第弐話:曲拓人は止まらない
皆さんは、部活対抗リレーの思い出はありますか?
ええ。
私は全くありません!(ドヤぁ)
帰ってましたね、真っ直ぐ家に。
………皆さん、お察しの通りです。
はい、出ました、陰キャです。
(陰キャって、もう死語ですか?)
それはもう、帰るために学校へ行っていたので。
何をしに高校に通っていたのか、今となってはよく分かりません。
でも、きっとこれは青春の甘酸っぱい一ページ。
皆さんもそれぞれの青春を思い出しながら、どうぞ読み進めてくださいね。
(え、ない?なんとなんと、
そんな人がいたら――それは立派な、私のお仲間の、よ、か、ん★
あちらでひとまず飲みましょう。
カンパーイ)
年に一度の部活対抗リレー。
各部が学校の威信と運動部のプライドを賭けて走る、体育祭最後の花形競技である。
陸上部。
サッカー部。
野球部。
バスケ部。
剣道部。
そして、なぜか『帰宅部』。
「……なんで俺たちも出るんだよ」
拓人は、スタートラインの白線をつま先でつつきながら不機嫌そうに呟いた。
「部活対抗だからだろ」
「帰宅部は部活じゃねえよ」
「学校側が『幽霊部員も等しく青春の一ページを刻むべき』とかいうポエム全開の通達を出したんだから諦めろ」
「そもそも幽霊部員というカテゴライズすらおかしいだろ、帰宅部は」
「四の五の屁理屈言ってねえでとっとと並べ」
隣のレーンに並ぶ陸上部員が、気さくという名の暴力で拓人の肩を叩く。その脇では、陸上部のエース・西島洋輔が殺気すら帯びた鋭い目を向けていた。
「おい、曲。今度こそ勝つ。この前の下校勝負の屈辱、陸上部の看板にかけて返してもらうからな」
「勝手に背負うな。俺はただ、早く帰って母さんが夕食用に切っておいてくれたスイカを冷蔵庫からサルベージしたいだけだ」
「動機が不純すぎるだろ!」
ぴりついた空気の中、スタート位置のすぐ隣――剣道部第一走者の味元孝太郎は、武道館で鍛え抜かれた気合の入った表情で精神を統一していた。
彼は密かに、拓人の走りをライバル視すると同時に、そのフォームの美しさに誰よりも深い敬意を抱いていた男である。
――無駄のない重心移動。
大地を蹴るのではなく、撫でるような優雅な足運び。あれぞまさに、我々が目指すべき居合の理合いと同じ極致……!
味元は心の中で激しく頷いた。
――パンッ!
乾いた号砲が響き渡る。
次の瞬間。
拓人が消えた。
「…………は?」
観客席から抜けたような声が漏れる。
スタートの踏み込みからトップスピードへの移行が物理法則を完全に無視していた。初動の時点で、拓人の足裏はすでにアスファルトならぬ時空を切り裂いていた。
隣で同時に飛び出した味元は、その圧倒的な加速の余波、そしてあまりにも美しすぎる拓人の『ガチ帰宅フォーム』を間近で目撃した。
――ああっ、なんてことだ! 美しい……! 無駄な力みが一片もない、あの流れるような上体の傾きはまるで一條の流星……!
見惚れた。
ほんの一瞬、ほんのコンマ数秒、武道家としての冷静さをかなぐり捨てて、味元は拓人の横顔と疾走フォームに完全に精神を奪われてしまった。
その結果。
「――っ!?」
地面を蹴るタイミングが完全にズレた。
さらに、剣道部独特の長大な足さばきを意識しすぎて穿いていた袴の裾に、自分の足の爪先が盛大に引っかかる。
ドシャァァンッ!!
盛大な音とともに、味元はスタートラインの数メートル先で盛大に前のめりに転倒した。砂煙が舞い、白旗が虚しく揺れる。
鍛え上げた肉体が赤土のグラウンドを芋虫のように転がっていく。
「味元ぉ――っ!? おい、大丈夫か剣道部!」
「見とれるなバカ! 走れ!」
後ろの部員たちの悲鳴を他所に、拓人はすでに第一コーナーを完璧なインコースの弧を描いてクリアしていた。
第一走者の西島を抜き去り、第二走者のサッカー部を置き去りにし、第三走者のバスケ部を文字通り風圧だけで押し退ける。第四走者のラグビー部エースにバトンが渡る頃には、もはや勝負の概念自体が消滅していた。
いや、正確には。
拓人はバトンを持ったまま、もうゴールテープを切っていた。
「帰宅部、ぶっちぎりの優勝――!!」
絶叫する実況アナウンス。
校庭を埋め尽くす大歓声と、呆然とした沈黙が入り混じる。
しかし、拓人は止まらなかった。
「……?」
そのままの勢いで、第2ゴール(校門)へ向かって加速する。
「曲!?」
さらにスピードを上げる。
「曲拓人!?」
校庭のフェンスを飛び越えはしないものの、敷地の外へダイレクトに突き進む。
「おい、待て!」
「曲ぃぃぃぃ! 表彰式だぁ!」
引き止めようとするクラスメートたちの声は、すでに彼が巻き起こしたソニックブームの中に消えていた。
表彰台には上がらない。
金メダルも受け取らない。
インタビューのマイクロホンに向かって何かを言う気もゼロだ。
彼にとって、リレーとは競技ではなく、ただの「帰宅経路における最大の障害物競走」にすぎなかったからだ。
後日。
グラウンドの真ん中で一人泥まみれになりながら「……あんな美しい走りをされたら、誰だって足をもつれさせるさ……」と遠い目をしていた味元の証言をよそに、帰宅部の優勝賞状は、担任の手によって拓人の自宅のポストへ直接投函されることになった。
「……いらないのに」
郵便受けからそれを取り出した拓人は、冷蔵庫のスイカを一口頬張りながら、心底めんどくさそうに溜息をついた。
そして今日もまた彼は誰よりも速く、家へ帰る。
彼こそ、最強の帰宅部員なのだから。
〜楽屋裏〜
次話も20時更新です。
さて。
部活対抗リレー。
青春ですね。
青春の一ページですね。
キラキラですね。
青春って、いいですね。
……私は帰ってましたけど。
いや、だって。
帰る時間じゃないですか。
なぜ帰らないんです?
というわけで今回、拓人が颯爽とグラウンドを駆け抜けておりますが、作者はその頃たぶん帰宅していました。
むしろ拓人より先に帰っていた可能性すらあります。
これはもう、私も最強の帰宅部だったのでは?
……違いますね。はい。
拓人は最強。
私はただの帰宅。
はい。
ここ、重要です。
テストに出るかもしれませんよ?
それでは皆さま。
明日も20時に、またお会いしましょう。
あなたがこのページを開く頃には、私はもう帰っているかもしれません。
チチンプイプイ★
……何のおまじないでしょうね、これ。




