22.最高傑作
「ネーヴ、オーステア。あれほど高密度の魔術障壁と雷魔術を常時纏ってんだから、それほど長期戦には向いてないはずだよ。攻撃が通らないなら、チャンスができるまで耐え忍ぶのも手だ」
「さすがはクリスタ、よく分析しているな」
「気安くあたしの名前を呼ばないで」
「だが、弱点を俺自身が把握してないわけがないだろう。この肉体の魔力が尽きるまでに何人死ぬかなあ?」
ゲラートの発言に私は恐怖を覚えた。
あくまでこいつにとってその肉体は消耗品に過ぎないということを暗に示してる。それほどまでに『シーカー』のスキルを求めてるんだ。自分が築きあげたもの全てを投げうってまでもゲラートは挑んできている。
ああ、もう!弱気になるな!
私はクリスタに負けた。認めたくないけど認めないと負け癖がつく気がする。気持ちが後ろ向きになると体も自然と後ろにいっちゃう。
ゲラートが仕掛けるよりも先に攻勢にでる。
振り下ろした剣はやはり生身の肉体で防がれる。クリスタの時より絶望感がある。繰り出される拳をかろうじて避ける際も全身から汗が噴き出す。
すると、電撃が私の頬に触れ、全身をかけめぐった。全身の筋肉が硬直する。しくじった、そう思った時には私の腹部にゲラートの拳がめり込んでいた。
「オズ!」
二発目が顔面に直撃しようとした瞬間、ネーヴの棍棒が拳の軌道をそらした。そして、ゲラートの腹に突き飛ばすように蹴りをいれる。
そのタイミングを見計らってクリスタが水の球体をゲラートの目にぶつける。私の肋骨を折った威力の水魔術はゲラートにまったくダメージを与えられてない。ただの目くらましにしかならなかった。でも、おかけで距離をとることができた。
やばい、死ぬかと思った。
「哀れだな、クリスタ。優秀なあんたがこの程度の足止めしかできない。実に愉快だよ。ローニアを裏切った末路に相応しい」
「ローニアをめちゃくちゃにしたあんたらに言われたくないね。けど、貴族の責務を放棄したのは事実だ。甘んじて受けるよ。あたしにはあたしの救い方がある。ただそれだけだ」
クリスタは耐えれば勝てると言ったけど、その前にこのままじゃ全滅しちゃう。
何か攻撃を通す手段がないかと逡巡して、行き着いたのは魔剣による突きだった。魔力伝導率が高い魔剣の切先に魔力を集中させれば、私でも貫通させられるんじゃないか。そんな一縷の望みにかけるしかない。
「ネーヴ、一緒に戦ってくれる?」
「今更だね。どこまでもついてくよ」
正直、ネーヴがどうして私を仲間に選んだのか未だにわからない。尋ねてもネーヴははぐらかすし、聞かれたくなさそうだったから私もあえて聞かないようにした。私がローニアの兵を5万人斬り殺したからとか、英雄パーティーの一人だとか、そういうことに興味を惹かれたのもあるだろうけど、それが根本の理由じゃないのは私でもわかった。
でも、一つ言えるのは私はネーヴを全力で守るし、ネーヴも私を全力で守るということだ。
「行こう!」
私は右、ネーヴは左から攻める。
ネーヴの強烈な一撃をゲラートは難なく受け止め、反対側に回った私の剣を見もせずにいなした。ネーヴがゲラートの背面に移動しようとしても、ゲラートの警戒は解けない。常にネーヴを視界に入れている。その様子から魔術よりも物理攻撃が通用することが窺い知れる。
何度も打ち合う。隙がまったく生まれない。それどころか、どちらかと威圧し、距離が空いたところでもう一人を狙われる。
その度にクリスタのサポートが入る。氷の塊がゲラートにかなりの勢いで当たるけど、ゲラートの動きを一時的にとめるだけしかできない。
「ちまちまと……羽虫のようだな!」
さすがにそのちょっかいに苛立ったゲラートが氷の塊を投げ返す。それを涼しげな表情でクリスタは弾いた。
「良い挑発だ」
そう称賛するゲラートの額には青筋が立っていた。だが、決して感情に動かされることはなかった。その視線の先には常にネーヴがいる。
でも、それがいい。私への注意が逸れてるのがいい。未熟だと嘲られた魔力の扱い方でも、時間をかければ剣先に魔力を収束できる。チャンスは一度きりだ。何度やっても何度もやってもゲラートの皮膚の鎧は突破できない。でも、防御するということは目に見えないダメージが蓄積されていってるはずだ。その綻びが見えた瞬間が勝負の時。
そして、その瞬間がきた。
ネーヴが棍棒でゲラートの腕を弾いた時、懐に大きな隙ができた。私は全力で踏み込み、刺突を急所めがけて放つ。
貫いた。
でも、貫いたのは急所じゃなく、脇腹だった。咄嗟に身をよじって位置をずらしたんだ。最悪なことに、剣が抜けなくなってしまった。手放せばよかったのに、迂闊にも私は引き抜こうと一瞬躊躇する。ゲラートは見逃さなかった。
締め付けるように大きな左手が私の首を掴んだ。握り潰されそうなほどの力が加わってる。抵抗しなければこのまま死ぬ。
「オズ!」
振り落とそうとネーヴが棍棒を振りかざすが、逆に掴まれて地面に叩きつけられる。そして、足で踏みつけられる。ネーヴの苦悶の声が耳に入る。ほんとは怒りたいところだけど、意識を保つのが精一杯だ。
「勝負あったなあ!」
耳障りな勝利宣言だ。不愉快でしかない。
「君がそうしてくることは想定済みなんだよ。付け焼き刃の浅知恵でどうにかできるとでも思ったか?おっと、あまり力をいれすぎては壊れてしまうな。どの道、武器がなくなったんだ。あんたらに対抗できる術はもうねえよなあ」
「ぐっ……あ……ああ、うっ……まさか少しも痛がらないなんて」
「元々俺の肉体じゃないからねえ。痛覚を遮断することも可能だ。ダメージを与えれば勝てるなんて稚拙な考えを叩き折るにゃ絶大だろう?」
ああ、まじで痛い。ゲラートが加減してから喋ることぐらいは出来るけど、地面に足は付いてないし、全身に力が入らない。意識が遠のきそうになるのを必死で耐えてるだけだ。
でもまあ、やることはやれた。本当はこのまま倒せてしまえれば一番よかったんだけど。
「ありがとう。教えてくれて。感謝のしるしに私も教えるよ。私の種族スキルってね。体内で魔鉄を錬成するだけの陳腐なものなんだけど、血液にも微量だけど魔鉄が含まれてるの。私の種族を知ってる人はいるけど、これのことを知ってる人はたぶん誰もいないかな」
「ん?なんのことだ?」
訝しむゲラートの表情が驚愕の色に染まる。
気づいた時には遅い。気に食わない決着の付け方だけど、これが一番確実だからね。
「体が動かない……!」
「首をすぐにねじ切ればよかったね。絶対にそんなことしないってわかってたけど」
「まさか傷口から自分の血を侵入させたのか。血を操ることができるのか!」
「ご明察。でも、今の私じゃこれが限界。そういえばさ、すっかり忘れてたんだけど、クリスタと戦った時魔剣を二本出したの。なのに、一本しか片付けた覚えがないの。じゃあ、残りの一本は誰が持ってると思う?」
「バカな……いつのまにそんな……」
ゲラートも気づいたようだ。自分の背後を取るように魔剣を振り上げたクリスタが立ってるのを。
「認めるよ。今はまだクリスタのほうが剣の腕も魔力操作も上だ。だから、私が斬れないものでも斬れる」
「もちろんだ」
渾身の力を込めて振り下ろされた魔剣はゲラートを肩から切り裂き、断面は腹部まで及んだ。さすがに真っ二つにできなかった。でも、これで決着はついた。




