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「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人、これ、決闘なんだよ?」
「知ってます!」
「へたをすると、命にかかわるんだよ?」
「分かってます!」
「いいや、分かってないよ。君、分かってない」
王子は首をプルプル横に振った。 薄茶色の、肩を覆う髪の毛がバサバサと左右に揺れる。
「夫人にそんな危険な行為はさせられないよ。男爵に参加してもらおう」
参加できるもんなら、最初からさせてるってば!
できないから、あたしが我が身の危険も顧みずに参加を表明したの! それくらい即座に察しなさいよ! ほんっとに軽い頭ね!
持ち歩くのに、さぞ便利でしょ!? その頭!
「夫は酒飲んで引っくり返・・・いえその、えーっと、や、病に倒れました! ついさっき!」
酔っぱらって目ぇ回したって事実より、こっちの方が同情を買いそうな言い訳だ。
この際、それが必要なら同情でも何でも、地引き網を引っ張ってでも掻き集めてやる!
どんな手を使っても参加しなきゃ!
「不在の夫の代わりを妻が果たす! それがシーロッタ・ヌゥーキー男爵家の伝統なんです!」
両手をガッシリと握り合わせ、懸命に王子に向かってウルウル懇願する。
「夫への愛と! 誠意と! そして男爵夫人としての務めを、私に果たさせてくださいぃ!」
我ながら、なんーぼでも舌からペラッペラ出てくるわ。嘘が。
人間、せっぱ詰ると口も頭も油が乗るもんなのね。
この調子だ! 行け行けあたし! ゴールに突っ込め!
「でも無理だよ。危ないから」
「危なくないです!」
「いや、普通に考えて危ないでしょ?」
「大丈夫だってば!」
「でも・・・」
「スエルツよ、男爵夫人の参加、余が認める」
王様が突然横から口を挟んできた。認めるって!? うおぉ! 天の助け!?
「夫が戦争で不在の時に、夫人が夫に代わり家を守るのは道理」
「父上・・・」
「男爵夫人は、その良き模範である。よって余が特別に参加を許可するものとする」
・・・・・・
ゴール決まったあーーーっ!!
あたしは心の中で小躍りしながらガッツポーズを決めた。
よしよし! とりあえず第一関門突破したぞ!
やっほう! 王様ありがとう! あなたの戦争好きに感謝御礼!
「父上がそう仰るのなら・・・じゃあ男爵夫人、あちらの方へ集まって」
「は、はい! ありがとうございます!」
あたしはいそいそと、参加者の集まっている場所まで移動した。
軍人以外にも、腕に覚えのありそうな貴族も何人かはいるけど、参加人数はさほど多くない。
そりゃそーだ。こんなアホらしい余興に参加するヤツなんて、そうそういないよ。
・・・自分で強引に参加しといて、なんだけどさ。
軍服を着たおっさんや貴族たちが、珍しいものを見るようにあたしに注目する。
というか・・・はっきりと迷惑そ~な、みんなの視線がとーっても痛い。
まぁ確かに迷惑だろうけど。女相手に決闘なんて、本気出して戦うわけにもいかないだろうし。
だからって女相手に決闘して負けました、なんて男のプライドにかかわるだろうし。
「それでは皆様、武器をご用意いたしました」
従者が、両腕に様々な種類の剣を抱えて近寄ってきた。
うわ、剣だよ本物だよ!
バカだんなの屋敷で何度か見たことはあるけど、当然ながらあたしは触った事すらない。
その銀色に鈍く光る刃を見て、さすがにちょっと気後れする。
ほ、ほんとにこれから、あたし決闘することになるのか・・・?
とりあえず、一般的な長剣を持ってみる。
持った途端に重さに耐えきれず、ガンッと剣の切っ先を床に落としてしまった。
なにこれ! 両手で持ち上げるのが精いっぱいだよ! ムリムリ! こんなん振り回すなんて絶対にムリ!
へっぴり腰で長剣を引きずってるあたしを見かねて、従者が短剣を渡してくれた。
長さ50~60センチくらいの刃の、柄に飾りのついた剣。
さっきのに比べれば断然軽い。うん、これならなんとか。
なんとか・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
なんとか、どうすんの? 戦うの?
いったいどうやってよ?
参加者の、剣を扱う手慣れた動作を見ながら、あたしはようやく現実を直視する。
そしてゴクリとツバを飲み込んだ。
どうしたって勝てっこないよ~!
ここからあたし、どうすりゃいいの? 絶対に勝たなきゃならないのに、勝てる見込みはゼロ。
競走馬のレースに乳牛が出場するようなもんだもの。根本からして間違ってるんだって。
自分の手にした短剣を眺めていると、どんどん怖気づいてくる。
これは明らかに凶器。人を殺傷する為の物。キッチンナイフでイモや鳥肉を刻むのとは、わけが違う。
これであたしに、軍人相手に切ったり貼ったり突っついたりしろって?
・・・考えるだけでゾッとする!
さすがに女相手だから手加減はしてくれるだろうし、死ぬこともないだろうけど。
でも怖いものは怖いんだよぉ!
うぅ、まさかこんな目にあうなんて思いもしなかった。馬車やドレスに浮かれまくってた、ついさっきまでの自分を殴ってやりたい!
んもー! ブランの大バカッ! 役立たず!
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人! 前へ!」
・・・ぎゃっ!? なになに!? もう始まってたの!?
名前を呼ばれてビクッと周囲を見回した。
いつの間にか、見物の貴族たちが大人数で周りをグルーッと取り囲んでいる。
ひー!? すき間なくビッチリ包囲されてる!? 逃げ場もなしか!?
ものすごい数の目ん玉が、あたしに注目してる~!
もうこの状況がすでに怖い! 視線に串刺しにされちゃいそう!
「さあシーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人!」
は・・・はいぃぃ・・・・・・。
あたしはオズオズと前へ進み出た。
心臓はバックバク。剣を握る手は汗でびっしょり。ヒザがガクガク震えてる。
情けないやら緊張するやら怖いやらで、頭の中はグルグル。今さら後に引けない、逃げられない。
あたしの人生って、つまり、どこまでも悲惨なんだ。
ここであたしが勝てるわけないじゃん。今まで人と争った事なんかないのに。
奴隷として生きて、従うだけの人生だったんだから。
唯一、勝利したって言えるのはバカだんなを殴り倒した時ぐらいよ。
神様のばかやろーっ。いじわるっ。
なんだか投げやりな気分になって、目が潤んできた。
どうせ負けるなら棄権しちゃおうか? こんなことしたって意味ないもん。
そして結局あたしは、奴隷身分のままで、いつかはバカだんなに見つかって・・・
「シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人! 私がお相手いたそう!」
・・・え? この声・・・?
「ご婦人とはいえ、勝負は勝負! 手加減はいたしませんぞ!」
・・・・・・。
「さあ剣を構えられよ! 男爵夫人!」
あたしは目と口をポカンと開けて、向かい合って立ってる相手を見つめた。
ば・・・・・。
・・・・・・バカだんなあぁぁーーー!!?
間違いようもない、確かにバカだんなだ! なにしてんのあんた! こんなとこで!
あ、そうか、あの一家も一応貴族だったっけ。
そうは思えないほど俗物な一家だったから、すっかり失念してた。
・・・やばい!!
とっさに両手で剣を持ち上げ、顔の前にかざして隠れた。
・・・って、全然隠れてないってー!!
だらだらと額と背中に冷や汗が伝った。やばいやばい! 間違いなくバレる!
まさかの速攻ご対面! あたしたち、どこまで悪縁が深いの!? もう濃すぎでしょ!?
あたしはもう、完璧にワナにかかったウサギの心境だった。
全身から血の気と生きる意志が失われていく。
全身全霊で逃げたい、助かりたいと願うけど、どうにもならない。
ワナの中で絶望を噛みしめながら、狩人の姿を見上げてる。
ギュッと閉じられた目に涙が滲んだ。悔しくて悲しくて、唇が震える。
あぁ、終わった・・・。
頑張ってみたけど、やっぱりだめだった。
あたしの人生はここで終わりを告げる・・・
「さあ、男爵夫人!」
・・・・・・。
「さあさあ、シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人! さあ!!」
・・・・・・・。
・・・?
あたしは、そっと片目を開けた。
バカだんなは周囲の観客を十分に意識しながら、カッコつけて声を張り上げてる。
おい、ひょっとして、こいつ・・・
全然あたしのこと、気付いて・・・ない・・・?




