50話 執念と狂気と偏愛
まだちょっと暗いです
この女はもう、姉ではない。
自分が知っているお姉ちゃんは、他者を痛めつけるような事はしない。言う事を聞かない子供の頭にげんこつする事はあっても、手足を壊し瀕死に追い込むようなことなど、絶対にしない。
ずっと前に夢で見た、誰からも慕われ親からは与えられなかった無償の愛を与えてくれた、年上の女の子。
自分の手を引いてくれた優しいお姉ちゃんは、もうどこにもいないのだ━━━━
「お前の目的は何だ」
テラバスはもう吹っ切れていた。なぜ最初から切り替えられなかったのだろうと自分でも疑問に思うほど、目が覚めたようなむしろ清々しい気持ちになっていた。
目の前の女は姉と騙る敵だ。一刻も早くここから出なければならない。
すっかり反抗的な目付きになったテラバスを、やや不快そうに見遣るメルザはため息をついた。
「テラバスはここの規則、覚えてる?」
問われた彼は頷いた。
16歳までに里親希望者がいなかった場合、強制的に追い出されてしまうのだ。大体の子供達は受け入れ先が見つかるのだが、希望者が現れない場合もある。
テラバスがまさにそうだった。
最後の年まで引き取り手が見つからず、このままでは施設外へ追い出されてしまうので、過酷だが衣食住が保障されている国軍へ志願する決意をしたのだ。
幸い幼馴染も一緒に志願してくれたし、技術者としての素質もあったようなので、自主的に退役するまで続ける事が出来た。
大人の人手不足を解消する方法として、女性限定だがメルザのように16歳を過ぎても孤児院に残るという特例もあった。
模範的な、予想通りの答えを聞いたメルザは満足そうに頷く。
「じゃあもう1つ。ここにいた子達、今どうなっていると思う?」
「……っ、そんなもの━━━━」
そんなもの、それぞれ引き取られて「新たな家族」として幸せに暮らしてるに決まってる━━━━。
しかしなぜか、その答えは言えなかった。口に出してしまえば何かが崩れるような、嫌な予感に襲われた。
結果的に黙りこんでしまい、テラバスの沈黙は無知ゆえと思ったメルザは冷たくため息をついた。
「家族なのに薄情ね。私は答えられるわ」
メルザはテラバスの前髪を掴み、俯きがちだった顔を無理矢理自身へ向けさせた。
「私が全員奴隷にしたの」
冷酷に言い放たれた真実。言葉を失い顔をひきつらせる彼の表情に、メルザはこれまた満足そうに微笑んだ。
「……昔話するわね。これは貴方が孤児院から出ていって、しばらくたったあとの事だった」
孤児院に賊が押し入った。最初は金品目的の強盗かと思ったが、貧しい施設に金目の物は無い。それに、賊は施設をあまり荒らす事なく子供達をさらっていく。
子供達の必死の抵抗虚しく、次々と荷台へ詰め込まれていく家族達。ただの強盗ではなく奴隷商人だったのだと、メルザは抱えられながら思った。
孤児院を管理していた大人達が子供達を売ったのだ。結果的に大人に2度も裏切られる事になった子供達に、さらなる苦しみが待っていた。
まず名前を変えられた。人としての尊厳を否定するように、アンドロイドにつける製造番号のように、記号と番号で呼ばれた。
次にそれぞれの健康状態を見て、体の弱い子は魔薬の実験体に、丈夫な子は様々な苦痛に耐えられるよう徹底的に虐め抜かれた。
「奴隷……? どうして、まだ奴隷なんてものがあるんだ!」
テラバスは信じられない! と首を横に振った。首枷の鎖がじゃらじゃらと音をたてた。
労働力ならアンドロイドがいる。そのおかげか、過酷労働を強いられる人間の「奴隷」は数を減らし、今は「人間奴隷」自体禁止されているはずである。
メルザは冷笑を浮かべた。
「アンドロイドに無く、人間にあるもの……。それは『肉』よ。貴方も大人、もう分かるでしょ?」
その顔の歪みに対し、テラバスは青ざめた。
「何を馬鹿な……っ。その相手ならアンドロイドもいるだろうがっ」
例をあげるならカルスがそれに近い。
愛らしい顔と従順な性格を持って製造された愛玩アンドロイド。夜伽の相手ならそういった機能を持つアンドロイドでも代用可能のはずである。
わざわざ禁止されている人間奴隷を用いる必要性が無い。
「そうね……1番は背徳感。生身の人間を抱き込んで苦しめる。金持ちの道楽よ」
そう言うと、彼女は頭を抱えた。表情は悲しそうで、顔色も心なしか悪い。
「私も被害者だった。若い女はよく働くからと一層痛めつけられた。私は……それに耐えきれなくなって……ついに……」
奴隷商人の仲間になる事を決めた。
商人達に懇願し取り入り、子供達の奴隷化に手を貸した。
「私は家族に酷い事をしたわ。思い出すのも、口に出すのも嫌になるほど……。姉だった私からの暴力に絶望するあの子達の顔は、今でも忘れられない……。あれほど愛していた、何よりも大切だった子達を、奴隷として色んな場所へ送り出した」
メルザは苦しい生活から逃れたい一心で、奴隷商人の1人として家族の奴隷化を助長させていった。
「それを繰り返すうちに、私は思い出した。そうだ、まだ1人弟がいた! と。16歳になり孤児院を追い出されてしまった、家族と離ればなれになってしまったあの子がいると」
その子が1人奴隷化を逃れ、1人寂しく幸せに暮らしているのだと考えると、急に羨望と憎悪がメルザの胸に巻き起こった。
━━━━許せない、許せない。待ってて、今探しだして、同じ絶望の底に叩き込んであげるから━━━━!
そうして執念で探し出した彼の姿は、メルザの予想を上回っていた。
程よい筋肉がついた高い背丈と、朗らかに笑う顔立ちのよい青年。
幼い頃の記憶など、あてにならないほど素晴らしい成長を遂げていた。自由に伸び伸びと、周囲に愛され支えられて生きてきたのだろうと見て分かる。
その懐かしさと眩しさで、言葉が出なかった。メルザは胸が潰れそうだった。あの時の襲撃が無ければ、自分ももしかしたらあのような生き方が出来たかもしれないのだ。
それと同時に、憎しみや苦しみとは違う感情が芽生えた。心を揺さぶる衝動。メルザは一目で、その彼に恋をしたのだ。
なおさら許せなくなった。自分の事を忘れて生きている彼がたまらなく憎く、愛おしいと思った。
━━━━そしていよいよ、苦痛と羨望をその彼へ晴らす時が訪れた。
メルザは1度頬を撫でると、再び乱暴に前髪を掴み顔をあげさせた。髪の毛を引っ張られ、テラバスは痛みで顔をしかめた。
そして━━━━
「貴方は顔も体格もいい! 暴力に耐えられる体力もある! あとは私がちゃんと躾れば間違いなく高く売れるわ!」
悪魔じみた表情で目を剥き言い迫った。
23歳という奴隷にするには高い年齢がネックだが、それなりに教えこめば高級品として出荷が可能だとメルザは見ていた。
大きな傷も無く健康体であるなら、さらに値は高くなるだろう。テラバスの頬の傷を治したのもこのためである。
もう隠そうともしない狂気を、テラバスは歯噛みしながら受け止めた。
「お前の目的はこれか……っ」
「ええ。また家族と一緒にいられるの。素晴らしいでしょう」
メルザは恍惚とした表情で告げ、テラバスはその言葉の裏にある「家族と同じ末路を迎えられるの」という意味を捉えていた。
しばらく睨みあった後、メルザは手を離し立ち上がった。
「今日はもう休みなさい。どうせ助けは来ないのだから、ゆっくり躾てあげるわ」
そう、救いの幼馴染は来ない。手足を潰された彼は、今頃生死を彷徨っているかもしれない。よほどの奇跡が起きない限り、ここに現れる事は無いだろう。
首枷をつけられ監禁など、まだ序の口。
本当の苦しみはここからである。
無言で歯噛みし、強気に睨んでくる、黒い瞳。
メルザはゾクリ、と体を震わせた。
この強い光が、陰る瞬間が見たい。
どのくらい痛めつければテラバスは陥落するのだろうと、舌舐めずりをしながらじっくり考慮する事にした。




