第36話 初めましての決闘もどき 1
さて、皆がまたもや鍛錬場で転がっている頃。
シアとルナはのろのろとギルドを目指していた。
リアーネが大慌てで帰ってくるなり色々と細かくシアの力について調べ出し、よく分からないまま繰り返す事数時間。先程ようやく解放されたのだ。
昨日の疲労も全く抜けていないし、全身筋肉痛でとにかく痛い。
それでも何か出来る事があるかも……と考えている間に到着。
またあの子と精霊が来てるのか、なんて周囲の視線には気付かない。
団長達が目を掛ける程の天才児と思うか、子供じゃなく他の団員を鍛えてくれと思うか。
どちらにせよとにかく注目の的なのだ。
そんな事は露程も考えていない当人は呑気に鍛錬場へ行き、休憩中の皆を見つけ駆け出す。
が、やはり痛いので呻きながら歩いた。
「こんにちは。一応来たけど……もう凄い事になってるね」
まだ昼なのに昨日以上に疲れている3人を見て感心しつつ、ほんのちょっとだけ引いている様子。
「おう、嬢ちゃん体調はどうだ?」
「全身痛いし、ここまで歩いて来るだけで汗かいちゃった」
「全く、情けないったらもう」
シアは団長に正直に答える。もう涼しい時期だと言うのに随分な事だ。
ルナは体をツンツンと突いて悪戯を始めた。
情けない悲鳴を上げるが動きが遅いので逃げられない。
それでもふざけ合うのが楽しいのか、余計な体力を使ってきゃいきゃいはしゃいでいる。
「うー……せっかく来てくれたけど、動きたくない……」
「同じく……」
セシリアとリリーナもシアを構いたい様だがそれどころでは無いらしい。
「とりあえず、昼食をとらなきゃかな……」
「あ、私食べてきちゃった。皆がどうするのか分からなかったから……」
なんにせよずっと転がっていても仕方ない。
昼食に行こうとセシルが体を起こしながら言うが、シアは食べてきてしまった。
ルナに虐められた所為で、来たばかりなのに余計に汗をかいて息が荒くなっている。
「そりゃまぁ仕方ないか。どうするかなんて連絡してなかったしな」
「残して行くのもアレだし、とりあえず一緒に……ん?」
食べるかどうかは置いといて、一緒に行こうかとダリルとフェリクスが誘おうとして何かに気付いた。
なにやら走ってくる者が居る。赤い髪をした少年だ。
「なんであいつが来たんだ?」
それに気付いた団長は首を傾げた。
その走ってくる彼は勢い良く止まると、これまた勢い良く声を出した。
「親父! どういう事だよ!?」
どうやら団長の息子らしい。なんだか若干険悪な雰囲気だ。
今年卒業ではあるが未だ学生の身……身内とは言えギルドに来る用事は殆ど無い筈。いや、そこの小さいのは来ているけれど。
「どういう事って……どういう事だ?」
「俺にだって稽古つけてくれないのに、なんでこんな子供を!」
詰められた団長は困惑し鸚鵡返しだったが、どうやらそういう話らしい。
何処からか、ギルドで幼い少女を鍛えているという話を聞いたのだろう。
有数の実力者である父が自分を鍛えてくれず、なのにシアの様な子供を鍛えているのが気に食わないようだ。
父に詰め寄りながらシアを指差し文句を言っている。
彼女も彼女で状況が分からないまま、しかし自分が良く思われてないらしいと理解して1歩退いた。
「お前にゃまだ早い。卒業してギルドで色んな奴と鍛え合ってからだって言ってるだろう」
察するに以前から頼んでいたらしい。彼は息子へ助言をする事は多く有れど、直接鍛える事はしていなかった。
自分でスタートラインに立ち、自分で走り出し、そうして躓いた頃にガッツリと鍛えるつもりでいた。
しかしシアという例外過ぎる存在が湧いて来たのが問題だ。
名実共に認められる団長を父に持つからか、彼も彼で色々と考え成長してきた。
そんな中、事ここに至り不満が爆発したのだ。
「はぁ!? こんな小さい奴が大丈夫で俺はまだ早いって意味分かんねぇ!」
シアを知らない彼は当然、理解出来ず更に怒りだす。
「あー……この子は特別だからな。あんまり言いふらす事でもないし受け入れて欲しいんだが……」
団長は説明を放棄して宥める方向へ舵を切った。
彼女の事情もいつかは話す事になるだろうが、今では無いと考えているらしい。
「特別って……」
大人しく受け入れる筈も無かったが、彼女は特別だと言われ改めてシアをじっくり見てみる。
他の皆は酷く疲れ転がって汚れているのに、彼女は多少息が荒く汗をかいているだけで何も問題無さそうだ。
皆の事はハンターの先輩として多少は知っている。
なのにこの差だ……なるほど特別とはそういう事かと見当違いな事を考え始めた。
多分彼も馬鹿なのだ。というか頭に血が上った状態で正常な判断が出来ていないのだろう。
「そうか……なら俺がそこのちっこいガキより強ければいいんだよな! おいお前、決闘だ!」
特別らしいシアより強ければ認めてくれるだろう……と、なんと決闘を持ちかけた。どうしてそうなってしまうのか。
「お前何言って――ぐぇっ」
「さっきから聞いていればなんなんだ! お前なんかシアに触れる事だって出来やしないっての!」
そして何故かシアではなく傍で聞いていたルナが怒りだす。
団長は顔を押し退けられて負けた。
実際その通りで、1対1だとシアは良くも悪くも戦いにならないのだが……なかなかに素晴らしい煽り文句と化している。
「ちょっ、なんで煽るのさ! 大人しくしとこうよ……」
こんなんでもシアの中身は大人。
事態が良く分からなくとも、面倒な事にならないように黙っていたのに台無しだ。
「精霊……やっぱ特別ってか。精霊侍らせといて自分は陰に隠れて何もしないで逃げんのかよ?」
精霊と共に居る辺りも特別な理由か、とまたもやズレた思考をしてしまっている。しかも煽り返す。
流石に大人しくしていたシアもその言葉にはカチンときたらしい。
決して侍らせている気は無く、大切な親友なのだ。
「むっ……じゃあやってあげるよ! 後悔しても遅いからね!」
売り言葉に買い言葉、彼へと指を突き出し宣言。やはり大人では無かった。
それは彼女に突き刺さる言葉だったのだ。
結局護る事しか出来ないシアは、今までもルナの陰に隠れて生きてきたと言っていい。
彼女自身そう思っていて大きなコンプレックスだ。
「おいお前ら何言ってるんだ、いい加減にしろ」
団長がようやく止めに入る……が、もう遅い。
すっかりヒートアップしてしまっている。
「そうだ、そんなの何にもならん。というか飯を食いに行きたいんだが」
「んな事言ってる場合か。シアなら問題無いかもしれないが子供同士で決闘なんて――」
呑気なフェリクスに口を挟むダリルも、戦いにならない事は想像出来る。
しかしその言葉は火に油を注ぐ事になった。
「問題無い!? ダリルさんまでそんな事言うのかよ! クソッ、やってやる! 皆は飯に行けばいい、別に怪我する程戦うつもりじゃねーし!」
実力者として尊敬しているらしいダリルにまで言われては、もう堪ったものではないのだろう。完全にやる気満々だ。
しかし小さな女の子相手に怪我を負わせるつもりはないらしい。決闘とは一体……
「そうだよ、怪我なんてしないし! 皆はご飯食べてきて!」
「万が一があったってあたしが治してあげるから気にしないで!」
相変わらず障壁に自信のあるシアは煽る煽る。
それはそれとして皆を巻き込むのも悪いのでご飯は行ってほしい。
なにより子供っぽく怒っているのを見られる恥ずかしさもあるのだ。
そんな事を気にするくらいならさっさと大人らしく収めればいいのに。
「どうすんだこれ?」
一触即発で睨み合う彼らを見てフェリクスが呟くが、多分全員同じ事を思っている。
「もうめんどくせぇ、好きにやらせよう」
「いいのか……?」
考えるのが嫌になったのか団長は放置するつもりらしい。
親子の事に口を出しづらいのか、ダリルは呆れた目を向けるだけだ。
「そうですよ、もしシアちゃんが怪我したら……うーん?」
「しない、のかな? いやでも……」
セシリアとリリーナも障壁の事に思い至る。
精霊が誇る程の障壁には手が出せず、かといってシア自身も貧弱故に攻撃は出来ない。
つまり決闘なんて言いつつも戦いにならない。
とは言え子供の喧嘩……というか、戦おうとしているのを止めないのもどうかと思うので何か言おうとするのだが、何を言えば止まってくれるのか分からない。
むしろ怒っているシアが珍しくてついつい眺めてしまっていた。
やはり揃いも揃って呑気だ。
「止めるだけが大人じゃねぇって事にしておこう、後でたっぷり叱ってやる。――おーい、やりすぎるなよ!」
団長はそれっぽい事を言って切り上げた。
とりあえずやりたい様にやらせて後で叱れば良いと考えているらしい。
団長以外は揃って微妙な顔をしているが結局昼食へと向かい、決闘とやらもそろそろおっぱじめるようだ。
「さぁ、これで人の目は無くなったよ!」
丁度昼時なのもあって他にはもう誰も居ない。
シアは腰に手を当て堂々と受けて立つ姿勢で宣言した。
威勢は良いがやろうとしている事は障壁に引き籠るだけなので情けない。
しかしその情けなさを自覚しているからこそ、八つ当たりの様に喧嘩を買ったのだ。
「ほら、一応渡しとくよ」
鍛錬場には木製の武器も置いてある。
名前も知らない彼はその中から剣を2本手に取り、シアの方へ投げ渡して構えた。
とりあえず木剣程度ならシアでも振れるが威力はお察し……いや、隙だらけで当たりもしないだろう。
それでも一応拾うが、構えも知らないので自然体で立っているだけだ。
「チッ、構えもしねぇのかよ。いいぜ、やってやる。魔法もアリでいいよな? 危なくない様に控えめにはするけど……」
「勿論良いよ。じゃなきゃ何にも出来ないし」
エルフ相手だからなのか、魔法も使わなければ実力とは言えないからか、条件を決めていく。
それでも怪我が無いようにと控えめにする辺りに彼の性格が出ている。
まぁ控えめにしないと本当に危険なので当たり前とも言えるが。
「準備はいい? 怪我したってあたしが治せるからね」
離れて浮かぶルナが声を上げる。
当初はシアを馬鹿にされた怒りからだったのだろうけれど、やはり彼女らしくこの状況を楽しみだしているのかもしれない。
「いつでもいいぞ。吠え面かかせてやる!」
「私もいいよ。後悔させてあげる!」
ルナへ返事をしながらお互いに指を突き出し叫んだ。




