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Act.10:ネコがオトコになる方法 その2

 窓から差し込む微かな光に、ルーチェはゆっくりと目を開けた。

 手に当たるふわりと柔らかな感触に視線を落とすと、昨夜ルーチェを“抱っこ”していたジュストはネコの姿に戻っていて、ルーチェの胸にしっかりと抱きついている。

 ルーチェは起き上がって、そっとジュストの身体をはがして布団を掛けてあげた。

 ――「僕、ルーチェが女の子だって、ちゃんとわかるよ?」

 その言葉はどういう意味だったのだろう。

 ただ単純に、ジュストとルーチェの性別の違いがわかるということ?

 それとも本当に、ルーチェを“オンナ”として――

 ルーチェはそこで首を横に振った。

 やめよう。考えたらいけない気がする。

 ふと、いつのまにか手の甲に書かれたいびつな彼の名前に気がつく。彼の無邪気さにチクリと胸が痛んだ。

 恋をしたことはないかもしれないけれど、ルーチェにだってわかる。ジュストの“好き”は恋じゃない。

 例えば、母親や姉に対しての感情。

 ルーチェが小さい頃、父親の知り合いであるディーノに対して抱いていたのに似た気持ちだ。一緒に遊んでくれるお兄ちゃんが好きだった。

 わかっている。ただ、綺麗な琥珀色の瞳に見つめられて……見た目と中身の年齢差を一瞬忘れてしまいそうになっただけだ――


***


 研修は今日も順調に終わり、ルーチェは掃除を終えてリビングへと上がってきた。

 珍しくジュストがいない。その代わり何やらキッチンが騒がしく、ルーチェが奥へ行ってみると……

「これ、食べるの? 海で泳いでたのに似てるけど……」

 ジュストが魚の尻尾を摘んで、それを観察している。

 着ているピンクの花柄エプロンは、ルーチェが手伝いをするときのものだ。

「そうよ。それを焼いて食べるの。今までもこれを食べていたのよ?」

「へぇ……」

 ジュストは感心した様子で言い、まな板に魚を横たえた。

「おい、ブリジッタ。玉ねぎはどこまで剥けばいいんだ?」

「え!? ちょっと、グラート……冗談でしょう?」

 そんなやりとりを聞き、ルーチェがグラートの手元を見ると、可哀相な玉ねぎはすでに一欠片だけになっていた。グラート曰く剥かれた皮は、まな板の上に綺麗に円筒を作っている。

 それを見たブリジッタはバンッとグラートの背中を叩いて出口へ押しやった。

「もう、貴方はリビングで待っていてください!」

「お、おい……」

 そうしてオレンジのチェック柄のエプロンを身につけた大柄の男は、あえなくお役御免となり、ルーチェは憐れみの目で父を見た。

「お父さん、さすがにアレはないよ……」

 ルーチェに追撃を受けたグラートは、ガックリと肩を落としてリビングへ戻っていく。

 結局、その日の夕食は、ジュストとブリジッタの合作となった。ちょっぴり焦げた白身魚のムニエルと変な形のパンに、ドカッと豪快な大きさのじゃがいもやにんじんが入った野菜スープ。

 最後のお皿をテーブルに置いたジュストは、ニッと笑ってルーチェを見た。

「見てよ、ルーチェ! 僕、ご飯が作れるようになったんだよ!」

「へぇ、ジュスト、すごいじゃない」

 ルーチェが答える前に、アリーチェが驚いた顔をして席につく。

 まぁ……初めてにしてはよくできているのだろう。ブリジッタが手伝っていたし、味も問題ないと思われる。

「ふふっ、今日は洗濯や掃除も手伝ってくれたのよね? ジュストくんはいいお婿さんになるわよ」

「本当!? 僕、ルーチェの婿になれる?」

 ブリジッタが褒めると、ジュストは鼻歌を歌いつつ席についた。

「ルーチェ、食べてみて。あーんする?」

「しないわよ……ていうか、なんで料理?」

 “あーん”をどこで覚えたのかは大体予想がつくので聞かないことにする。リビングのテーブルにブリジッタの雑誌の最新号が置きっぱなしだったからだ。

「僕、婿修行始めたの」

「そうなのよ。ジュストくん、勉強も一生懸命頑張っているし、家事も初めてなのにとっても上手だったのよ。背も高くてカッコイイし、こんな良いオトコはそういないわ。ね、ルーチェ?」

 何が「ね?」なのだろうか……

 ルーチェはパンを千切りながら眉を顰めてブリジッタを見た。ちなみにグラートは未だに先ほどのダメージが大きくて1人落ち込んでいる――結構、繊細なのだ。

 ブリジッタはルーチェの非難に気づかない様子で、ニコニコしながらムニエルを口に入れた。

「ジュストはお姉ちゃんのこと大好きなんだね」

 アリーチェもニヤニヤしながらルーチェに視線を向けてくる。

 ルーチェはため息をついてパンを頬張った。

「ルーチェ? おいしくないの?」

「……別に、普通」

 ルーチェの冴えない表情に、ジュストは首を傾げてルーチェの頬に手を伸ばした。

「普通? あんまりおいしくないってこと? ルーチェ、お腹痛いの? いつももっと楽しそうに食べるのに――」

 パシッ

 ジュストの指先が触れて、ルーチェは思わず彼の手を払いのけた。ジュストの叩かれた手は宙に浮いたまま。

 ジュストは顔を歪めてルーチェを見つめている。

「ルーチェ」

「お姉ちゃん」

 ブリジッタとアリーチェが厳しく固い声を出したけれど、ルーチェはそれどころではなくて……

「――っ、ごちそうさま!」

 まだ半分も食べていない夕食を残し、ルーチェは頬を押さえて駆け足で自分の部屋へ戻った。

 頬が熱い。ちょっと、本当にちょっと……指先が一瞬触れただけだったのに。

 ルーチェは閉めたドアにもたれかかって、ずるずると座り込んだ。

 ドキドキとうるさい心臓に手を当ててギュッと服を掴む。

 ……違う。

 違う。

「違っ……」

 手を叩いた後のジュストの表情が、昨夜ルーチェの頬に触れたときと同じだったから。

 だから、ちょっと戸惑っただけ。

 ジュストはこれからもっと人間らしくなって、外の世界へ出て行くためには婿修行とやらも必要なのだ。それは、ルーチェのためではなく、彼が生活していくための知識を身につけるためのもの。ルーチェと離れるための修行。

 今は理由がルーチェだけれど、そんなものはキッカケとして……ジュストのためになっているのだからそれでいい。

 そう、自分自身に言い聞かせて、ルーチェは呼吸を整えた。

 ああ、もう。ダメなのはルーチェの方だ。

 どうしてもっと冷静に対応できないのだろう。ジュストは何事もなかったようにいつもの調子なのに――

 すると、ルーチェの背中がドアと共に何度か揺れてコンコンと音がした。

「ルーチェ」

 やっとノックを覚えた……と、無理矢理に思考を落ち着かせる。

 ルーチェはフッと息を吐き出して立ち上がり、ドアを開けた。

「何?」

「おいしくなかったの?」

 ジュストはシュンとしてルーチェの目の前に立っている。背はルーチェよりも高いのに、なんだか小さく見えるその姿。

「別に、普通だったってば」

「普通はどっち? おいしい? おいしくない?」

 どうしても白黒ハッキリさせたいらしいジュストは、焦った様子で問う。

 ジュストはまだグレーという色を知らない。

 だから、ルーチェのことも好きになる。嫌いじゃないから好き。ただそれだけのこと。

 好きの種類がLikeとLoveでは違うことを知らない。それだけなのに。

「ルー、チェ……?」

 ジュストが珍しく困惑したような表情になった。

「泣かないで……」

「え……?」

 ルーチェはそう言われて自分の頬に触れた。すると、濡れた道筋がいくつかできているのを感じて……自分が泣いていたことに気づく。

「やっぱり、おいしくなかったんだ……ごめんね?」

 ジュストの手がルーチェの頬に触れて、優しく涙を拭ってくれた。もう一方の手はルーチェの頭を撫でてくれる。

 その仕草が、やっぱり昨夜のジュストと重なって、苦しい。

 どうしてなのだろう……?

 どうしてこんなに苦しいのだろう?

 こんなことは初めてで、でも、どうしても涙が止まらない。

「ごめんね。僕、もっと練習するから」

「違っ――」

 昨日から……そればかり。

 一体何が違うというのか。

 ジュストの料理が本当はおいしかったこと、ルーチェのために作ってくれたことが嬉しかったこと……素直に言えばいい。それだけなのに、出てくるのは違うという言葉ばかり。

「僕、明日はルーチェの好きなグラタン作るから、だから泣かないで」

 ジュストはそう言って、ルーチェの涙が止まるまで頭を撫でてくれた。


***


 次の日のお昼には、ジュストの宣言通りグラタンが振舞われた。

「ルーチェ、おいしい?」

「ん……」

 微かに頷くと、ジュストはふふっと笑ってルーチェのグラタン皿を敷台ごと引き寄せた。そして、スプーンで大きな海老をすくってルーチェの口元に差し出す。

「な、何……?」

 ルーチェが驚いて顔を上げるとジュストがクスッと笑う。なんだか笑い方が以前図書館で会ったユベール王子に似てきた気がする。

「あーん」

「し、しないよ!」

 ルーチェは恥ずかしくなってパッと顔を逸らした。

「あら、いいじゃないの。グラートも若い頃はしてくれたのに、今は全然よね」

 ブリジッタが大きくため息をつき、グラートは耳を赤くしてわざとらしく咳払いをした。

 そりゃあ、若い恋人ならするかもしれないがさすがに今は……目の前で両親が“あーん”なんてしているところを見るのはルーチェも恥ずかしい。やってもいいが、2人きりのときにして欲しい。

「ルーチェ、冷めちゃうよ。早く、あーんして」

「しないってば! スプーン返して」

 スプーンを取り返そうと手を伸ばしても、ジュストはそれをひょいっとかわしてしまう。

「ダメ。婿は、嫁にあーんしたららぶらぶだって」

「……私、まだジュストの嫁じゃないよ」

 ルーチェが眉を顰めると、ブリジッタがプッと噴き出した。

「“まだ”でも、将来なるんだからいいんじゃないの? 今は恋人期間だもの。ねぇ、ジュストくん?」

「そ、そういう意味でまだって言ったんじゃないよ!」

 この母親は!

 ジュストとブリジッタは「ね?」と意気投合している。いつのまにこんなに仲良くなったのだ?

「お父さん、何とか言ってよ!」

「なんとか?」

 それまで黙々とグラタンを食べていたグラートが顔を上げて真面目な顔で言うものだから、ルーチェは思いきり睨みつけてやった。

 すると、グラートはまた咳払いをして「俺はジュストなら許す」とこれまた真面目に言う。

 どうやらいつのまにか家族公認となってしまったらしいジュストとルーチェ。

 しかし、よく考えて欲しい。

 ジュストはバラルディ家にやってきて、ネコとしては1年になるが、オトコとしては数ヶ月のはず。どうしてこうすんなりと両親に――しかも娘を持つ父親にまで――気に入られているのだろう?

 確かに、ジュストは純粋でいい子だ。だが、それはジュストが外の世界を知らないだけであって、ルーチェは彼の本質は小悪魔だと思っている。そういう素質がある……オロと過ごしてきたルーチェにはわかる!

 更に言えば、世間的には死んだことになっていて身分は元王子。しかもまだ完全に人間に戻れるかどうかもわからない、半ネコ人間なのだ。

 ……と。

 そこで、ルーチェはハタと気づいてジュストを見た。

 今日は朝食のときから人間の姿だったはず。昼休み前に部屋に戻ったときはルーチェの机に置いてある薬は減っていなかった。

「ねぇ、ジュスト。今日……薬、ひとつしか飲んでないよね?」

 ルーチェの数え間違いだろうか。

「うん。ルーチェがいっぱい飲んじゃダメって言うから、僕、ご飯のときしか飲んでない。お昼のはルーチェがグラタン食べたら飲むの。ほら、早くあーん」

 薬の効果時間は調合ごとに多少前後するけれど、平均して2~3時間だったはずだ。だが、朝食を食べたのは7時半で、今はもう13時前。

「な――むぐっ!?」

 驚いて口を開けてしまったルーチェにすかさずスプーンを突っ込んできたのは、もちろんジュスト。

 ルーチェはむせて涙目になりながら海老を飲み込んだ。

「けほっ……ちょっと、危ないでしょ」

 ずっと待っていたために冷めていたのが救いだった。これで熱かったら舌を火傷したに違いない。

「だって、ルーチェがやっとあーんしたから」

 “あーん”ではなく“ポカーン”だった……

「もう……それより、薬だよ。飲んでるのは同じやつだよね?」

「ルーチェしか薬は作れないよ」

 そう、そのはずだ。ルーチェしか、ジュストの薬を作るものはいない。ジュストには外部から薬をもらう伝だってない。

 でも、それならなぜ5時間近く人間の姿を保つことができているのだろうか。

「あら、ここのところずっとそうだったじゃない。今回の調合はうまく行ったんじゃないの?」

 ブリジッタは今頃気づいたのか、とでも言いたげな顔。その横でグラートもうんうん、と頷いている。

 そう……だったのだろうか。

 調合は今までと変わらない方法で行ったはずだった。1回で2~3時間、1日3回まで服用ならば最大で9時間だ。食事と少しの勉強時間には十分だと思っていたから改良はやめたのだ。

 だとしたら、知らないうちに何か……たとえば、室内の温度や湿度が良かったとか。だが、調合室は常にある程度の部屋の状態を保っている。

 材料も変えていないし、器材だって同じだ。

 原因がよくわからない。

「ほら、ルーチェ。ボーっとしてないでサッサと食べなさい。もう午後の受付の準備しないと」

「あ、うん……」

 ブリジッタに促され、ルーチェはグラタンに意識を引き戻した。

 結局、最後までジュストにグラタンを食べさせてもらい、ルーチェは午後の研修に戻った。


***


 ――それから、中間試験が近づくにつれてルーチェは忙しくなっていった。

 やはり良い成績を取りたいのはルーチェだって他の研修生と同じ。

 いつも通りの研修に加え、1番出来の悪いトラッタメントの鍛錬の時間を増やし、今までは復習程度だった勉強も新しい問題集を買って毎日取り組むようになった。

 薬の調合ももちろん欠かさない。1度にたくさん作って作業回数を減らすようにしているが、最近は風邪が流行っていてストックはなかなか増えないのが残念なところだ。

 あれから1度、ジュストの薬の調合もしたが出来上がりも特に変わったようには見えない。それなのに、相変わらず効果は長いようだ。

 サッパリ理解できないまま、だが、じっくり考える余裕もないままに日は過ぎていく。

 一方、ジュストも順調に勉強を進めているようだし、婿修行にも一層励んでいる。

 今まではルーチェにベッタリだったけれど、最近では昼間にジュストとルーチェが一緒に過ごすことが減った。

 相変わらず、ルーチェの腕に名前を書くことだけは忘れていないが……

 どうも、ルーチェが起きる前に婿修行を始めるジュストが朝一番にする修行(?)が印を残すことらしい。

 夜も、ジュストは遅くなるルーチェを待っているようだけれど、結局ルーチェが眠る時間にはネコの姿でベッドに丸まっていてすやすやと寝息を立てている。

 こうやって、少しずつジュストはルーチェ離れするのだ。

 そう思うと寂しいけれど、それが自然なこと――

 その日の夜も、ルーチェがトラッタメントの鍛錬を終えて部屋に戻るとジュストがベッドにもぐりこんでいた。

 いつもと違うのは……

「な、なんで……?」

 ジュストが人間の姿だということ。

 穏やかに寝息を立てているオトコに、ルーチェの鼓動が速くなっていく。どうしたって、数週間前の出来事を思い出してしまう。

 ルーチェはくるりと背を向けて閉めたばかりのドアに手を掛けた。

「……ルーチェ?」

 掠れた声にビクッとして振り返ると、ジュストはうっすら目を開けてベッドに手をついた。

 気だるそうに起き上がるその姿にドキッとする。

 ジュストのくせに無駄に色気を振りまくな、と言ってやりたい。

「ごめ、ん。起こしちゃった?……あの、私、明日の準備、しなきゃ」

 うまく笑えているだろうか。この心臓の暴走を、隠せているだろうか。

「明日……明日から、ルーチェに会えない……」

 ジュストはルーチェに真っ直ぐに視線を向けた。琥珀色の瞳に映る感情は、何なのだろう。ルーチェには……よくわからない。

 ルーチェは2日後の中間試験のために明日から城下町へ行くことになっている。

 中間試験はクラドール協会本部で2日間に分けて行われ、ルーチェのように遠くの町から受験に来るものには宿も用意されるのだ。

 2日目の試験は筆記試験で午前中には終わるため、その後帰ってくることになるが、3日ほど家を空けることになる。

「す、すぐに戻ってくるし……もう遅いから――」

「ルーチェ」

 また、だ……

 ジュストの声が、いつもより少しだけ低くなって真剣な眼差しが痛い。

「僕、料理いっぱいできるようになったよ?」

「そ……だね」

 ルーチェはジュストから視線を逸らして自分の爪先をじっと見つめた。

 どうしよう。

「洗濯もできるよ」

「う、ん……」

 どうしよう。

「マーレ語も、共通語も、全部読めるようになったよ。書けるようになったよ」

「す、すご、い……ね」

 どうしたらジュストはネコに戻ってくれるのだろう。このままではルーチェの心臓も持たないし、いろいろと危険な気がする。

「まだダメなの? 婿になれない? 他に何をすればいいの?」

 フッと、ルーチェに影がかかって……グッと力強く引き寄せられた。

「っ、やだ、ジュストっ」

 抱きしめられて、苦しくなる。

「僕はどうしたら婿になれるの?どうしたらルーチェと離れなくて良くなるの?」

「は、離れるって……たった3日じゃない」

 それも3日目には帰ってくる。

「僕、一緒に行っちゃダメ?」

「ダメだよ。私は試験を受けに行くんだよ……わがまま言わないで」

 ルーチェがジュストの背中を優しく叩いて宥めようとすると、ジュストはルーチェを引き剥がした。

「僕はネコじゃない!」

 そう強く言ったと思ったら、ルーチェの左手を掴んで自分の右手と重ねた。

 ルーチェより大きな手、綺麗な長い指。

「ちゃんと見て。僕の手、ルーチェと同じでしょ?」

 ジュストが人差し指と親指でルーチェの人差し指をスッとなぞった。ルーチェは指が痺れるような、熱くなるような、変な感覚になる。

「それとも、ネコに戻るのがダメなの? だったら、ずっと薬飲むから……ずっと人間になるから、早く僕を婿にしてよ」

 そのまま……

 ジュストはその場に座り込んで、手を掴まれているルーチェも引きずられて彼の足の間に膝をついてしまった。

 ジュストは泣きそうな顔でルーチェを見上げ、彼女の頬に手を当てて親指でなぞる。

「僕、まだ婿になれない? 婿修行は、まだいっぱいある? 全部やったら、婿にしてくれる?」

「ジュスト……」

 ジュストは寂しいだけだ。一緒にいる時間が減っていても顔を合わせない日はなかったから。

 だから、ルーチェに会えなくなるのが寂しいだけだ。

 それだけ。

 それだけ……これも、もう何度繰り返し唱えたことなのだろう。

「ルーチェ、僕は人間に戻りたい」

 ジュストはルーチェの胸に顔を埋めて、痛いくらいにルーチェを抱き締めた。

それは、ジュストの人間に戻れない苦しさを表しているみたいで、ルーチェの心を締め付けた。

「わかってる、よ……? 試験が終わったら、ジュストにかけられた呪文のことも、もっと調べられるから」

 でもきっと、ジュストの魔法が解けるときは……

「ルーチェ、好き」

 もう、同じ言葉は聞けないかもしれない。

「…………ジュスト」

 ルーチェの呟きは静かな部屋に溶けて、2人はジュストがネコに戻ってしまうまで抱き合っていた。

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