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明日香ピンチ!

 明日香の意識が目覚めたのは、誰かに呼ばれている声がしたからだった。その誰かは、明日香の体をいとも簡単に持ち上げて喜びの声を上げている。まるで自分が小人になった感覚になりながら、明日香は目を開けて声の主を目視した。

 小さな紐デザインのリボンで長髪を括っているのが印象的だった。そして彼女の顔つきがとても幼く見えてしまう。最初、明日香は自分の元の体だった小学生と同じ年齢かと思ったが、それは明日香と同じセーラー服を着ていることから間違いだと気づく。

 その少女は明日香を抱きしめて頭を優しく撫でている。


「猫ちゃん可愛いー。でも、どうして高校に来ちゃったんだろう」


 猫……?

 明日香は自分の体を見る。すると、全身が毛むくじゃらで手は肉球がついている。明日香は声にならない叫びを上げた。しかし、その声はただの『にゃー!!』に変換されてしまった。

 何を喋ろうにも、明日香の口からは日本語が喋れない。

 少女は猫の鳴き声を感謝だと勘違いしている。


「えへへ、ありがとうって言ってるのかな? どういたしまして!」


 違う、そうじゃない。明日香は必死に自分が人間だということを訴えたいが伝わる言葉が話せないのは痛手だった。そして、明日香はもう一つの危惧があった。それはこの前の時みたいに記憶が上書きされてしまうのではないかということ。時間が経てば猫の記憶に上書きされ、自分は猫だったかのように動き出してしまう。

 ど、どうしよう! 助けてまこ兄!!

 焦る明日香だったが、少女は逆にため息をついて悩みを話し始めた。


「ハァ……カナデさんがいるかなって思って今日は朝早く来たのに結局見つけられなかったよ。私の愛は伝わらないのかな? ねえ、猫ちゃん。って、猫に話しても意味ないかな……」


 カナデ? かな姉のことかな?

 かな姉なら探せば見つかるかもしれない。そう思った明日香は少女から離れて走り始めた。もちろん、今の明日香は四つん這いで走っている。


「あ、どこ行くの?」


 少女も突然動き出した猫を追いかけてくる。明日香は奏の居場所を探すために奔走する。

 奏なら武道場にいないだろうか。そう思った明日香は真っ先に武道場へと向かった。

 学校の中を猫が走るわけにもいかないので、明日香は窓から侵入を試みる。換気のためか、運良く窓が開いていたことに感謝し、明日香は空いている窓から飛び込んだ。


「え!? な、何!?」


 さすがに動物の侵入は驚くのだろう。武道場にいた奏は素っ頓狂な声を出して驚いてしまっていた。

 明日香は即座に奏に抱きついた。奏ならば分かってくれるかもしれない。その思いで明日香は必死に自分が明日香だということを訴える。

 しかし、全ての言葉が『にゃー』に変換されてしまっては、奏も猫の精神が明日香だということに気づけない。

 猫を追いかけていた少女は猫が侵入した窓からそっと中の様子を覗き込んだ。猫が中にいる人間とじゃれ合っている。少女はそこで猫がその人が飼っていると勘違いしてしまった。


「ん? あっ……」


 視線に気づいた奏は少女の顔を見て言葉をなくした。いつぞやの野球部のマネージャー。奏はある意味で彼女と知り合いになっている。

 奏一人だけが気まずい状況になりながら、少女は奏に笑顔で話しかけた。無論、少女は奏と恋心を抱いている人物が同一人物とは気づいていない。


「あなたの飼い猫さんだったんですか」


「え? いや、何か勝手に抱きついてきたんだけど……」


「でも、凄く懐いてますよ?」


「そ、そう……?」


「あーあ、カナデさんには会えないし、猫ちゃんにはフラれるし、今日は厄日だなー」


「ふぁ!?」


 思わず自分の名前を呼ばれて変な声を出してしまった奏は、思わず焦燥感溢れる緊迫とした表情をしてしまった。

 マネージャーはその顔つきの変化に疑いの目を向けるのは当然だった。


「どうしたんですか?」


「い……いやいやいや! 何でもないよ!」


 落ち着け私! 剣道で習ったじゃない! 常に冷製(・・)であることっ! 焦りは禁物だと!

 ゴホンと咳を一つして心を休める奏。

 何故マネージャーが自分の名前を知っているのか。それは簡単よ。私が自己紹介の時にそう言ったからだもの。そう、落ち着いて。焦る必要なんかないのよ。

 そして、いつもの調子を取り戻して理由を話し始めた。


「いえ……私の名前も奏だったもので。それで驚いてしまったの」


「へぇー、そうなんですかー。偶然ですね。あ、偶然ついでに聞きたいんですけど、同じ名前のイケメンな男の子知りませんか? 私、どうしてももう一度会いたいんです!」


「……知らないわ。それだけ探してもいないってことは転校したのねきっと」


「てんこーですかー……。そうなのかもしれませんね……。ハァ……私の恋もこれで終わりなのかな……」


 大層に落ち込んだ様子を見せながら窓から離れていくマネージャー。その姿に少しだけ罪悪感を持った奏だったが、自分は女の子に恋愛感情は向けられない。それが例え男の子に変身していても、奏の想い人は一人だけなのだ。

 奏は、この場に未来がいなくて良かったと本当に思った。もしいたのなら余計なことを喋るに違いない。

 とりあえずの危機が去ったということで、奏は次に猫の扱いをどうしようか考える。

 自分に懐いている? この猫。さすがに学校にいるのはマズイ。どうしよう……。

 明日香はすでに自分の思いが伝わらないことで諦めて、大人しくなっている。

 真琴くんと未来に相談した方がいいよね。

 そう思った奏はスマホを取り出して、未来に連絡を取ることにした。

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