電話
僕が横山さんに初めてメールをした晩から1週間が過ぎた。その間、僕達は何気ない雑談の交換を何度か繰り返した。
「ダメだ、ダメだ。こんな世間話じゃ。仲良くなりたいんだろ?それなのにお前の好意が全然伝わらないじゃないか。思い切って映画か食事にでも誘ってみろよ。」
あの日の俺の言葉が突き刺さる。
だが、僕も何もしてこなかったわけではない。この1週間で得た横山さんに関する情報をまとめるとこんな感じだ。
身長…162cm、体重は秘密
血液型…A型
家族構成…父 母 妹の4人で実家暮らし
趣味…料理、映画鑑賞、お笑い
好きな食べ物…カルボナーラ、ケーキ
部活…高校まではバレーボール部、大学は山登りサークル
誕生日…10月8日
休日…シフトだが、基本水曜と土曜
休日は基本水曜と土曜。そう聞いた僕は、今週の予定表の火曜日の最後の欄に横山さんのスーパーを入れた。
あとはあの日の俺の言う通り、映画か食事にでも誘うだけだ。そう決心して携帯電話を握る。
トゥルルルル
横山さんは出ない。
トゥルルルル
トゥルルルル
トゥルルルル
コールが鳴るたびに決意が鈍りそうになる。
トゥルルルル
5回目のコールが鳴る頃には、もういっそ出ないでくれなどと馬鹿な事を考え出す。
トゥルルルル
トゥルルルル
トゥルルルル
結局、8回コールしたところで僕は電話を切った。
ホッとしたような、そうでもないような。
「ふぅ。」
と、その時
ピロリロリン ピロリロリン
僕の携帯が鳴る。反射的に通話ボタンを押してしまう僕。
「は、はい。会津です。」
「横山です。お電話取れなくてごめんなさい。」
完全な不意打ちだ。用意してあった台本も全て吹っ飛び舞い上がる僕。
「あの・・・何か御用でしたか?」
「あ、そうですね。今日は・・・お仕事終わったんですか?」
「はい。」
「そうですか。それでですね・・・あの・・・」
「何か慌ててます?今、大丈夫でしたか?」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」
だが、全く大丈夫ではない僕。それもこれもこんなタイミングで電話をしてくるあなたのせいですよと。
そんな頭真っ白な僕に神から救いの手が。
「あっ、もしかして明日、うちのお店に来るんですか?」
何故それがわかる、横山さん。
「そ、そうなんですよ。それでですね、横山さん、水曜日お休みだって言ってたし、お店終わった後空いてないかなと思って・・・」
「うーん・・・ちょっと待ってくださいね。」
10分は待っただろうか?
だが、時計の秒針は間違いなくまだ1周もしていない。
「大丈夫ですよ。明日は早く帰れそうですし。何しますか?」
「横山さんが見たいと言っていたあの映画。僕も見たいと思っていたんです。先週から公開してますし、どうですか?」
「わかりました。楽しみにしてますね。」
「仕事終わったらメール下さい。それじゃあ、おやすみなさい。」
なんとかなった。手汗で僕の携帯電話はベタベタだ。だが、そんな携帯電話とは裏腹に僕の心は爽快感でいっぱいだ。
明日は何を着ていこうか、映画館まではどう行こうか、どんな話をしようか・・・悩みは尽きない。
僕は遠足の前の日の子供のようにいつまでも寝付けずにいた。