開始
日曜日の正午。
スクランブル交差点の赤信号で立ち止まる雑踏の中で、わたしは駅ビルの大型ビジョンを眺めていた。
お昼の情報番組が始まり、今やその顔を見ない日が無いほど人気の女子アナ、ミコちゃんがホクホク顔で挨拶をしている。
『本日は全国的に快晴だそうです。わたし、快晴って聞くとお腹空いちゃうんですよね。だって、青空の下で食べると何でも美味しく感じません? なははっ!』
ミコちゃんは裏表の無い、明るく元気な性格で人気の女子アナだ。
でも、その輝きは今のわたしにとってはひどく眩しく、疎ましくさえ感じるものだった。
歩行者信号が青へと変わり、その目線をミコちゃんから前方へと向けた、そのときだった。
「お待たせしました。これより、毒ビンゴゲームを開始します!」
突如、どこからか聞こえてきた大きな声。
しかもそれは、あらゆるところから聞こえたような気もする。
歩きながら再び大型ビジョンに目をやると、どうやら音源の一つはそれのようだった。
画面は、つい先ほどまで映っていたスタジオから、晴れ渡った青空へと変わっている。
お天気コーナーか、それともどこかの中継先にでも変わったのだろうか。
雲一つ無い真っ青な画面に、黒い何かが現れた。
それは、お昼の番組には似つかわしくない格好の女性だった。
上半身のみ映し出されたその女性。
首元まで完全に覆うほど露出度の少ない、真っ黒なフリフリのドレスを着用している。
目元には、仮装パーティーで見かけそうな黒いバタフライマスク。顔のほぼ半分がそれで隠されている。
真っ黒い、真っ直ぐな髪が胸元まで伸びており、その毛先十センチほどだけは紫に染められていた。
一方で、露出された顔半分はまるで作り物のように白い。骨格以外の凹凸が存在しないかのようにも思える。
鼻筋と妖艶な口元、そんな見た目にピッタリな艶めかしい声からも、それが女性であることは容易に見て取れた。
それにしても、先ほど聞こえた台詞は何だったのだろうか。
たしか、毒ビンゴゲームとか言っていたようだが。
「突然過ぎて聞き取れなかった方、あるいは理解が追い付かなかった方もいることでしょう。ワタクシの半分は優しさで出来ておりますので、もう一度言って差し上げますわ。
――お待たせしました。これより、毒ビンゴゲームを始めます!」
いや、何度言われたところで何を言っているのかわからないのですが?
それと、あなたを構成する残り半分は鎮痛作用ですか?
交差点の対岸に到着すると、大型ビジョンを見て立ち止まった。
周囲の誰もの視線が、ビジョンと携帯電話の画面を何度も往復している。
そこには、歩みを進める者はただの一人もいなかった。
――携帯電話?
ポケットから取り出してみると、電源を押した覚えのないそれは、待ち受け画面ではない何かを表示していた。
それは、大型ビジョンに映るものと全く同じ画面だった。
「では、まず始めに。皆様にカードをお配りします」
その音声はビジョンからだけでなく、携帯電話からも聞こえてきた。しかも、おそらく他の人の、全ての携帯電話からも。
ビジョンの画面には依然として女性映し出されているが、携帯電話の画面には、ビンゴゲームでよく見るカードのような画像が表示された。
それは薄い青の背景に、縦五マス、横五マスの、よく見るタイプのものだった。
とはいえ、そこには数字が一つも書かれていない。
真ん中のマスにさえ何も書かれていなかった。
ビンゴゲームという言葉を聞いていなければ、ビンゴのカードと連想することも無かったかもしれない。
周囲を見ると、ほとんどの人がその手に携帯電話を持っているのだが、ごく一部の人は、何やら紙切れを手にしているようだった。
「お配りしたのは、皆様の携帯電話、PC、ゲーム機。それらは文字入力が可能な端末です。もしもそれらを所持あるいは携帯していない方には、紙製のカードをその手に転送いたしました。もちろん、鉛筆もセットで!」
――転送?
様々な電波を勝手に使用した、犯罪の臭いがプンプンする行為。だが、これらはやろうと決意すれば不可能では無いと考えられる。
問題は、人のその手に物を転送する技術の方だった。そんなものは聞いたことが無い。
だが現に、数名の手には紙と鉛筆が握られているのだ。
それとも、事前に配布されていたのだろうか? それにしては、誰もがそれを手に、明らかに驚いているようだが。
「皆様、一度は目にしたことがあるような、普通のカードですね。でも――おやおや? 数字が一つも書かれていませんね。
――そう、皆様にはこれから、真ん中以外のマスに『人の名前』を書いて貰います。それは自分の名前でも構いません。家族でも友人でも、見ず知らずの他人でも、実在する人なら誰でも構いません」
この音声はおそらく、全てのテレビ、ラジオ、あらゆる機器から聞こえてくるのではないだろうか。
でも、今この瞬間、何の機器も持たずにトイレに入っている人もいるのではないか。突然その手に紙と鉛筆が転送されて、その人はさぞや驚いていることだろう。
――まさか、音声もその人の耳に転送されているなんてことは……
「紙をお持ちの方は、早速、直筆での記名をお願いします。電子機器をお持ちの方は、試しに真ん中以外の一マスをタップ、クリック、あるいは選択してみて下さい」
言われたとおりに、一番左上のマスをタップしてみると、文字入力の画面に移った。
「記名出来るのは、当然ですが一マスにつき一人です。同じ人の名前を二つ以上書くことは出来ません。
では、皆様、ご記名をお願い致します! ……って言われても、『誰の名前を書いたら良いかわからないよぉ!』という方もいることでしょう」
それはそうだ。そもそも名前を書く意味がわからないし、ゲームへの参加を表明した覚えも無いのだ。
「それでは、皆様お待ちかね。ルール説明に移ります」