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どこがいいのさ! ちっとも良くない!
「あたしもブランと一緒にいる! 大蛇のときは一緒に戦ったでしょう!?」
「今度の相手は危険すぎる。ミアンをそんな目にあわせられない」
「いい! あう!」
本人が納得してるんだから、いいでしょ!?
そう断固として主張するあたしに、怖いくらい真剣な目でブランは言った。
「お前を守りながらだと、オレは思い切り戦えない。不利なんだ」
「・・・・・・・・・・・・!」
つまり・・・あたしは足手まといってこと? 確かにこの中でまともに戦えるのは、ブランだけだ。
で、でも、だからってそんな・・・。
「お前を守り切れずに、死なせてしまいたくない」
「ブラン・・・」
「大丈夫だ。オレに構わず城に向かって全力で逃げるんだ。分かったな?」
キメラはゆっくりと、でも確実に距離を詰めてくる。
いつ襲い掛かってくるかわからない。一刻も早く決断して行動に移さないと、あたしがマゴマゴしているうちに、王子やオルマさんまで危険にさらすことになる。
ギリギリと痛む胸を押さえつけながら、仕方なくブランに向かってうなづいた。
「みんな、後で城で会おう! いいな!?」
ブランの言葉に、王子とオルマさんが怯えながらもうなづく。
「よし ・・・散れ!」
皆がパッと四方に散った。ブランがあたしに背を向けて走りながら、叫ぶ。
「ミアン! 船室で・・・すまなかった!」
・・・ブラン!?
走りかけた足を止めて、あたしは振り向いた。
船室でって、あたしを押し倒したこと?
な、なによそれ。なんでそんなこと、今ここで謝るのっ!?
・・・・・・やめて! まるでもう二度と会えないことを覚悟してるみたいに聞こえるじゃない!
大丈夫だって、あんた、自分で言ったじゃない!
予想通りキメラは他には目もくれず、一直線にブランを追い始めた。
ブランはキメラをあたしたちから引き離すように、素早く繁みの奥に消えていく。
キメラも繁みの奥に飛び込んでいった。
「ブラン!」
思わず後を追いそうになる気持ちを、懸命に押しとどめる。
だめだ! あたしが行ったらブランの足手まといになる! あたしにできることは、城に無事にたどりついて、ブランを待つこと!
待っているからね。
ブランのこと、あたし待っているからね! だから絶対、来てよ! 大丈夫だって言ったんだから!
言ったんだからね・・・!!
両目をギュッと閉じて、歯を食いしばる。
追いかけたくてたまらない心を抑えるために、大きく息を吸い込んで深呼吸した。
・・・・・・よし! 行くぞ!
あたしは繁みに背を向け、走り出す。
背後から聞こえてくるイナズマの音にビクリと震えながら。
・・・頭を強く左右に振る。大丈夫。ブランは絶対に大丈夫。
不安な思いを振り切るように、そうして城へ向かって走り続ける。
木々が密生してして、思ったようには進めないけれど、それでもあたしは、息を切らして一生懸命に走り続けた。
城でブランと会うんだ。
そしてあたしもブランに謝るんだ。あのとき、思わず口をついて出てしまった暴言を。
ブランと、ちゃんと話し合いたい。お互いの顔を見て、向き合って、話して、そして謝りたい。
そのために行かなきゃ。早く進まなきゃ・・・。
大きく波打つ胸を抱え、額の汗を手でぬぐってフラフラと前に進んだ。
・・・と、前方を見てギクリと足が止まる。
木々の間に、なにかがいた。
草木の間にうずくまるようにして、大きな灰色のかたまりがモゾモゾと動いている。
あたしはとっさに太い木の幹の陰に隠れた。
もう、嫌だぁ~。この急いでるときに今度はなんなのよ~?
半泣きしながらそっと覗き見ると、どうやら鳥みたいだ。
ずいぶんと大きな鳥ね。うずくまった状態で、あたしの体の半分くらいの大きさだ。
・・・嫌な予感がモクモクと湧きあがり、心臓が不穏な鼓動を打ち始める。
確証はないけど、たぶん、いやぜったい、この予感って的中する。
最近のあたしの予感的中率って、ご神託?ってぐらいすごいもん。
しかも悪い予感に限って高確率。神々しいくらいにパーフェクト。
鳥の頭が上下するたび、ガツガツと貪るような音がする。
食事中か・・・。しめた、そのスキにこっそり通り抜けられそう。
そっと片足を踏み出したとき、鳥の頭が上を向いた。
「・・・・・・・・・・・・!」
あたしは息を飲む。
顔が・・・人間だ! 人間の顔をしている!
首から下は間違いなく鳥の姿なのに、頭だけが人間の女性の顔。
森の動物でも食べていたのか、真っ赤な血でぬらぬら光る口がクチャクチャと動いてる。
やっぱり予感的中! これも魔物だ!
その凄惨な表情に、足がすくんで動けない。
逃げる!? 隠れる!? それともこのまま通り過ぎる!? 頭の中で必死に考えているうちに・・・
――クイッ
鳥の魔物が、なんの前触れもなくこっちを向いた。
「ひっ!?」と小声を上げたあたしの心臓が、痛いほど激しい音をたてる。
まずい! バッチリ視線が合ってしまった!
「ギュアアアァァァッ!!」
血濡れた口で魔鳥がひと声鳴き、あたしに向かって飛んできた。
うわあぁ! さらに予感的中! パーフェクト記録更新中ー!
夢中で逃げ出した。でもあっという間に追いつかれ、空中から魔鳥の脚が襲い掛かってくる。
巨大な鉤針のような尖った爪が鈍く光った。
あたしは前のめりになって地面にドサリと倒れ込む。
爪をよけきれず、肩口を爪が掠って、あたしの血がパッと地面に散った。痛・・・・・・!
バサバサと羽音がして、すぐさま魔鳥が襲ってくる。
必死なあたしの目に、すぐ手元に落ちている、太い木の枝が映った。
冷や汗の噴き出す手でつかみ、仰向けになってムチャクチャに振り回す。
それが魔鳥の足に、ドカッとクリーンヒット!
バランスを崩した魔物が、地面にバサッと落ちると同時にあたしは素早く立ち上がり、ひたすら木の枝で魔鳥の体を殴りつけた。
「きゃああ! きゃああー!」
夢中で悲鳴をあげながら、もう景気よく殴って、殴って、殴りまくる!
お願い! とっとと気を失うなり逃げるなり、どっちか選択してーー!!
「ギュアアァァッ!」
逃げるどころか魔鳥が怒って、歯をむいて噛みつこうとしてきた。
ギラギラした両目と血濡れた顔が、ググッッとあたしの目前に接近する。
その、この上ない醜怪な面相! むあっと鼻に突く異臭!
ひぃー! もうダメ! 我慢の限界点、突破!
あたしの頭がプチッと切れた。
「いやあぁぁぁーーーー!!」
自慢の右腕が反射的に動いた。死にもの狂いの強打が拳に乗ってさく裂する。
ドゴォッ! と魔鳥の顔面に真っ正面から、めり込む感触。
鳴き声もあげず魔鳥は地に倒れ、そのまま動かなくなった。
気・・・気を、失ったの? やっと?
・・・最初から、さっさとこうして殴っておきゃ良かったのかも。
ガクガク震える足で数歩、後ずさる。い、今のうちに、逃げ・・・・・・
――ギュアアー!
空から何羽も新たな魔鳥が飛んできた。
ギョッとするあたしを無視して、魔鳥たちはあたしが倒した魔鳥に群がる。
貪り食う音。共食い、してる・・・。
心底ぞぉぉっと寒気がして、あたしは転がるようにその場から逃げ出した。




