19話 今は仕事の方が大事だ
「う、あ…………?」
腕を枕代わりにし、突っ伏して寝ていたスライプは太陽の直射を後頭部に浴び、その眩しさで目を覚ました。自分でも分かるくらいの酒の臭気を嗅ぎながら半開きの眼で周囲を見渡す。
床に転がっているのは、空の酒瓶と空き缶とつまみの包み紙…………とテラバス。どれもこれも、投げて散らかしたような乱雑ぶりである。
空になった容器に囲まれ、安らかに寝息をたて大の字で寝転がっているテラバスを無言で眺め、スライプは再びゆっくり首を回した。
「ぐ…………」
ふいに感じた激しい頭痛。頭蓋を叩き割らんとする疼痛は、大量の飲酒をした際に起きる特有の症状であった。
ぐしゃぐしゃと頭を掻き、二日酔いで痛む頭を抱えながら。
「いま、なんじだ…………?」
目覚めたばかりの目と脳には眩しすぎるくらいの日の光を受けながら、時計を探した。
テラバスの家の時計の位置なら分かるが、二日酔いで頭痛がひどいに加え、泣きながら酒を飲みそのまま寝たせいか目が腫れ、視界がぼやけてよく見えない。
それでも現時刻を見ようと、じっと壁掛け時計を見つめていると視界が明瞭になっていき、針の位置が見えるようになってきた。
「しちじ……、しちじ……?」
見続けること数秒。
スライプは、二日酔いも忘れ目を剥いた。
待て、しちじって7時? 夜? いや明るいな、てことは朝か? は? 何時間飲んだんだ? 1日……はたってないか。だとしても20時間以上は確実にたってる……。
「おい、テラバス。起きろ、何か朝になってるぞ」
スライプは椅子から離れテラバスの横へ這い寄る。
未だ夢の中にいるテラバスを揺すり起こそうとするが、青年は迷惑そうに唸ったきり起きようとしない。
「テラバスぅ~。起きてくれよ~。頭が痛いんだよ~」
スライプそう言って腹に額を置くようにうずくまり、テラバスは腹に置かれた頭を邪魔そうに叩いた。
「ああ? キモいんだよお前は。時間ならカルスに聞けよー。カルスー、今何時何日何曜日だー?」
すると、銀髪の子供が近付きちょこんと2人の前に座りこんだ。2人の状況を知ってか知らずか、両手には水の入ったグラスが握られている。
「おー、さすがオレの1番弟子だ。気が利くなー」
「ありがとなカルス」
それぞれグラスを受け取り、一気に飲み干していく。
これでようやく目が覚めたのかテラバスが起き上がり、背伸びをした。幼馴染の二日酔いという体たらくを見たテラバスは冷笑を浮かべた。
「なんだお前は、二日酔いか。ダセーな」
「……お前はほんと酒に強いな。寝相は悪いくせに……そんな奴にこの苦しみは分からん」
大酒を喰らったあとでもぴんぴんしているテラバスは、テーブルの上のリモコンでテレビをつけた。
テレビから流れてくるのは1日の天気予報や昨日のニュースの続報といった、朝に流れるような内容であり。
「ありゃー。ほんとに朝になってら」
時の流れがようやく実感出来るものとなっていた。
昨日から1日経過、という事はシャロラインが家出をしてから1日がたったということである。
スライプは1週間以内に自身が受けた依頼5つをこなしながら、シャロラインを探さなくてはならない。
幼馴染の家で酔い潰れている場合ではないのだ。
スライプとしては本当ならシャロラインを探しに行きたいところなのだが、依頼をある程度こなしてからでないとあとがつらい。よって、ひとまず仕事を優先させることにした。
「お、帰るのか。1人で大丈夫か? カルスもついていかせるか?」
大量飲酒後とは思えないほど、手際よく床に散らばっているゴミを片付けているテラバスは、ふらふらと玄関先へ向かうスライプを見ると、介抱役としてカルスの同行を提案した。
「いや……風に当たりゃよくなるだろうし、カルスもまだちょっと怖がってるっぽいし……。大丈夫、ちゃんと帰れるよ」
ふとカルスの方を見遣ると、小さく体を震わせてから奥へ引っ込んでしまった。
なぜかカルスはスライプを怖がっていて関わろうとしない。
シャロラインやテラバスが理由を聞いても首を横に振って何も言わないのだ。
これでもだいぶよくなった方なのだが、話が出来る程度に慣れてくれるのはまだ先になりそうな雰囲気であった。
「本能的にこいつは危険だって思ってんのかね」
「アンドロイドに本能があんのかい」
スライプは頭痛で顔をしかめながらテラバスの家を出た。
◇
仕事に行こうにも、まずは武器の受け取りである。
魔獣との戦いのあと刃こぼれ・切れ味の回復、血液による錆び付き防止のため、武器屋にメンテナンスとして預けていたものを回収しなければならない。あれから数日たってるし、終わっているとは思うが……。
「とっくに終わってるぞ。シャロラインに言ったはずだが?」
30代前半と思わしき面立ちの鉄色の髪の武器屋店主は、手近にあった灰皿で煙草をもみ消した。
店主からの言葉を聞いたスライプはガックリ肩を落とした。思い出すと悲しくなるから、その名前は思い出さないようにしていたのだが……。
メンテナンスが終了した槍を受け取る。傷がつかないように薄い保護紙で巻かれ、紐で括られている。
「確かめてみろ。岩でも鉄でも何でも切れる。でもシャロラインは切るなよー」
新しい煙草に火をつけ、紫煙を口から吐き出す。
店主はスライプの事情を知らないゆえ冗談として話しているつもりだが、容赦なく見えない刃を刺していく。
シャロライン……名を聞いてしまうと今の状況を投げ出して探しに奔走してしまいたい……。しかし、自分のせいとはいえ今後の生活がかかっているため、ある程度目処をたててからでなければならない。今は決して出来ない行動なのだ。
「なんだ、いっちょまえに沈んでやがって。さっさと見てみろ。今回は腕によりをかけたんだ」
スライプは仏頂面で、店主に言われるがまま巻かれている保護紙を破き、槍を取り出した。
紙の間からのぞく金属。
ほんの少し触れただけでも出血しそうなほど鋭利に研がれた穂先と、日光をまばゆく照り返す銀の光。この槍が持つ本来の輝きが戻っていた。
「おお……」
岩でも鉄でも切れると豪語した店主の言葉は、あながち嘘でもなさそうな鋭利さが戻ったスライプの愛槍。
これにはスライプも感嘆の声をもらした。
スライプ自身も久方ぶりに見る白銅の輝き。見事な職人技に驚いている青年の反応を見た店主は、満足そうに唸ると、急に腰を低くし顔をスライプに近付けた。
「お代はいいから。その代わり、今度オレの依頼、受けてくんねぇか?」
普段のやや粗暴で大ざっぱな彼からは珍しい姿勢である。この態度から察するにごく個人的な内容らしい。
まるで周囲に知られたくないような小声に、何となく胡散臭さを感じたスライプは。
「えー……はいはい、個人的なものでも当事者間のみの依頼受注と金銭やり取りは一応禁止されてるから、頼みがあるなら斡旋所まで届け出を出してくれー」
あまり相手にせず、そう言って武器屋の店主に背を向けた。




