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回帰そして方法的懐疑

 ノーズダイヴした彼のZのケツがヌルヌルと右に逃げてゆく。

 ヤツのZが、必死にスライドをコントロールしているのを、俺は後ろから、まるで映像を見ているかのように穏やかな気持ちで楽しんでいた。こちらは、破綻の気配さえ見えない4輪のグリップとハイレベルなサスペンションの働きによって、250km/hオーバーのコーナーリング最中でもラインは自由自在だ。

「悪くねぇな。なかなかいいセンいってるよなぁ、あのヤロォ……」

と言って、公右衛門に問いかけるが応答が無い。

「ど、どうした! キミクン!」

 公右衛門は口を開けて居眠りしていた。

「ま、しょうがねぇか……」

 一日中、俺に引っぱり回され、メシも忘れてセッティングに明け暮れ、やっと腹に食いもんが入ったのだ。無理もねぇよ。そりゃ、寝るわな。300km/h級のバトル中でもさ。

 太平洋を左に眺めるバイパスを降り、港湾地区のコンビナートが近づくと、いよいよ一番の難所、かつて辛酸を舐めた例の右コーナー『リージェント大曲り』が襲いかかる。

「あの時は未熟だったが、今の俺とこのマシンなら何が起こっても対処出来るぜ!」

 未熟であった過去の己へのリベンジを果たすべく。俺は当然のように、ヤツのZをこのコーナーでパスすることこそがケジメだと、アウト目一杯に車体を振り、オーヴァーステアで突っ込むヤツのZのインを立ち上がりで差す為にクリッピングを奥にとった。

 突如として、先行するZの挙動が乱れる。

「な、なんだ! なんだ!?」

 先行するヤツのZはあらぬトコロでブレーキランプを光らせ、激しく巻き込みながらコントロールを失った。

「えっ! そこで? マジかよ!」

 トッ散らかったマシンが中央分離帯にヒットしたら大惨事だ。

 俺は躊躇無く反射的にラインを変えて加速した。

 激しく巻き込むヨーモーメントを幾らかでも修正するためにヤツのスピンのタイミングを瞬時に測り、ボディを接触させて強制的にベクトルを換える。ヤツの腕なら後はなんとかするだろう。つーか、しろ!

 減速傾向にあったとはいえ、ご大層な速度での接触だ。ぶつかった時の衝撃からいってコッチもアッチもただじゃすまねぇな。

「あ⁓ぁ、キミエモンおこるんだろぉなぁ……」


 我が家の駐車場に着き、俺はマシンの安否を確認する。

 驚いたことに、相当な手応えがあったにもかかわらず、夜明け前の暗がりで見る限りでは、歪みも大きな損傷も無いように感じられた。

 普段見る事も無いナンバープレートを、改めて確認してみる。


 ……シズオカ33、ぽ4649。……


 キミエモンは何もかもわかっていたのだろうか……


 もう少しで夜が明けるが、公右衛門に少しでも睡眠をとらせてやろうと、とりあえず布団を敷いてやる。

 物音に気付いて起きて来た妻、輝世に今日の出来事、殊に先刻の事を話すと、じっと俺の顔を見つめてきた。

「な、なんだよ、嘘じゃねーぜ。つーか、キミクンになんて言い訳したらいい?」

 女房は呆れたように溜息をつき、ゆっくりと、俺に告げる。

「いい? 真理と言えるモノ以外、この世の中の事象は全て不確定で常ならざるもの、あんたの経験則や、先入観、ましてや感覚などと言うものなど、信ずるに値するようなものでは無いの。あんたが、今日行ったと思っている事も、あんたの存在すら実は虚偽ではないとは言い切れないわ」

「え? えぇ? ママ、ちょ、何言ってんの、壊れちゃった?」

 俺の戯言など歯牙にもかけず輝世は賢者のように俺を諭す。

「それでもあんたの存在が虚偽ではないのは、あんたが何かに対し、考え、哲学し、思い巡らせながら透徹している、若しくはしようとしているからなのよ。要するに、あんた思う故にあんた有りなの。わかった?」

「え? あ、あんまり分かってねぇかも……」

「オッケー。じゃあもう寝な。こんな時は寝ちまうに限る。おやすみ」

 天啓のような言を降し、輝世は寝室に戻って行った。

「お、おやすみなさい……」


 窓の外はもう、薄紫色だった。











拙作に最後までお付き合い頂いた方々に感謝いたします。

またいつかお会い出来る日を楽しみに。

ありがとうございました。


いしかわ

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