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Is  作者: 遠奈 都
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俺と僕

俺の名前は会津豊。29歳。仕事は大手ビールメーカーの営業だ。

自分で言うのもなんだが、中学から有名私立大学の附属校で、成績も上位。営業成績だって若手の中じゃ一番のいわゆるエリート社員だ。

さて、

今日も何にもしない上司の代わりに契約書をまとめて、俺がいなきゃ何にもできない後輩の面倒を見て1日が終わるな。俺がいなかったらこの部署どうなってしまうことやら。


午後からは会議だ。今日もまた現場を知らない上司が滅茶苦茶な提案を議題に挙げてくる。彼らの言う事にいちいいち付き合っていたら、会社は倒産してしまうわ。


「ちょっと待って下さい。」


今日もまた上司とディスカッションしてしまった。


こうして大半をくだらない仕事に費やして1日の仕事を終える。本当は、花方と呼ばれる本社で俺だって働きたいのだが、どういうわけか地方の営業所に配属されてしまったのだから俺も運がない。

でも、まだまだ俺の実力はこんなものじゃない。俺は本気を出せば社長にだってなれる器なんだから。


17時45分。キーンコーンカーンコーン。

おっと、定時を告げる鐘が鳴った。

一般人は、たいした仕事もしないのに今日も残業のようだが、俺は違う。今日の仕事は午前中には片付けた。


「お先に失礼します。」


今日も俺だけはきっちりと定時で退社する。



僕の名前は会津豊。さっきまでの俺の本当の姿だ。

定時に退社した僕が向かったのはいつもの店だ。


パチンコオアシス、本日新台入荷。


明日もまたくだらない仕事だ。せめて明日までのわずかな時間くらいすかっと気持ちのいい思いをさせてほしい。

店内に入ると本日入荷の最新台が1台だけ空いていた。


「ラッキー。」


迷わずその台に腰を下ろして、一通り釘を確認する。

釘は最悪。こんな台でも打ってくれる馬鹿なお客さんがいるからパチンコ屋は儲かるわけだ。

だが、僕にはそんなことは関係ない。新台なのだから出るはずだとか、今日は朝の星占いで魚座は1位だったとか、自分に都合のいい理由だけを頭に描く。

要するにパチンコを打つ以外の選択肢はないわけだ。


そうして打ち始め、気が付けば4時間が経っていた。当初の見立て通り、渋い釘だったその台は、みるみるうちに豊の財布の中身を奪っていった。


閉店時間の11時。

ちっ、今日は4万負けか。自宅に着いた時には既に日付は変わっていた。


蒲団に入るが、新台で4万円も負けた悔しさからかなかなか寝付けない。疲れた体と頭で僕は考える。何故あの台に座ってしまった?釘が悪いことはわかっていたじゃないか。これじゃあ今までのパチンコで負け続けの僕と一緒じゃないか。これからは釘のいい台だけに座って確実に勝つようにパチンコを打つんだと昨日決めたばかりじゃないか。こんなことじゃパチンコで作った100万の借金をパチンコで返すなんて…


気付けば翌朝になっていた。今日こそは、今までの僕とは違うと意気込んで家を出る。

いつも通りの豊だ。


昼休み。社食で昼食を取っていた豊に大学の同期の雨宮が話し掛ける。


「豊、聞いたか?大学のゼミの後輩の山田、結婚するらしいな。」


「あぁ、知ってるよ。」


「俺も結婚してみてわかったが、いいもんだよ。」


「何が?」


「結婚だよ。仕事で疲れて家に帰った時に待っていてくれる人がいるってのはいいもんだよ。仕事にも張り合いが出て頑張ろうと思える。お前はしないのか?結婚。」


「俺は御免だね。お前もそうだが、結婚して子供が出来た途端、やれ子守りだ参観日だと言っては酒も呑みに行けない、たまの休日にゴルフも行けない生活になる。そんなことで人生何が楽しいんだ?俺は自分が大好きだし、それらの楽しみを全て投げ出してもいいと思えるような相手には一生出逢うことはないと思ってるよ。」


「そうか。」


「それに仕事に張り合いって言ってもお前の成績は俺より…」


「このやろー、お前も行くんだよな?山田の結婚式。」


「まぁな。」


29歳という年齢をあってこの手の話題はしょっちゅうだ。毎日可愛いだろと言っては見せられる雨宮の1歳の娘の写真にも辟易する。どこぞの猿かとも思えるような姿を見せられて可愛いと思える感性を俺は持ち合わせていないし、親馬鹿なのはわかってるけどと前置きすれば許されると勘違いしている雨宮にも腹が立つ。

そして山田もその仲間入りか。いいやつだったけどな。



その日の夜、珍しくパチンコオアシスに寄らずに僕は帰宅した。山田の結婚式の御祝儀の事を考えると今月はもう余裕がない。

時間ばかりをもて余した僕は考える。

何故あの時、そんな素敵な家族がいて羨ましいと雨宮に言えなかったのだろう?その方が雨宮だって喜んだろうに。

僕だって本当は結婚に憧れだってあるし、子供も欲しい。ただ彼女いない歴=年齢の僕には縁のない世界だし、第一結婚の前に借金もなんとかしなきゃいけない。僕には無理だ。


だから素直に言えなかった、僕が出そうとした結論を俺は認められずにいた。


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