もしも店長が
時刻は17時ちょうど。俺は横山さんのスーパーの事務所の入口に立っていた。
「こんにちは。」
事務所のドアを叩く。
「おう、会津くん。いらっしゃい。」
愛想良く出迎えてくれる店長をよそに、横山さんの姿を探す俺。だが、事務所にはいないようだ。
「この前持ってきてくれたこの夏の新製品のビール、旨かったよ。」
と、上機嫌な店長。
「あっ、ありがとうございます。」
対する俺はどこか落ち着かず、そわそわしていた。
「この前、ご祝儀代わりにとせがまれて棚を1列増やしたけど、こんなに旨いなら正解だったよ。売れ行きもなかなか順調だよ。」
それを聞いて、このお喋りな店長にも後輩の結婚式で出会った彼女の話をしたことを思い出す。
もちろんそれが横山さんで、あなたのスーパーの従業員ですよとまでは言ってないのだが。
「それは良かったです。店長が棚のいい場所に置いて頂いたおかげです。」
だが、良かったという言葉とは裏腹に明らかに困っている俺。
店長が横山さんにこの話をしていたとすれば、それが自分のことであることは用意に察しがつくだろう。
だとしたら、こんな間抜けな話はない。
辺りを見渡すが、とりあえず横山さんの姿はない。
「棚の場所もあるけど、うちの社員が冷凍食品の組み合わせでいいおつまみを考えてくれてね。ビール並べて試食をやったら飛ぶように売れたよ。そうだ、紹介するよ。」
そう言って店長は傍にいた社員の1人に声をかける。
嫌な予感しかしない。
「秋山くん、横山さん呼んできてくれる。」
「わかりました。」
やっぱりだ。こんな予感だけはよく当たる。
「うちの食品部門を主に担当している横山です。」
店長は俺に横山さんを紹介すると続けて
「横山さん、この前のビールの営業さん。会津さんだ。」
「こんにちは。会津です。」
敢えてよそよそしく名刺を差し出すと、横山さんもその空気を察してくれたのか
「横山です。よろしくお願いします。」
と合わせてくれた。
それからしばらくの間、おつまみのレシピや販促のノウハウの話などを続ける店長とそれに応える横山さん。
それを借りてきた猫より大人しく聞く俺。
店長があの話を横山さんにしていたら、そのことばかりが気になる。
そうこうしていると店長に一本の電話が入る。そのタイミングで、それじゃあ私もそろそろとだけ言い残し、俺は半ば逃げるようにして事務所を後にした。
あてもなくふらふらと通りを歩く。先週同様目の前にある公園も、そこではしゃぐ子供の声も、辺りを照らす夕日も、そこには何もないかのようだった。
もしも店長が・・・そのことばかりがエンドレスに繰り返される。
そして10分が過ぎただろうか。この駄菓子屋の前を通るのは2回目だ。
ピロリロリロリン
メールだ。
お待たせしてごめんなさい。
あと30分くらいで出れそうです。
メールを見てふと我に返る。
そうだ、
それでも、ここに来た主たる目的を果たさねば。