7
得意満面なその様子から見て、本当に全く気が付いてないみたい。
気付いてない、よね? ないよね?
うん。ないわこりゃ。
・・・・・・良かったー! 助かったーー!
あたしは一息ついて胸をなで下ろす。ハァッと肩から力が抜けた。
生きた心地がしなかったよ。
バカだんながバカでいてくれて、本当にどうもありがとう! って感じだ。
元々、女の内面というものに対して、ぜんっぜん関心のない人だったからなぁ。
見るのは胸の谷間くらいのもんだったし。
この見かけや、男爵夫人の偽名に完全に騙されてるのねぇ。
そう考えながらつくづくと、バカだんなの顔を眺めた。
すっかりもう勝った気でいる。軍人や貴族じゃなくて、女と当ったのが相当嬉しいんだろう。
とにかく臆病な男だから、ケガを恐れて今まで剣に触りもしなかったくらいだもん。
よく参加したもんだわね。きっと奥様に背中どつかれたんだろうなぁ。
あたしの人生初の決闘の相手が、諸悪のバカだんなかぁ。これも因縁ね。
この、ろくに剣も扱えない弱虫な、しかもこの前あたしがこの手で・・・
・・・・・・・・・
この手で、殴り倒して・・・
思い切りブチ倒して、完勝した相手・・・・・・?
・・・・・・
・・・・・・
よ・・・・・・
よおっしゃあああーーーーー!!!
勝てるぅぅぅーーーーーーー!!!
全身に、輝く希望の力と激烈に燃え上がる戦闘意欲が湧いてきたあーー!!
「では・・・始めっ!」
立会人役の王子が、サッと右腕を高々と上げた。
貴族たちの興味本位丸出しの目が輝き、食い入るように見つめている。
バカだんなが自己陶酔しながらフフンッと鼻から息を漏らした。
「いざ、まいりますぞ。覚悟なされよ男爵夫・・・」
「どぉりゃあああぁぁーーーーーっ!!」
あたしは即座に短剣を放り投げた。
勇ましい掛け声と共にドレスの裾をヒザまでたくし上げ、バカだんな目掛けてドドドッと突っ走る。
え? という表情で動きを止めるバカだんな。
先手必勝! 速攻ーーー!
あっという間にふたりの距離が詰まった。
右拳を思い切り引いた態勢で、飛び込むようにして大きく左足を一歩踏み込む。
胸と肩の筋肉が収縮してパワーが拳に集中した。
キョトンとした顔は、いま、目前。
その両の瞳に、形相を変えたあたしの顔が映り込む。
(なにもかも、なにもかも・・・なにもかもなにもかも、全部全部・・・)
怒りと恨みの、黄金の右が唸りを上げる。
全身のバネを使い体重を乗せた渾身の拳が振り下ろされる。
クキリと音が聞こえそうなほど反った腰が、反動をつけてブウンと回された。
うおおぉぉぉーーーっ・・・!
「全っ部あんたのせいよーーーっ!!!」
―― ドッゴォォォ・・・ッ!!
クリーンヒットを受けた顔面が醜く歪んだ。
・・・・・・決まった! 会心の一撃!
バカだんなの体が、小気味良い音を立てて勢いよく床に倒れ込んだ。
白目を剥き、引っくり返った体はそのままピクリとも動かない。どうやらまた気を失ったらしい。
室内は静まり返っている。
貴族たちは全員、唖然茫然。
王様も、王子も、姫も、目を丸くして身動きもできない。
全員が息をするのも忘れた様子で、この意外性に満ちた結末を見守っている。
ポカンと口を開いていた王子が、ハッと我に返った。
そしてようやく、音程のズレた声を張り上げる。
「し・・・勝者! シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人!!」
・・・っしゃあああーーーー!!
あたしはグイッと右腕を力強く天に向けて掲げた。
最っ高にサッッパリしたあぁぁーー!!
―― パチ・・・パチ・・・
しんとした室内に、小さな拍手が響いた。
―― パチパチ、パチ・・・
最初の音につられるように、拍手は室内のあちこちから響き始める。
やがて、我に返った貴族たち全員が歓喜して手を打ち鳴らし出した。あっという間に怒涛の拍手と歓声の渦になる。
「お見事! シーロッタ・ヌゥーキー男爵夫人!」
「素晴らしい勝利ですわ!」
「あなたこそが下賜をたまわるに相応しい! 文句のつけようがない!」
「まったくその通り!」
王様が満足そうな顔で、貴族たちの声に何度もうなづいている。
あたしは、キョロキョロとその状況を見回した。下賜にふさわしい? あたしが?
ひょっとして・・・権利勝ち取っちゃった? この一回の勝利で、オールクリア?
あたしの快挙を称える歓声の中、信じられない気持ちで頬に手を当て、うろたえる。
ほ、ほんとに? 本当にあたしが手に入れたの?
下賜を受ける権利はあたしのもの? この盛り上がりを信じていいの?
「男爵夫人よ、ここへ」
ぼーっとしていると声をかけられた。見ると王様があたしに向け、手を伸ばしている。
国王が、確かにあたしを見ている・・・。
本当だ。夢じゃない。本当にあたしが手に入れたんだ。
奴隷身分から解放される権利を・・・。
呼ばれるままに、ふわつく頭と足取りで前に進む。
夢見心地で国王の御前にひざまずいた。そして頭を深く下げる。
王様の堂々とした声が聞こえてきた。
「余の良き忠臣である男爵夫人よ。そなたを称え、下賜を与えるものとする」
間違いなく、その言葉があたしの耳にしっかり届いた。
じわじわと実感と喜びが湧いてくる。
やった・・・ついに、ついに・・・・・・
「さあ何なりと申してみよ。そなたの真の望みを」
・・・・・・!
その王の言葉があたしの胸を突き、表情を強張らせた。
あたしは息を詰まらせ、耳に聞こえたその言葉を心の中で反復する。
あたしの・・・真の願い・・・?




