53話 束の間の平穏
シャロラインのすすめで、とりあえずシャワーを浴びることにしたスライプは、ボロボロになった服を脱いだ。
少し湿った長手袋や黒のインナーは、洗濯が大変なのでそのままごみ箱へ。帯や下袍もごみ箱へ投げ入れる。髪をほどき指で軽くすくと、血で固まり束状になった毛先にぶつかった。
スライプは風呂場の鏡に映る、再生し2本目となった腕と足を見た。傷跡だらけの左手や右足に比べ、復活した方の手足は傷がなくつるつるである。見た目の違和感はあるが動きに不安は無いので、本当に完璧な再生をしたのだとこの時初めてサラスティバルに感謝した。
より気持ちを落ち着かせたくて、お湯の温度をいつもより少し低めに設定する。
頭から浴び、皮膚にこびりついた血を洗い流し、髪についた血の塊を擦り落とした。
シャワーを終えると、シャロラインが用意していてくれたバスタオルで全身を拭き、新しい衣類一式に身を包む。
一見中華服にも見えるそれは、スライプ愛着の戦闘服であり普段着でもあった。
肩にバスタオルをかけ、髪を乾かしてからリビングへ戻る。シャロラインが食事を用意してくれたようで、葉野菜のサラダとしじみの吸い物、レバーとこんにゃくの煮物がテーブルに並んでいた。
「食欲無いかもしれないが……」
「ううん。ありがとう」
顔色を伺ってくるシャロラインに、にっこり微笑む。
また叩かれるかもしれないので、頭撫で撫ではぐっと我慢して椅子に座った。
箸でつつき食事を終えると、腹が満たされたからなのか、自宅に戻ってきた安心感からなのか、急に眠気が襲ってきた。
テーブルに肘をつきながらうとうとしていると、突然椅子が後ろに引かれ、ぐらつく体をシャロラインに抱えあげられた。
「こら。寝るなら自分の部屋で寝ろ」
軽く叱り、すたすたとスライプの部屋へ向かうシャロライン。
「おお……これが噂の『お姫様が抱っこ』……!」
シャロラインの行動に、スライプは謎の感動をしてしまった。
寝ぼけ眼で、自分を抱える逞しいお姫様を見上げる。
凛々しい横顔を眺めていると、ふいに視界がブレた。そして全身に感じるクッション感……ベッドへ投げ込まれてしまったらしい。
おやすみも言わず背を向ける妻を、上体を起こし見送る。
部屋を出ていく際にシャロラインが呟いた「頭も潰されれば良かったのに……」という台詞は、聞かなかった事にしておいた。
本当に色々あったが、今日という日をひとまず終わりにするため、スライプは着替えもせずそのまま眠りについた。
◇
翌日、静寂な朝は剣戟と爆音に塗り潰された。
というのも、シャロラインが玄関の戸を叩く音に気付き、開けた先にサラスティバルが立っていて、それを見かけたスライプが瞬時に襲いかかったのが始まりである。
スライプが振り抜いた一閃がきっかけとなり、庭先で戦闘が始まる。サラスティバルは、槍を持つ男に急襲されるも焦りも慌てもせず、魔法で淡々と銀の一閃を弾き返していた。
なかなか通らない攻撃に歯噛みしたスライプは、後方に待避し1度距離を取った。
スライプの攻撃を防ぎきったサラスティバルは、魔杖の一振りで、無数の氷弾を散弾銃のように放つ。
氷弾は身を翻す事で避けれたが、弾数が多くかわしきれなかった分は意地と気合いで撃ち落とした。
かわした分の数発が、背後のスライプ宅へ直撃した。
「あっ! てめぇ家に当てんなよっ!」
家の壁に氷の礫が当たり、怒鳴るスライプ。
壁には拳大ほどの丸い穴がいくつか開いていた。
「お前が大人しく的になってれば家には当たらんよ。ほら、走った走った!」
スライプの頭上で雷鳴が轟く。サラスティバルが広範囲雷撃魔法を発動させたのだ。
運が悪ければ即死の魔法を平然と持ち出してくるあたり、軍人時代の訓練と何ら大差が無かった。
「……っ! 殺す気か……っ!」
上を見上げ、憎々しげに呟くスライプ。そんな彼を、魔女は鼻で笑う。
「死にたくなければ死ぬ気で逃げな!」
轟音と共に、稲妻が地面に落ちる。電流が地面を伝い、スライプの足に痺れがやってきた。一瞬硬直した体を無理矢理動かし、次々降ってくる雷撃を走り避けていく。
「づっ……っ、この……っ!」
たまに地面を這い足元まで来る電流は、結界破り魔法を施した槍で突き刺し破壊しながら回避していく。
軍人時代には見せなかった芸当に、サラスティバルも舌を巻いた。
轟音と閃光が絶えず繰り返され、庭は荒れ土埃が舞う。
しばらくすると、サラスティバルの攻撃が止んだ。
止まった攻撃を不審に思いながら、荒い呼吸を繰り返しスライプは身構える。サラスティバルに攻撃動作は見られず、魔力の枯渇という訳でも無さそうである。
老婆は顎に手を添え、考える素振りを見せていた。
「ふむ。その調子なら大丈夫だろう。……時にスライプ。メルザの攻撃を2度も受けてるんだ。その正体には気付いているだろう?」
サラスティバルの問いに、スライプは槍の構えを解き頷いた。
「ああ。……あいつの攻撃手段は『結界』だ。しかもかなり速度が早い」
スライプは舌打ちをした。今思い出しても、悔しさで気が狂いそうになる。
1撃目は仕方ないとして、2撃目は完全に結界破りの魔法が間に合わなかったのだ。スライプの答えに、サラスティバルは皺だらけの顔でニッと笑う。
「正解。メルザの攻撃は結界……私が教えた『圧縮結界』というものだ」
文字通り対象物を結界で囲み、押し潰すという魔法である。教授した、という台詞にスライプは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……それにもお前が1枚噛んでいるのか」
「お前より素直で教えがいのある生徒だったよ。彼女は」
サラスティバルは咳払いをした。
「お前が結界破り……すなわち『破壊』に特化してるように、メルザは結界形成……『束縛』に特化してるんだ。とにかく結界を張る速度が早いから、一瞬でも立ち止まればたちまち粉々だぞ」
メルザがテラバスに執着する理由の1つに、束縛という彼女の性質もあるのだろう。
よって、同じ束縛の性質を持つ結界魔法と相性がよく、あの異常な速度を生み出せるのだという。
「さて、ここからが本番だ。万物には利点と欠点がある。メルザの結界の利点は『速度』だ。じゃあ欠点は?」
「……『範囲』とかか?」
今回スライプが潰された部位は腕と足という、比較的狭い範囲であった。ならば広範囲の圧縮結界は張れないのではないかと推測した。
スライプの答えに、サラスティバルは腕をクロスさせ胸の前でバッテン印を作った。
「ブブーッ! はいこれでお前は2度死んだ。残念ながらテラバスは助けられず仕舞いとなる。……範囲は特に関係ない。その気になればお前の全体を覆ってプレスが可能だ」
バーカ! と子供のような悪口を言いながら笑うサラスティバル。老婆はすぐにでも飛びかかってきそうなスライプを無視し、話を続けた。
「正解は『力』だ。メルザの結界を圧縮する力は精々人体を破壊する程度のもの。アンドロイドのような頑丈な鉄の塊は潰せない。よって、そちらのお嬢さんがメルザの相手をすれば確実に勝てる。……が、お前はそれじゃ納得しないんだろう?」
「当然だ。メルザは僕がやる」
即答だった。
最善がそうだったとしても、それだけは譲れない。
分かりきっていた答えとはいえ、適材適所を考えないスライプにため息をついたサラスティバルは、ふとシャロラインへ視線を向けた。
「こんな奴が旦那だと色々苦労するだろう……」
老婆が見せる憐れむような表情に、そんな事無いよね!? と迫るスライプ。シャロラインはついクスっと笑い……。
「ええ。本当に困った旦那でして……」
「シャロはどっちの味方なの!?」
朗らかに、言葉で夫を軽く突き放した。
◇
「さて、やることやったしそろそろ帰るよ。……いいか、くれぐれもあいつの前で立ち止まるな。ルーレンの報告ではテラバスの出荷はまだ先のようだから、これらの情報を踏まえて作戦会議でもやってるといい。それじゃまた来るよ」
そう言って銀髪を揺らし、背を向けるサラスティバル。
スライプは2度と来んなクソババア! と反射的に言いかけたが、色々と協力してくれるし、何より老婆の転移魔法は8番街まで一気に移動する足でもある。
スライプは立ち去る背中を睨むだけに止めた。
「……スライプ?」
ふいに背後から名前を呼ばれ振り返ると、スライプは青ざめビクッと体を震わせた。
シャロラインは気の強そうな瞳をさらに吊り上げて、顔をひきつらせる夫を凝視していた。
「シャ、シャロ……おこっ……てる?」
「当然だっ! 今回は穴程度で済んだが家が壊れたらどうするんだ! 修理費がまた嵩むんだぞ!」
荒れた庭に穴が開いた家の壁。
シャロラインは、場所を考えずに戦い始めた事についてとてもご立腹であった。
声を荒げる妻からガミガミと怒られてしまうスライプ。
「ごめんっ、ごめんってば~!」
1人自宅内へ戻るシャロラインの後を追い、両手を合わせながら必死に謝罪を繰り返すスライプ。
すっかり戦闘モードが解けてしまい、優しい柔和な青年に戻ってしまったスライプは、弱々しく妻の怒りを宥めるしかなかった。




