6
その直後にすごい力で引っ張られ、一瞬であたしの体は海中に沈みこむ。
再び、空気とは異質の、水の空間に閉じ込められる。
・・・誰なの!?
正体を確かめようと、海水の刺激の痛みに堪えつつ、なんとか目を開いた。
・・・ぞおっと、全身総毛立つ。
セイレーンが、あたしの足首をつかんでいる!
妖魔が・・・魔物があたしの足をつかんでいる!
セイレーンが、激しい怒りに燃えているのが分かった。
長い濃緑色の髪が四方に広がって、まるで触手のように不気味にうごめいている。
魚類特有のギョロリとした目が、爛々と光ってこっちを見据えていた。
あたしは口からゴポリと息を吐き、悲鳴を上げる。
必死に足を動かして振り切ろうとしても、水圧のせいで力を込められない。
身体はどんどん海中に引きずり込まれる! 息が・・・続かない!
必死に暴れるあたしの横を、何かがザッと通り過ぎた。
白いウロコと長いヒレがチラリと見える。・・・魚?
その生き物は、長い尾ビレでセイレーンの横っ面を殴りつけた。
衝撃でセイレーンの手が、あたしの足首から放れる。
その瞬間を逃さず、生き物はあたしの腕をつかんで海上に向かって泳いだ。
ザパァッと頭が浮いて、あたしは自分の隣に浮いているものを見て声を上げた。
「ブラン!」
ブランが、あたしと同じように海上に頭を出してゼイゼイ息をしている。
その姿は上半身は人間で、下半身は魚。人魚に変化したんだ!
「ブランってすごい! 人魚にまで変化できちゃうの!?」
「一応、見よう見まねでな。なんせオレは山の生き物だから、感覚がよく分かんねえ」
顔をしかめてそう言うブランの泳ぎ方は、確かにどうもぎこちない。
それでもあたしを抱きかかえて、どうにか泳ぐことはできそうだ。
「このままマスコール王国まで行こう。船はもうダメだ」
「あ、でも待って! オルマさんやスエルツ王子を助けないと!」
「そうか。よし、じゃあお前をいったん、そこの岩場に・・・」
そこまで言ってブランが言葉を切った。
顔をヒクヒクと強張らせて、あたしの後方をジッと見ている。
あたしは一気に嫌な予感に襲われた。
・・・なんなのー? 今度はなによー? もうこれ以上はカンベンしてよぉぉー!
そう思いつつ、恐る恐る、ゆっくり後ろを振り返る。
そしてあたしの顔もガキッと強張った。
うわ、出たーーー!!
セイレーン集団の逆襲ーーー!! 恐怖の魚類顔女、ご一行さまでご到着ー!!
魚の大群のような、セイレーンの群れがドオォォッとこちらに向かってきた。
すごい数! こんなにいたの!?
いったい日頃はどこに隠れているのよ!? よく漁のアミにかからないもんね!
かかっても食べる気はしないけど!
その見るからに食欲を喪失させる大群が、めいめい、口を大きくカパリと開いた。
そして揃って、また歌を歌いだす。不思議な歌声の大合唱団だ。
「まずいわブラン! 耳をふさいで!」
「大丈夫だ。オレはいま普通の人間の姿じゃないからな。あの妖術は効かない」
平気な顔で歌声を聴いている様子を見て、あたしはホッとした。
でもどうしよう。ここでこの大群に居座られたら、王子もオルマさんも探せないよ。
それに、ひょっとしたら集団で襲い掛かってくるかもしれないし。
だけどセイレーンたちはその気配もなく、ひたすら歌い続けるばかり。
歌声はますます高く大きく、波のようにうねる。やがて空気がビリビリと震えだし、緊張し始めた。
歌は、絶え間なく鳴る。鳴って鳴って、鳴り響く。
より高く、より強く、より大きく、荘厳な聖歌のように大気全体を包み込んだ。
周囲に反響する歌声を、あたしたちはまるで目で追うように見回す。
これは・・・この、異様な歌声は?
不安に包まれるあたしたちは、海水が細かく振動しているのを感じた。
あれ? なんだろうこの揺れ。地震? でも海中で地震って、こんな風に感じるものなの?
――ユラリ・・・
身体が、大きく流された。まるで向こう側から、誰かに強く引っ張られるように。
? 潮の流れ? それにしてもずいぶん急な・・・。
――ドンッ!!
いきなり、凄まじい勢いの激流に飲み込まれる。
瞬間的に、嵐のど真ん中に叩き込まれたように。
爆風に巻き込まれたような感覚。抵抗するすべも、何がなにやらも、まったく分からない。
ただ翻弄される木の葉のように、あたしたちはあっけなく意識を失った・・・・・・。




