水溜り
「ぼろぼろ泣いちゃって格好悪かったな。」
出口へと向かう人達の列の中でそう呟く俺に
「私も。でもあれを見て泣かない人はいないよ。特に…」
と、俺も一番ぐっときたシーンを語り出す横山さん。
俺が感じた事と全く同じ横山さんの感想を聞いて、2人ということを再度実感する。それが嬉しくもあり、少し恥ずかしくもある。
「送っていくよ。」
ここから横山さんの実家までは歩いて20分だ。
「えっ、悪いですよ。」
悪いことはない。俺が少しでも長く横山さんと一緒にいたいだけなのだから。
「ちょっとくらい格好付けさせてよ。」
「そうですか、それじゃあ…お言葉に甘えて。」
上目遣いに俺を見上げる横山さん。うーん、なんともいえないがとにかくいい。
そんなやり取りをしながら、ショッピングモールを出てゆっくりと歩き出す。
外は朝から降っていた雨の影響でムシムシとしている。だが、あのシーンがおかしかったとか、あのシーンではずっと主人公を応援してたとか、ハイテンションに語る横山さんのおかげで梅雨の蒸し暑さは微塵も感じられなかった。
10分ほど歩いただろうか。道にできた大きな水溜まりを避けようとした横山さんがバランスを崩し、こちらに身を寄せてくる。
「キャッ、ごめんなさい。」
そういう横山さんの髪からはとてもいい香りがした。俺が肩を支える手を離さずにいると横山さんが
「あの…もう大丈夫ですから。」
ハッと気付き、慌てて手を離すが少しバツの悪い空気が流れる。だが、横山さんの方はというと全く意に介する様子もなく
「ありがとうございました。そういえば店長も…」
って、ここでその話題に戻るの!?全く心の準備ができてなかった俺はただただ焦る。すると、さらに追い打ちをかけるように正面から1人の人影がこちらに向かって話しかけてくる。
「明日香、あらあら、そちらの男性は?」
「お母さん!こんな時間に何やってるの?」
どうやら横山さんのお母様のようで
「ちょっとコンビニまでね。それで?」
期待に胸を膨らませているのが傍から見てもわかる。残念ながらそのような関係ではないわけですが…
「会津と申します。初めまして。」
とっておきの営業スマイルを振りまく俺。そしてどういうわけだが俺は40代から上の相手には男女を問わず好かれてしまう体質なのだ。この体質で仕事の上でもだいぶ得をしてきた。
横山さんのお母様も例外ではなく
「まぁまぁ、いい子じゃないの。明日香をよろしくお願いします。」
「お母さん、失礼でしょ。会津さんはお仕事の関係の方でそういうわけじゃないから。」
全くもってその通りなのだが、はっきり言われてしまうと少しがっかりもする。一方、そんな話は聞きもしないお母様
「会津さん、メルアド交換しましょう。」
「喜んで。」
断る理由もないので携帯を取り出し、電話番号とアドレスを伝えていく。いつの間にかすっかりお母様のペースだ。
お母様と出会ったのにこのまま横山さんを家に送り届けるのもおかしな話なので、それではということでお母様に横山さんを引渡し、駅への道を引き返し始める。
10分後、駅に戻り電車に乗ってふと思い出す。
また店長の話を聞きそびれた。