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入れ替わった……にゃ⁉︎

 次の日の朝は、快晴の証拠とも言える青空が一面に広がっていた。どんなイベントがあっても大成功を収めるだろうこの環境下の中、学校の裏庭で体を動かしている明日香がいた。彼女は赤色の鞭を振り回して何かと戦っているような訓練を行っている。ポニーテールが特徴の彼女はひとしきりに体を動かすと、ふぅっとため息をついて体を落ち着かせた。


「……少しだけ、動けるようになったかな?」


 独り言を吐く。自分以外誰も学校にいないというのもあったが、自分を奮い立たせて自信をつけさせるという意味もあった。


「まこ兄とかな姉に迷惑かけちゃったし、これからは少しでも僕が手伝なきゃ」


 先の事件、記憶の混乱で迷惑をかけたという責任を明日香は感じていた。それで、少しでも彼らの助けになれるようにと事件の後から連日戦いの練習を重ねていたのだ。朝早くならば誰にも気づかれることなく激しい動きをすることができ怪しまれない。さらに裏庭ならば早朝に近づく人間はいないだろう。『明日香』の記憶の助けもあって、合理的な考えが本来の年齢よりも出来るようになっていた。

 明日香はスマホを見て時間を確認する。最初の生徒が登校するまで、あと三十分ほどある。


「うん。まだやれる……!」


 明日香は意気込んで、再び鞭を振り回し始めた。敵がいることを想定し、鞭を動かす。

 敵が動くイメージは明日香の記憶から。実際に鞭を操るのは自分の記憶で行うことで、まるで他人と戦っているかのような臨場感を得ることができる。

 明日香の記憶が敵を右に動かす。明日香はそれに反応して鞭を横になぎ払う。しかし、明日香の記憶は右に動いた瞬間、鞭を弾いてこちらに走り込んできた。


「――っ!」


 しかし明日香は鞭を振り回した体制から動けない。明日香の記憶は敵が持っている剣で明日香の体を貫いた。


「ず、ずるいよあす姉……。それって反則ー! もう一回やってよ!」


 明日香は口を尖らせながら、鞭を自分の元に戻して再び戦闘態勢で構えた。

 明日香の記憶はまたしても同じ動きで明日香を襲うとする。明日香もさっきと同じ動きで鞭をなぎ払った。しかし、違うことが一つだけあった。

 突然、猫が乱入してきたのだ。昨日愛護センターから脱走してきた猫が、学校に侵入していたのだ。猫は鞭に当たって腹部を貫かれてしまった。


「あ! 猫――ってちょ!」


 猫に気を取られたせいで、明日香は体制を崩してしまう。その時、不運にも手に持っていた鞭を手放して自分の腕に貫いてしまったのだ。

 明日香は直感でヤバイと感じる。だが、彼女にどうすることもできない。二つの生命に反応した鞭は自動的に、能力を発動させてしまった。一気に睡魔に襲われる明日香。気持ちのいい淀みが彼女を襲い、そのまま眠りにつき、地面に寝っ転がってしまった。

 数分が経って、明日香が起き上がる。彼女は周りを見渡し、次に自分の両手を眺めた。それから目の前に寝ている猫を見つめて頭をかしげた。


「にゃ……?」


 およそ普段の人間では発しないだろう言葉を発した明日香は四つん這いで猫に軽くパンチをしている。しかし、猫はピクリとも動かない。何を思ったのか、明日香は猫の顔に向かって舌を出そうとした。その瞬間、明日香の脳内に電撃が走った。思いがけない頭痛に呻き声を出して痛みを表現する明日香。

 頭痛が収まった次にとった彼女の行動は、実に人間らしかった。

 まず、四つん這いだったのを止めてすっくと立ち上がる。それから、猫を見てニヤリと笑みを浮かばせた。


「そっか。入れ替わったんだにゃ」


 まだ語尾に変な口調が残っているが、明日香は確かに日本語を喋っている。さらに、明日香は額に手を当てて何かを念じ始めた。そして、ゆっくりと頷いた。


「なるほど……あの人は真琴さんって言うのかにゃ。これで真琴さんに恩返しできるにゃ!!」


 明日香の身に何かが起こっている間、真琴の身にも何かが起こっていた。

 朝早く、真琴は電話の着信音によって目覚めるを得なかった。重い頭と睡魔で少しだけイライラしながらも、真琴は電話に出た。


「あ、佐伯です。何ですかー?」


「朝早く申し訳ありません。愛護センターの者です」


「ああ。どもー」


「あのう……昨日、お預かりした猫のことなんですが、(まこと)に申し訳ありません」


「え? 別に俺に謝らなくてもいいですよー」


「え? しかしですね、昨日お預かりした子猫が脱走してしまいまして……」


「へっ? だっそー? ……だっそう? 脱走!?」


『脱走』。その二文字で真琴の意識は完全に目覚める。昨日預けた猫が逃げ出した。ということは、よほどあの場所が気に入らなかったのだろうか。ますます真琴は後悔の念に駆られていく。

 愛護センターの保護員は必死に真琴に謝罪の言葉を送っていたが、真琴はうわの空で聞く以外他なかった。

 その知らせによって、真琴の気持ちは沈んだまま登校するために足を動かしていた。快晴だというのに、真琴の心は曇りがかって落ち込んでいる。

 何度かため息をつきながら、未来に報告するかどうか迷っている真琴に笑顔の明日香が現れた。彼女は学校から真琴に会うために進路を逆に進んでいた。何故学校から遠ざかっているのか、登校中の人間には不可思議に思えただろう。

 明日香は真琴の目の前に来て落ち込んでいる彼の顔を下から覗き込むように見つめた。


「おお、明日香か。おはよう、いい天気だな……ハァ……」


「ま、真琴さんかにゃ?」


「何を言ってるんだよ。そうに決まって――」


「やっぱりにゃー!」


「おうわっ!?」


 明日香は真琴に飛びつき、抱きついた。顔と顔をすり合わせて喜びながら、明日香は豊満ではないが発育のいい胸を彼に押し付けて擦りつける。

 落ち込んでいた真琴でも、明日香の突飛な行動には目が点になってしまう。

 な、何が起こってるんだ。何で悠太君が俺に抱きついてその……なんだ……やってるんだ!

 何かがおかしく、怪しいと感じた真琴は彼女の行動を止めさせるように必死に引き離そうとする。


「待て落ち着け! 何をしてるんだ君は!」


「真琴さんー! 真琴さんは命の恩人だにゃー!」


 いつの間にか語尾が『にゃ』とかになっている明日香に、真琴はうろたえる。だが、可愛いと思ってしまう自分が情けない。

 いつもは聞かない甘美な声にドギマギしながら、真琴はこの事態をどうやって収拾すればいいか頭を悩ませた。

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