52話 地球side 「牙猫族の男はな」
灯りを点けたかったが、何故かスイッチを押しても反応しない。莉子がやったのと同じように押しているのに。
仕方なくルリララは、目をつぶっているミミナナに歩調を合わせ、一段ずつゆっくりと階段を下りていった。
そうしてトイレに到着したのだが。
「やだ、お姉ちゃんもいっしょにはいって……」
なおもミミナナは袖を引っ張る。
まあトイレとは、つまり狭い部屋だ。しかも灯りが無いのだから真っ暗な狭い部屋。怖くて当然だろう。
「一緒に中入ってやる。それなら怖くねえだろ」
それでも普段ならこのくらいで涙目にならないはず。幼いとはいえミミナナは優秀。牙猫族の里では大人に交じって、夜間の見回りもこなしているのだから。
こんなに臆病じゃないのにと、不思議がりつつ一緒にトイレへ入る。
「ほら手、繋いでてやるから」
ベージュ色をした、セラミック製の温かい便座におずおずとまたがる。
芳香剤の匂いがやや鼻につくものの、ここは清潔で居心地がいい。
牙猫族の里にあるのは汲み取り式だから、比べるとなおさらだ。というか向こうだと王宮以外は大抵汲み取り式である。
トイレ一つとっても文明の違いがよく解かるというものだ。
「使い方は、わかるよな」
コクリと頷いた。
昼間にも2度お世話になっているから大丈夫だろう。
手が震えているミミナナに代わって、履いていたパジャマの下を脱がせてやった。
便座に身体を預ける。
緊張していて、うまく排尿出来ないようだ。
仕方なくルリララは、ミミナナの尿道を刺激してやる。
チョロチョロ。
「んぅ……」
無意識に声を出している。
ギュッと手は握ったままだ。
「(昔のアタシそっくりだな)」
ミミナナの表情を覗きこみながらふと回想する。
「(いや、アタシのほうが情けなかったな)」
他よりも優れた才能を持つルリララは、男衆に混じって訓練をさせられていた。
かつての彼女にとってそれは苦痛でしかなかったが。
ルリララの活躍が気に入らない同年代の少年は。彼女に対して嫌味や嫌がらせを、たびたび繰り返されていた。
その度に、よくエンレゥに慰めてくれたものだ。
「なあミミナナ」
尿を水で流して、トイレットペーパーで股間の露を拭きとっているミミナナに問うた。
「どうして、牙猫族を抜けたいなんて考えてるんだ」
「……」
ミミナナは黙り込む。
それを相談されたのは5日ほど前。
ミミナナは牙猫族で生活するのが嫌だと、ルリララに吐露していた。
とても追い込まれているように見えた。
自分が勇者活動している間に、ミミナナはどうしてしまったのかとルリララは心配になっていた。
ミミナナには戦いの才能がある。才能が無かったから、尖った戦闘スタイルを選ばないといけなかった自分と違って、彼女は本物だった。
ルリララは彼女が何に悩んでいるのか解からなかった。
莉子の家に彼女を連れてきたのも、相談に乗ってやるタイミングが欲しかったから。無神経な男衆の多い牙猫族の里では、ミミナナも心を閉ざしてしまうだろうと。
「……ククツラが、ミミナナのこと嫌いだっていった」
直前に、関連する夢を見ていたせいかもしれない。
その一言でルリララは全てを理解した。ククツラとは、ミミナナが好意を持っている男の子の名前だ。
「……そっか」
「え?」
「ミミナナも、昔のアタシと同じ悩み抱えてるんだな」
「ルリララおねえちゃんも?」
信じられない、という驚きの表情でルリララを見上げる。
そんなに驚くほどかと言いたかったが、普段は気丈に振る舞っている自分に気付く。
どう説明してやろうか一蹴悩んだが、ストレートに伝えるのが一番いいと彼女は思った。
「牙猫族の男はな、惚れた女が強くなると嫉妬するんだ」
最初はプレッシャーに押し潰されそうになっているかと心配した。
周りからの重圧に耐えきれなくなって逃げ出したくなったのかと。
だが違った。気付いた。
今のミミナナは、昔の自分と同じなのだと。
洗面所に行き石鹸で手を洗う。
「莉子を起こしちゃ悪いしな」
抱きかかえながら足音を立てずに階段を上っていく。そうして音もなく部屋に戻って布団に潜り込んだ。
ミミナナはぎゅっとしがみ付いてくる。
「寝るまで、起きててやるから」
「うん……」
ルリララにとってミミナナは妹のような存在だ。
ずっと妹のように可愛がってきた。
そんなミミナナが遠くに行ってしまうのかと、ルリララは危惧していた。
だがその心配は杞憂だったようだ。
そういえば。ふとルリララは昔を思い出す。
昔といっても、せいぜい5年前の話だが。




