32.赤坂と安心院 〈射主と騎士王〉
放課後のオーディションまでの空き時間に、私はバレー部の練習に出ていた。バチィン!! という音と共に私がスパイクで打った球がコートのライン上を射抜く。ああ、気分が落ち着く。
私は今回のダンスのオーディションで優勝して安心院に告白するのだ。そう思うと頬が上気していくのを自覚してしまう。もしかしたら振られるかもしれないし、オッケーをもらえるかもしれない。正直なところどうなるかはわからない。だから学校に伝わるジンクスに勇気をもらうことにしたのだ。
落ち着くためにあと一本打ったらあがろう。私は再びジャンプをしてスパイクを放つ。ボールは狙い違わずコートのライン上を射抜く。
「先輩危ないです!! 足元にボールが!!」
後輩の言葉に私は落下地点にボールが転がってくるのに気づく。後輩の打った球がネットにはじかれ私の方にきてしまったのだろう。私は咄嗟に空中で着地をずらす。くっそ迂闊だった……やはりうかれていたのかもしれない。
「っつ……」
「ごめんなさい、先輩大丈夫ですか!! お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫よ、危ないでしょう! 次からは気をつけなさいね」
私は駆け寄ってきた後輩に少しきつめに返事をして足早にバレー部の練習場を出た。どうやら足を少しひねってしまったようだ。後輩に罪悪感を抱かせるわけにはいかないのでポーカーフェイスを貫く。
周りに人がいないのを確認して私は足を少し動かしてみる。大丈夫そこまでの痛みはない。一回ダンスを踊るくらいならばなんとかいけるだろう。これから大事なオーディションなのだ。安心院の足を引っ張るわけには行かない。
「おお、おつかれ、今ちょうど如月達のダンスがはじまるぞ」
「へぇー、なんか秘策があるとかいってたけど何なのかしらね」
体育館で安心院と合流した私は入り口から如月達のダンスを見る。え、何これ? 変なBGMとなんか煙と映像でショーみたいになっている。これって反則じゃないの? 審査員のほうをみると男のほうは呆然としているが、女の子の方はまるで懐かしい思い出を楽しむかのように喜んでいた。意外と好意的に受け取られているようだ。ダンスの腕では勝てると思ったのに負ける可能性がでてしまったかしら?
「流石だな……モードレット、やはり俺達の前に立ちはだかるのはお前か!!」
「何ノリノリになってるのよ……負けるかもしれないのよ」
「ああ、だが俺達はいつも通りに行くぞ。なあに、俺とお前なら負けることはないさ。俺と赤坂なら優勝できるって信じてるぜ!」
安心院の笑顔に私は胸の鼓動が早くなるのを自覚する。頼られて顔がにやける自分はちょろいなと思う。まずい……嬉しくてパニックになる。私は咄嗟に切り替える。
「うん、ウチもがんばるよ!!」
「その調子だ!! いくぞ」
彼の視線が私から外れたのを確認してスイッチを切った。安心院もなれたものか私の性格が変わるのにも何の抵抗もないようだ。いやいや、そんなわけないでしょ。絶対変に思ってるわよ……うう……本当はこんなことしないで彼と向き合いたいのに……
「何よ?」
「いや、なんでもない……」
準備運動とばかりに少し体を動かしていると安心院の視線を感じた。もしや怪我に気づかれたかと思ったがそうでもないらしい。よかった。
前のペアのダンスが終わり私たちの番がやってきた。アドレナリンが出ているからか痛みもあまり感じない。いける!!
私と安心院は向かい合う。そして私の差し出した手を取り、BGMが始まると同時にダンスを始める。やばい安心院の体温を感じてドキドキしてきた!! 平常心平常心平常心!!
少し踊ると安心院が不審そうな顔をして動きを止めた。
「どうしたのよ?」
「お前足を怪我してるだろ」
「え……」
気づかれていた……でも大丈夫、私は踊れる!! だから踊ろう。そう言おうとした私だったが。安心院が口を開くほうが早かった。
「すまない、俺達は棄権する!!」
「安心院何を言ってるのよ、私は踊れるわ」
「うるさい、さっさと行くぞ」
「でも……きゃっ」
そういうと安心院は私を背負って体育館を出て保健室へとむかってしまった。とっさにおんぶをされて私は頭がパニックになり抵抗もできなかった。
「なんで怪我したってわかったのよ……隠してたのに……」
「馬鹿か、この一週間ずっと一緒に踊ってたんだぞ、動きがおかしいんだから気づくに決まってんだろ。部活に支障が出たらどうするんだ。保健室につれていってやるからもっとしっかり捕まれ」
そういって私を背負う安心院がどうしようもなくかっこよく思えてしまって、私は彼の言うとおりにぎゅっとしがみつく事しかできなかった。
「どうせ女の癖に硬いとかおもってるんでしょ……」
安心院に背負われている私ははずかしさのあまり、つい憎まれ口を叩いてしまう。少しはましになったかともいきやまだまだだめなようだ。彼の背中は意外と大きく体温が気持ちいい。自分の鼓動が激しく動いているのを自覚する。私の想いに彼は気づいてしまうだろうか?
「ああ、硬いな………すっげえ、硬いよ……」
安心院は真面目な口調で言う。本当にこの男は空気が読めない。ここは嘘でも、そんなことないよっていうところだろうが!! 運動をしている分一般的な女性に比べ筋肉があるため私の体は硬い。自分でも気にはしているのだ。今までは気にならなかったのでこいつのせいで気になってしまっている。
私は蹴り飛ばしてやろうかと怪我をしていないほうの足をあげたが思いとどまる。そもそも、こうしているのは私のせいなのだ。こうして保健室まで運んでくれているのは彼の優しさだ。
「でもさ、この硬さは赤坂の努力の結果だろう。バレー全国区だもんな……俺はお前を尊敬してるんだぜ。一つの事に集中して結果も出してさ。赤坂は本当にすごいよ。だから俺はお前のこの硬さもかっこいいと思うし、好きだぜ」
そういってあいつはきっと笑ったのだろう。もちろん推測だ。私は顔を真っ赤にして彼の背中に顔をうずめているため表情なんて見えなかった。普段は空気を読めないくせに、なんでこういうときに一番ほしい言葉をくれるんだこの男は……心臓がさきほどよりも早鐘のようになっている。このままでは死んでしまうのかもしれない。
「保健室についたぞ、おろすぞ」
「だめよ、ベットまで運びなさい」
安心院の言葉に私は反論する。当たり前だ。今の私の顔なんて見せられるものか。それに今あいつを正面からみつめたら気持ちが抑えられなくなりそうだ。
「はいはい、さすがに重くなってきた……」
「重くない!!」
彼は私を優しく保健室のベットに下ろす。恥ずかしくて私は咄嗟に安心院から顔を逸らしてしまった。すると彼に何か勘違いさせてしまったようだ。
「そんなに負けるのが嫌だったのか? でも、怪我をしたらバレー部の活動に影響を出るだろ……てか大事な体なのに俺のくだらないプライドのために、ダンスなんかに誘って本当にごめん」
そういって彼は私に頭を下げた。違うのに……怪我をしているのに、無理にダンスを踊ったのは私だし、そもそも私は彼とダンスを踊りたかったのだ。むしろあやまるのは私の方だ。私が不注意で怪我をしたせいで彼の努力を無駄にしてしまった。私は知っている。彼は誰よりも練習をし、誰よりもがんばっていたのだ。確かに動機はくだらない。でもそのくだらない事に一生懸命になれるのはすごいと思う。
「別に怒ってなんていないわ、怪我したのは私の不注意ですもの」
「それならいいんだが……足をみせてくれ」
「変な目でみたら殺すわよ」
そういって彼は私の怪我した足をみる。また、憎まれ口を叩いてしまった。ああ、なんで私はこうなんだろう。自己嫌悪に陥っていると安心院が私の目を見つめてきた。そして彼は得意げに笑った。
「よかった、今は本当に怒ってないな。普段は口は悪くても優しい目をしてるからな」
「はぁぁぁ、何言ってんのよ」
「いやいや、まじだって。本当に怒っているときは殺人鬼みたいな目をしてるもん。先生呼んでくるな。多分軽い捻挫だと思うけど、素人判断じゃこわいもんな」
殺人鬼みたいな目って私はどんな目をしているのよ!! でも優しい目か……かっこいいとかはあるがそんな事を言われたのははじめてだ。それより彼が行ってしまう、そう思うと胸がきゅっとしめつけられた。
「待って、どうせすぐ帰ってくるわよ、それより暇だから私の話し相手になってよ」
「まあ、それもそうか。その調子ならそこまで痛みはないんだな? よかったー、やばかったらバレー部の連中にぶっ殺されるところだったぜ」
私は彼を思わず呼び止めてしまった。そんな私を不審に思わず彼は笑いながら私の正面に座った。
「バレー部の皆はそんなに野蛮じゃないわよ。それより少しでも悪いと思っているなら文化祭一緒に回ってくれないかしら? 休憩時間一緒のタイミングだったでしょう?」
「いいけど……お前もしかして友達いないのか?」
「いるわよ!! ただその……怪我をしているからって、私の歩くペースに合わせさせたらもうしわけないでしょ」
「まあ、その怪我の原因は俺のせいでもあるしな。いいぜ。なんかデートみたいだな」
彼は軽口のつもりだったのだろう。でも私はデートという言葉に過剰に反応してしまう。確かに二人で文化祭を回るとか完全にカップルみたいじゃない。無理やり意識しないようにしていたのに彼の言葉がトリガーになって頭の中が真っ白になってしまう。
私は深呼吸をして心を落ち着かせる。告白するのは今ではないだろうか? もうどうしようもなく私は目の前の男が好きなのだ。空気が読めないところも好き、くだらない事に一生懸命なところも好き、普段はあほなのに無駄に人望があるところも好き。普段は気が利かないくせに私がほしい言葉をくれるところも好き。全てが好きだ。
「ねえ……じゃあ、本当にデートしない?」
「ん、それってどういうことだ?」
私の言葉に彼はきょとんとした顔をした。間の抜けた表情すらも愛おしい。私はごくりとつばを飲み込み言葉を紡いだ。
「それはね……私と……」
私の言葉を中断し、扉が乱暴に開けられた。やってきたのは女装した中村と妻田だ。ふたりとも満面の笑みだ。どうでもいいけど中村の女装のクオリティが地味にあがっているのがむかつくわね。
「アーサー聞いてくれよ、オーディションに僕らが優勝したんだよ」
「これで、リア充の発生を阻止できるぞ」
「それは本当か!! よくやった二人とも!! 祝杯だ、ファミレスへ行くぞ!!」
三人がわいわい騒ぎながら抱き合う。たった今リア充の誕生を阻止したわよ、あんたら……いや、まあ告白が成功してたかなんてわからないけど……
「赤坂も怪我の治療終わったら行くか? 女子一人でも大丈夫ならだが」
「私はいいわ……」
なんか疲れてしまった。今日はもう告白する気力なんてない。今回は不発に終わったが、文化祭を一緒に回るのだ。チャンスはあるわよね……
「そういえばさっきなんかいいかけてたがなんだったんだ?」
「うっさい、ここ保健室なんだから静かにしなさいよ」
そうして私は彼への告白のタイミングを失ってしまった。でも気持ちの確信はできた。私はこの男が……安心院が大好きだ。それが確信できただけでもよしとしよう。
最初はRZK会メインのはなしのはずがいつの間にか赤坂さんと安心院の恋愛メインになってました……もっとギャグっぽいのりのはずだったのに……
今回の話で二人の話は一旦終わりです。おもしろいなって思ったらブクマや、評価、感想をいただけるとうれしいです。
安心院と赤坂さんの関係についてはこちらを読んでくださるとわかりやすくなると思います。
『イベントで推しキャラの可愛いコスプレイヤーがいたから声をかけたら隣の席の口うるさいけど美人なクラスメイトだった件について』
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