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10話 潜入 2 ~技師のその頃~

 薄暗い室内、カビ臭さと薬品の異臭が混ざった刺激臭。

 外壁から侵入した蔦が内部にまで絡み付き、土埃を被った機械と、ひび割れ乱雑に置かれている試験管などの実験用品。


 かつて国の最前線を支えた施設の末路が、2人の目の前に広がっていた。


 壁のあちこちには走り字で書かれたメモがピン止めされており、確かに人が活動していたのだと実感する。


 ━━━━ここで、アンドロイドが創造され設計、研究が繰り返されていたのだ。


「ここで……私が出来たのか……?」


 ここでシャロラインが製造されたかは分からないが、ここで生まれた研究結果を元に、シャロラインを始め多くの初期型アンドロイドは造られ始めた。


「自分が出来たかもしれないところが無くなったのは悲しい?」


 すでに廃墟と化した研究工房。

 スライプの問いかけに、シャロラインは目をつむり首を横に振った。


「いいや、特に思い入れもないし……。今は関係ない。さ、先を急ごう。確か地下室って言ったよな」


 ここから先は、子供アンドロイドの証言をもとに、地下室を目指す。


 しかし、地下室に繋がる扉を探すも一向に見つからない。

 目を凝らして床を探ったり、壁づたいにぐるりと1週してもそれらしき入り口が見つからないのだ。


「これも結界か何かか?」


 結界によって入り口が隠されていると思ったシャロラインだが、スライプはすぐさま否定した。


「いや、それが出来るならこの工房ごと隠せば済んだ事、妨害は出来ても隠匿は出来なかったみたいだ。……エルジーナにそこまでの技術は無いみたいだな」


 よって結界の効果ではないと結論を出した。

 ということは、この中に確実に扉があるという事である。


「へぇ、んじゃ案外この辺とかにあったりして」


 そう言うとシャロラインは「よっこいしょ」とおもむろに壁際の本棚を倒した。



 バサバサバサ、ガタンッ! ガシャーンッ!



 無数の本が床に落ち、生じた風で埃が舞い室内全体を覆った。煙のように舞い上がった埃は容赦なく視界を奪っていく。

 そして本棚が倒れた先はパソコン等の精密機械と実験用品。本棚はそれを叩き潰しガラスを粉々にさせた。

 さらに、パソコンの上に降り積もっていた埃も巻き上げられ、更に大気の状態が悪くなってしまった。


 そして、その粉塵はスライプに襲いかかった。


「ゴホッ……。シャロ……、ひと……こ……、ゴホッ!ゴホッ!」


 巻き上げられた灰色のモヤはスライプの肺にダメージを与え、圧倒的な埃の量に耐えきれず外へ飛び出した。


「あ…………、すまない」


 埃舞い踊る状況でも平然と立っているシャロライン。彼女は酸素の供給を必要としないので、無酸素状態や劣悪な空気環境でも行動する事が出来るのである。


 腰を(かが)ませ苦しそうに咳き込んでいるスライプをよそに、捜索を始めるシャロライン。灰色のモヤがだんだん収まっていき、視界がはっきりしていく。


 そして本棚があった壁に、大人が屈んでギリギリ入れそうなサイズの小さな扉を発見した。


「あー!」


 シャロラインは思わず大声を出し目を見開いた。

 それが地下室への扉だと、すぐに思い至った。


「おい! スライプ見ろ! あったぞ!」


 地下室への入り口を発見したシャロラインはその事を伝えるため、未だ苦しそうなスライプのもとへ駆け寄った。


「シャロ…………。やるときは、声かけて……。」


 スライプは咳はおさまっていたものの、埃が目にも入ったのか涙目になった瞳をこすっていた。


「でも倒したおかげでドア、見つけたぞ!」


 やや興奮気味にバシバシ背中を叩きながら指を指す。


「うん……。ありがとね……。でも、もう少し待って……」


 テンションの高いシャロラインとは対照的に、目と肺に入った埃に苦しめられているスライプはつらそうである。

 それに、おさまったとはいえ工房内はまだまだ埃が宙を舞っている状態であり、人間が乗り込むには少々厳しい環境である。


「……分かった。私が悪かった、私が……」


 シャロラインは呟くと、(いたわ)るようにスライプの背中をさすった。



  ◇

 一方、その頃の3番街━━━━


「はい。お代はこのくらいで……。……はい、確かに。それじゃお大事にー」


 1組の男女を見送ると、テラバスは息を吐きながらどっかり椅子に座った。薄汚い灰色の作業着の彼は、黒いゴーグルを額に上げ、手袋を剥ぎ取ると無造作に放り投げた。


「あー。やっぱあいつらいないと(平和)だわー。」


 テラバスは稼業であるアンドロイド修理の依頼をこなしながら、騒動の要因(スライプたち)がいない時間を享受していた。


 最新型のアンドロイドの修理はとても楽である。初期型に比べて半分の時間で済ませる事が出来るので、テラバスにとってとてもありがたい事であった。


「ここ最近は忙しかったからなぁ……。どうせすぐ帰ってくるだろうけど、たまにはのんびりしていいだろ」


 苦労して直したアンドロイドが数日たたずにまたやって来て、帰ったと思ったら“死”寸前のボロボロの子供アンドロイドを連れて来たりと、(せわ)しなく動く事が多かったのでこんなにのんびり過ごす事は久々であった。


 しばらくボーッとしていると、バタバタと慌ただしい足音が近付いてきた。

 やべぇ帰って来た! と身構えたテラバスだったが、その姿を見て肩の力が一気に抜けた。


「テラバスさん! さっきの人帰ったのですか!?」


 肩口あたりで切り揃えられた、輝く銀髪の子供が玄関のドアを開けて入ってきた。

 男とも女ともとれる中性的な顔立ちの人懐っこい笑顔で、嬉しそうにテラバスのもとへ駆け寄ってくる。

 そして、明らかに体型に合っていないブカブカの黒いジャージを着ていた。


 この子供はF=32型という、スライプ達が連れてきてテラバスが修理したという子供アンドロイドである。


「おー、すっかり元気になったな。……ごめんな、お前のサイズに合った服は今に届くはずだから」


 連れて来られた時のような、ボロボロで粗末な服を着させる訳にはいかないので、今は自分の服を適当に着させ袖と裾を(まく)って無理矢理合わせているのだ。


 この子供は少々曰く付きであり、所有者によって思考や意思の放棄を促す魔薬を使われたり、不都合な記憶を封印(ロック)されたり、果てには体中を無残に折られ捨てられるという、犯罪行為に巻き込まれていた機体であった。


 懸命な修理のかいあってか、“死”寸前から無事生還したという機体であり、今では元気に走り回れるくらいに回復している。


 肝心の所有者は現在失踪中で、スライプ達が依頼として行方を追っている最中である。そして、帰ってくるまではテラバスが預かっているのだ。


「ぼく、遊んでみたいです! 遊んでください!」


 子供は無邪気に遊び相手をせがんだ。

 今まで人間の都合に巻き込まれ、魔薬実験に使われ続けたせいで、自由に遊べた事がないのだろう。

 テラバスを外へ連れていこうと、手をぐいぐいと引っ張った。


「おー。元気だなー。……1人で行っといで」


 椅子から離れようとせず、若干抵抗をするテラバス。

 せっかくのほぼ休息日、何もせずぐだぐだ過ごしたいというテラバスの本音は、この子の前では無意味で。


「はーやーくー!!」

「あー、はいはい……」


 子供の遊びたい盛りは、人間もアンドロイドも変わらないのである。


 せっかくゆっくり出来ると思ったのに……。

 子供に手を引かれながら、こうして彼の貴重な安息は過ぎていくのであった。

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