21.衝突
私のお腹に手を回して全力で押さえ込む人物に対して私は大声をあげた。匂いでそれがネーヴだとわかった。
「はなせ!はなせよぉ!」
「落ち着いて、オズ!相手の思う壺にはまりたいの?明らかに挑発してるって」
まさにそのとおりだけど、感情が言うことを聞いてくれない。いきなり衝撃の事実を告げられて落ち着いてられるほど精神が成熟していない。だって、幼少期は牢屋で過ごして、最近まで山に引き篭もってたんだ。しょうがないじゃん。
三角帽子が地面に落ちたことで少しだけ客観的になれた。それでも、ゲラートからは目を逸せない。
「あなたに人格を乗っ取られたら、その人間はどうなるの?」
「もう二度と元に戻ることはないね。どのみち俺が使い潰すから心配しなくても大丈夫だ。これからあんたたちもそうなる」
「そう、じゃあ良心の呵責も多少はマシになるね」
内なる衝動を抑えるのに必死な私に対して、ネーヴはあくまで冷静沈着に対峙している。
ゲラートは最初に会った時とは違い、恐ろしく鍛えてあげられた強靭な肉体を上半身だけ剥き出しにして披露している。おそらく以前のゲラートよりも強い。
「なあ、一つ答えてくれるか?」
「別に構わんよ。いくらでもしてくれていい。時間はいくらでもある。この時を10年待ったんだ」
「そのアストリッドの遺産とやらは一体なんだ?アストリッドを殺害し、赤子まで手にかけ、その墓まで掘り返したその正体はなんだ?」
クリスタの問いにゲラートは口の両端を限界まで広げて答えた。
「『シーカー』のスキルだ」
息が詰まった。体中の熱が冷めて、別の何かがぞわぞわと蠢く。
「なんで……」
答えはもう出てる。出てるのに心が拒絶する。
「あんたは知ってるはずだ。アストリッドがあの大厄災を引き起こしたダンジョンの主から継承した。世界の真実を暴くユニークスキル。なぜダンジョンが存在するのか。それを解き明かすために必要不可欠なスキルだ。だが、アストリッドは自らの幸福を優先させた。子供を産み、現役を退いた。ならば、別の者がやらねばならん。奪ってまでも辿り着かねばならん」
「そうか。下衆だな。救われないほどの。その様子だとアストリッドの精神を破壊して、肉体を自分のものにするつもりだったようだな」
「だが、途中で邪魔が入った」
私だ。私がその現場を目撃してヨハンを殺した。あの時点ではアストリッドはまだ生きていた。私には回復魔法が使えなくて、代わりに使ってくれる人も誰も近くにはいなかった。そして、ヨハンは回復魔法を使えた。アストリッドを自分のものにしたあと、致命傷だったあのキズを回復するつもりだったんだ。
『少し早いけど、十五歳の誕生日プレゼントをあげないとね』
アストリッドの最後の言葉を思い出す。そうして、私は『シーカー』のスキルを継承した。私にとってこのスキルは誕生日プレゼントなんかじゃなく、私がオズとアストリッドの二人と一緒にいたことを示す唯一の形見なんだ。
「ステラ、ここから出たければ『シーカー』を俺に譲れ。10年も人里から離れたあんたには不要の産物だ。あんたがそのスキルを持っているということは譲渡が可能なんだろう?」
「意味わかんない。交渉にすらなんないよ。だって、そこの丸いやつさえ壊せばこんな罠なんて……あー!」
さっきまでそこにあった球体が壁に埋まって消失した。ゲラートが鼻で笑う。勝ち誇った顔をしてる。
「あんたは浅はかだなあ。なにも対策してないと思った?」
こいつまじぶっ潰す。
だけど、状況は結構悪いほうに転がってる。今目の前にいるゲラートを倒しても、また次のゲラートがやってくる。私は耐えられるけど、他の二人はどうだろう。ネーヴはまだ完全に今の肉体に慣れたわけじゃないし、クリスタは私より強いけど持久力だったら負けない自信がまだある。
「ステラ、いや、オーステア。あんたのやりたいようにしな。ゲラートの言ってることは少しだけ理解できる。誰かがダンジョンを攻略しなきゃならない。真実を探るのだってその延長線上だ。だが、やり方が気に食わない。だから、今回はあんたに味方すんよ」
クリスタは再び剣を抜き、ゲラートにその剣先を向けた。それは必要ならば敵対することも辞さないことを示唆していた。
「オズ、私の心配をしてるならそれはお門違いだよ。オズにとってつらい決断はさせたくない。そうさせるために私はオズをあの森から連れ出したわけじゃないんだから。それに、いざというときは奥の手があるからね」
ネーヴが耳元で優しく囁く。
奥の手が何なのか察しの悪い私には伝わらなかったけど、ネーヴがいいというなら私は私がしたい決断をしよう。ネーヴがいなかったらきっと私は怒り狂ってただゲラートに突っ込むだけしか考えなかったと思う。だから、感謝しかない。
「もし本当に世界平和が目的なら、私なんかよりよっぽどスキルを世の中のために使うだろうし、そもそも私なんかより上手くスキルを使いこなせるかもしれない。でも、このスキルは私がお母さんに愛されてた証拠なんだ。たとえ本当の母親じゃなくても。もう会えない大切な人との繋がりを示す証明なんだ。だから、私は手放さない。『シーカー』のスキルはおまえなんかに渡さない」
「交渉決裂だな。残念だよ」
「おまえはたくさんの人間を死に追いやった。その価値がこのスキルにあるかは私にはわかんないよ。でも、死んだ人たちだって望んで死んだわけじゃない。だから、その報いを受けさせる」
「はは!俺も君も傲慢だな!もう話すことはない。さあ、さっさと奪わせろ!」
バチバチとゲラートに纏わりつくように電流が走る。魔術師の中でも珍しい雷使いだ。
なるほど、あいつの自信はこれだ。
ある程度指向性を持たせられる火や水と違って、雷はどうしても自分自身が感電するリスクを背負わなければならない。そして、強い雷魔術を打てば自身が発生させる電気に魔術師自身が耐えられない。だから、魔力に耐性ができる鍛錬をしなきゃいけない。つまり、雷使いは高い魔力耐性と魔術の素養を兼ね備えたエリートなんだ。
「あー、大見栄きっといてなんだが、あたしの一番苦手な相手かも」
心折れるの早くない、クリスタ?
確かにクリスタの魔術が通用しない可能性がでかいなら、クリスタの戦力は半減してるといっていい。
「私が前にでる。援護をお願い!」
「オーケー!」
ゲラートの突進に対してネーヴは棍棒の突きで応戦する。ネーヴの怪力による突きは防いだところで無事じゃ済まない。はずなのに……。
「この程度で止まると思うな!あんたのパワーはすでに把握してんだからなあ!」
ゲラートの胸部に直撃した突きは跳ね返され、ネーヴは後方の壁に激突した。ゲラートはそこで止まらない。とどめの一撃を加えようと跳躍する。
「させるわけないだろ!」
「む!」
飛びかかってゲラートを斬りつける。でも、魔剣はゲラートの皮膚すら傷つけることはできなかった。ネーヴへの追撃自体は阻止できたけど、若干のショックを受ける。
「自信なくすなあ……対魔力に強いのは分かるけど、なんで物理にも耐性あるの?」
「どうだ、この肉体は超耐久をそのまま武器としても応用できる攻防一体型の最高傑作だ。自分の能力を過信してなまくらを振り回す素人には手も足もでまい!」
悔しいけどそのとおりだ。
私の一族は『魔鉄錬成』のスキルで魔剣を鍛造する鍛冶屋の一族だ。でも、私が物心ついた頃には私以外の一族はもう死んでいて、伝統や技術を受け継ぐことができなかった。ただ見様見真似で作った魔剣は私の腕も相まって、ゲラートにダメージを与えられるまでに至らない。
それでも、有能な冒険者でも攻略できないようなダンジョンをソロでクリアした経験があるんだ。私にだって矜持がある。




