をつけないでくれ! こんな語尾つけてなかったわ!」
となれば原因は何だろう?
未来は明日香の能力を考える。
確か入れ替わりの能力だったはずだ。おお、そういえば前に見たぞ。動物と入れ替わると、語尾が『ワン』とかに変わった小説が! 全ての謎は解けた!
ポンとひらめいた未来に一通のメールが届く。それを見た未来は全てを確信した。
未来は態度を改めて、何かもの悲しげな雰囲気を醸し出す。
急にハードボイルド調になった未来に若干の引きを見せながら、真琴は彼女に話しかけた。
「おい、どうしたんだお前は」
「真琴ちゃん……分かりましたよ。この事件を仕組んだ犯人が。悲しい事件でした。しかし、真相を暴かなければなりません」
「は……犯人!? そんな、すでに別の能力者がこの町に……!」
「犯人はあなたです……!」
未来は真琴に向かって人差し指を向けた。真琴は左右に誰もいないことを確認してから大声を上げた。
「……っておい! 俺かよ! 何を証拠に……」
「証拠。それは昨日の出来事です。あなたは昨日、小さな猫を拾いましたね?」
「お前も見てただろうが。そんでもって愛護センターに連れてったんだろう。今日の朝逃げたって連絡きたけど」
「それです。その行為が全ての始まり……。朝、その猫は学校へとたどり着き、明日香ちゃんと偶然入れ替わってしまった。つまり、今の明日香ちゃんは昨日助けた猫なんですよ!」
明日香は未来の言葉にうんうんと頷いている。今の今まで気づかなかった真琴は唖然として明日香を見つめた。
「そうだったのか……」
「そうなんだにゃ」
「……とまあ、推理ごっこはここまでにしてっと。ねえ猫ちゃん。お願いだからその体を明日香ちゃんに渡してはくれないかな?」
「でも、まだ恩返ししてない……」
うるうるとした瞳で見つめる明日香にうろたえる真琴。
未来は肘を真琴に当てて何かを促していた。大体の意味は真琴も分かっている。何か、気の利いた言葉をかければいいということを。
ええい、どうにでもなれ!
真琴はしゃべりながら考えることにした。
「あ、あのさ……子猫ちゃん」
「ぷぷっ。キザな男の子のセリフみたい……似合わねー」
未来は真琴の言葉に耐え切れず吹き出してしまう。それを茶化されたと思った真琴は彼女に注意した。
彼のセリフを堪えるため、未来は自分の口に手を当てて笑わないようにする。
そして、再び真琴の説得が始まった。
「俺は君がこうして無事なだけで安心したよ。恩返しなんてとんでもない。俺は人として普通のことをやったまでだよ。だから、明日香にその体を返してくれないか?」
……どうだ? 速攻で考えたにしてはいいできだと思うんだが。
真琴は明日香の反応をジッと見つめる。
明日香は真琴を見て笑顔になった。
「真琴さんがそう言うならしょうがないにゃ。わかったにゃ」
明日香はそう言って、真琴から離れた。
自由になった体に安堵して、真琴はホッと一息ついた。
未来の連絡を受けて、奏もこの場所にやって来た。奏は武道場で出会った猫を抱いて歩いてきた。
真琴はその猫を見て、確かに昨日愛護センターに預けた子猫だということを理解する。
「で、この猫と明日香ちゃんが入れ替わってると」
奏も状況を理解し、抱きしめていた猫を地面に離した。すでに記憶を持っている明日香の体に入っている猫は、能力の使い方も分かっている。入れ替わり自体は大きな混乱もなく、成功したのだった。
やっと自分の体に戻れた明日香は大きく背伸びをして新鮮な空気を吸い込んだ。
「ほえー良かったー僕の体が元に戻って」
「ったく、次からは気を付けろよな」
「えへへ、迷惑かけてごめんね、まこ兄」
「……で、この猫どうするのさ真琴ちゃん」
未来が猫を持ち上げて真琴に話しかける。
昨日から考えていたが、やはり家では飼えない。仕方ないが、また愛護センター送りになるだろうな。
そう思った真琴だったが、意外な人物が猫の飼い主に名乗り出たのだった。
奏は未来から猫を受け取って、自分の胸にうずめさせた。
「私が飼うよ。この猫」
「え? マジで?」
「何よその意外そうな顔は」
真琴の面食らった表情に少しだけ不快な顔を見せた奏。彼女はすぐに顔を直して、みんなに話した。
「私が飼えばいつでも会えるでしょ? それにさ、飼ってみたかったんだよねー動物」
これからの暮らしを考えて、奏は猫と嬉しそうに戯れる。
まあいいか。
真琴は奏の楽しげな表情を見てそう思うのだった。




