20話 今は仕事の方が大事だ 2
第1の依頼は『魔力の解放』
竜が溜め込んでいるという魔力の解放という内容であった。討伐ではなくあくまで解放ということなので思っているほど難しくはない……。
「なーんて思ってると、魔獣のときみたいになるから油断はここまでにして」
のほほんと、通常時のスライプ。
途端、冗談混じりの口調から戦闘モードへ切り替わり、左右異色の瞳が剣呑に煌めく。
現時刻は午後2時。太陽が降り注ぐなか、スライプは竜の巣窟となる森に入る1歩手前にいた。
武器を受け取ってから家に戻りシャワーと仮眠を取ったあと、着替えなどの身支度を整え早々と家を出たのだ。
今回この依頼を選んだ理由はその内容と、現場が3番街の外れと比較的近く、午後に出掛けても斡旋所営業時間内に戻ってこれると思ったからである。
スライプには時間がない。なので、すべてにおいて効率的に動かなければならず、万全ではないが戦闘に問題ないレベルに回復した体調を再度確かめ、竜の巣窟へ足を運んだ。
「…………!」
進むたびに感じる、魔法に疎いスライプでも分かるほど激しい魔力の奔流。気と地の魔力が、吸い込まれるように一定方向に流れている。
「こりゃあ……。随分溜め込んでやがるな……。どれほど強化されてることやら……」
所長からの話によると最近住み着いた個体らしいが、この量の魔力を休みなく貯め続けているなら、かなり強力になっている可能性がある。
スライプはついに頬が緩んでしまうが、今回は討伐ではなく異常収集されている魔力の解放である。収集の作用をさせている陣なり物質なりを壊してしまえばこちらの勝利だ。
出来ることなら竜とお手合わせ願いたいが、何より時間がない。
速攻で決めさせてもらおう……。
魔力の流れに沿って進んでいく。程なくして木々が不自然に消失している場所に出た。
根元からなぎ倒されているものや、強引に引き抜いたのか地面を抉るように巨大な穴が開いている。どれも人間の仕業とは思えない力業であり、竜が棲みかとして切り開いたのだろう。
途端、一陣の突風が吹いた。
強烈な風圧に木々がみしみしと悲鳴をあげ、スライプは吹き飛ばされないよう咄嗟に槍を地面に縫い付け、木の葉や砂ぼこりから顔を守りながら堪えた。
それが、竜の羽ばたきだと理解するのに時間はかからなかった。
スライプが足を踏み入れたせいで、魔力の流れがほんの少し変わったのだろう。変化に反応した竜が威嚇のため翼で風を生み出したのだ。
しばらくして風がやんでからも、スライプはその場から動こうとはせず、無言で槍を構えた。
竜種でありながら魔力収集という手段で自身を強化し、その流れが変わっただけで威嚇攻撃を仕掛け、警戒心と縄張り意識が強い━━━━
自分から仕掛けにくるな━━━━
直感かつ確信をもって、スライプは体を右に向け槍を縦に構えた。
その瞬間、巨体が猛スピードで突っ込んできた。
槍の柄全体を使って受け止め体を斜めにずらし、体にかかる負荷を流したが、それでも衝撃に耐えきれず地面に転がった。
「ぐっ……」
スライプは転がりながら、天空に昇っていく竜を見た。黒い個体……ということは分かるが、全長が見えず広い大空を機敏に飛び回っている。
溜めに溜めた魔力で速度を強化させ、スライプにその姿を捉えさせない。
この個体は、とにかく移動速度が速いのだ。
愚かにも1人で来た青年を嘲笑うかのように飛び回る。
スライプは空を舞う竜を睨み付けながら。
「お前は翻弄してるつもりだろうが……! 俺の目的はお前じゃないっ!」
スライプは立ち上がり、竜の巣へ向かって走り出した。
一際魔力濃度が高い、クレーターのように窪んでいる地点……そこが、竜の寝床であり魔力の収集場所である。
あそこを壊せば、この仕事は無事終わりとなる。
全力で駆け抜けるスライプだが、速度では竜に勝てない。巣に近づいていくスライプに気付いた竜は、翼を折りたたみ空気抵抗を最小限にした状態でスライプ目掛けて滑空を始めた。
あっという間に彼我の距離を詰めていく竜の気配を背中に感じながら、スライプは槍を振り上げ投擲の構えで叫んだ。
「結界は……壊すモノ……ッ!」
走るだけでは間に合わない。せめて武器だけでもそこに届かせる必要があった。
言葉を合図に、無色の光が穂先へ集まる。
スライプが唯一使える結界破りの魔法。その効果は結界だけでなく、物質から視認出来ないものまで、壊せるモノなら壊せてしまう。
スライプは武器だけでは突破出来ないと感じたときに使用する……魔法で火力を増幅させるのだ。
確実に効果を発揮させるなら緋色に染まるまで魔力を溜めた方がよいのだが、この状況で余裕は無い。
幸い結界ほどの強度は無さそうで、少しの魔力でも破壊は出来そうである。
左足を軸にして、全力の助走の勢いを殺さないように、魔力が渦巻く中心地へ槍を投擲した。
そして━━━━
遠くで何かが砕けた音を聞きながら、スライプは竜の突進に巻き込まれた。
木々の若葉さえ容赦なく吹き飛ばす嵐のような風が吹き荒れるなか、土地や大気に変化が起きた。
一方通行に流れていた魔力の奔流が、本来の流れ……四方八方散らばるように漂い始めていたのだ。
本来、魔力は流れるものではなく漂うもの。自然生成物として発生し、その魔力を体内に適度汲み上げることによって魔法が使えるようになる。
誰かが一方的に大量の魔力を集めだすと、自然からの供給が追い付かずその周辺は魔力不足になってしまう。
場合によってはいさかいや戦争の原因になりかねない。
よって魔力の異常収集の禁止は、この国で暗黙のルールとなっていた。
実際、この竜は周辺の魔力を吸いまくって、枯渇ぎみにさせていた。解放が遅ければ、影響が町の方まで及んでいたかもしれない。
寝床に溜め続けた魔力の放出にパニックになり、天空を飛びながら咆哮を続ける竜。やがて、興奮状態のまま空の果てへ飛び去っていった。
暴風も収まり、再び静寂を取り戻した深森。
いるのは、1人の青年のみ。
「ふんっ、思ったより臆病な奴だったな」
飛び去る竜を見上げ、出血している腹部を押さえながら、スライプはクレーターに刺さっている槍を抜いた。
巻き込まれる直前、体をひねり直撃は回避したが、爪の一部が掠ってしまい、腹から脇にかけて切り傷が出来ていた。
「ちっ……痛ぇーな……」
出血があり大きい傷だが浅く、縫合は必要なさそうな傷口だが、竜種はまれに爪に毒を持っている事がある。
「種類とか全然分かんなかったしなぁー」
竜種とは思えない速度を持った黒鱗の竜。種類はおろかサイズすら正確に捉えさせなかった高速の飛行は、時間をかけ貯蔵した魔力の賜物である。
今のところ体に異常は起きてないし、依頼は無事に終了した。成功の証として収集の核となっていたモノを持ち帰る必要があるのだが、なかなか見つからない。
(確かに何か壊れた音したのにな……)
その最中ふと目についたのが、金色の何か。
拾ってみると、女性がつけるような金の髪止めであった。それから感じる微かな魔力の残滓……。物質に魔力を込めた魔法道具であった。おそらく竜はこれをもとに森の中に巣を作り、魔力の収集を始めたのだろう。
盗んだものなのか、たまたま拾ったものなのかは分からないが、とりあえずスライプはそれを証として持ち帰る事にした。




