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ジャパンDMZ  作者: ヒロセカズヒ
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本日も平穏なり

「本日も、DMZは平穏なり、と」


天童大雅はタブレットの巡回日報に、そう打ち込んだ。


北海道方面情報部――通称、北方部。英語名はHokkaido Research Office、略してHRO。


表向きは研究所を名乗っているが、中身は情報機関だ。この国では、それを隠しもしない。


国境を接する独立国家が情報機関を持つのは当たり前のことだ、と誰もが思っている。だから天童も、名刺に堂々と「北海道方面情報部」と刷って、持ち歩いている。


もっとも、その仕事の中身は恐ろしく地味だった。


今日の天童の任務は、国境付近で活動している法人・団体の、総当たり調査。


農業法人、測量会社、NPO、外資系企業。片っ端から、書類と現地を確認していく。


九割は白だ。ごくたまに、灰色がいる。黒は、めったにいない。


「またか。めんどくさいな」


天童は、車のハンドルを握りながら、ひとりごちた。


直前に、内閣官房から、妙な注意喚起が回ってきていた。


北海道方面、警戒強度を一段上げよ、と。


理由は、書かれていない。


天童のところまで下りてくる頃には、理由などとっくに削ぎ落とされている。


噂では、総理の古い友人が何か言ったらしい、という話もあったが、真偽は知らないし知る立場でもない。


上が「上げろ」と言えば、上げる。それが、末端の仕事だ。




***




北海道が、二つに分かれてから、もう何十年になるだろう。


第二次世界大戦の終わり際のことだ。ソ連は、留萌と釧路を結ぶ線から北を、自国の占領地域とした。当初は「北日本人民共和国」という名の、傀儡国家だった。


冷戦が終わる頃、一度は統一の好機もあったという。だが、当時の日本は、それを掴み損ねた。混乱に乗じて、ロシアが北海道の北半分を、そのまま自国領として抱え込んだ。


以来、そこは地図の上で、静かに色を変えたまま現在に至る。




境界線は、荒野に続いている。


有刺鉄線とコンクリートの杭と監視塔。


人の手が入らなくなったDMZ--緩衝地帯には、皮肉なことに自然が戻ってきた。


ヒグマが増え、鳥が渡り、湿原が広がる。そして、その静かな荒野の下で、何が起きているのかは、誰も正確には知らない。


天童が向かっているのは、その国境から、そう遠くない場所にある、農場だった。


「Heartland AgriSystems 北海道実証センター」


アメリカ資本の、農業ドローンの会社だ。書類上は、どこにも引っかかるところがない。


ないからこそ、一応見ておけ、というリストに入っていた。


天童は、畦道の端に車を停めて外に出た。


そして、足を止める。




***




格納庫の脇に、車両が一台停まっていた。


鮮やかな緑と黄色に塗られ、散布用らしきタンクを積んでいる。農業機械に見える。誰が見ても、そう見えるように塗装されている。


だが、天童の足は、そこで止まった。


車体の低い位置の継ぎ目。ハッチを塞いだ、溶接の跡。側面に組まれた、金網状のなにか。そして、足回りの不自然なまでの頑丈さ。


「……なんだ、これ」


天童は、ごく自然な動作でスマートフォンを構えた。角度を変えて、数枚。ナンバー、車体の側面、足回り。あとで画像解析に回せば、ベースになった車両の型式も、改造した業者の癖も、大体わかる。


金網状の何かは、たぶん追加装甲で対戦車兵器や自爆ドローンを警戒する構造だろう。ウクライナの戦場からの資料で嫌というほど見た形だった。足回りの強化は、地雷対策だろうか?


農業機械が、対戦車兵器に地雷まで対策している。


この国のどこに、それを警戒しなきゃならない畑がある。


「めんどくさい」という気分は、いつの間にか消えていた。天童の中で、何かのセンサー感度が、勝手に上がっていく。




***




Heartlandの担当者は、不在だった。所用で道東に出ているという。




天童は、予定を繰り上げることにした。


次の当たり先は、もともとリストに入っていた。


北海道大学の、生態系調査チーム。国土交通省に申請されたドローンの飛行許可データを洗っていて引っかかった。


飛行区域が、こちらの注視している事案の場所と、いくつも重なっている。


純粋な学術調査のはずだが、一応、顔は見ておきたかった。




チームのリーダーは、日浦という研究者だ。


四十代後半、フィールドワーク中心。




天童は、事前に配布資料の顔写真を、頭に入れてあった。


道東の調査拠点は、プレハブと資材の並ぶ倉庫だけ。


天童がそこに着いたとき、倉庫の前で二人の人物が地面の何かを覗き込んでいる。


一人は、日焼けした、無精髭の男。傍らに、使い込まれたボルトアクションのライフルが立てかけてある。多分、熊を警戒しての事だろう。


もう一人は、若い女性だった。日本人に見える。だが、髪と瞳の色が、わずかに違った。


二人は、砕けたドローンの残骸を前に、話し込んでいた。


「モーターじゃないですね、これ。制御系が、先に落ちてる」と、女性。


「だよなあ。今月、これで四機目だぞ。予算が飛ぶ」と、男。


天童は、その男の顔みて、すぐには、誰だか出てこなかった。写真の資料と実物が結びつくのに、一拍かかった。




「北大の、日浦さんですか」


天童は、二人の会話の途中に、そう割り込んだ。




前置きも、名乗りも、なかった。思ったことを、口にしただけだった。


男が顔を上げ、天童を見た。その目に、はっきりと「なんだ、こいつ」と、書いてあった。




***




先に反応したのは、女性のほうだった。


天童を一瞥し、その視線が、ほんの一瞬だけ値踏みするように動く。


そして、彼女は、小さく息を吐いた。慣れた仕草。役所の人間を、何度も相手にしてきた人間の仕草だった。


「……お仕事、でしょうか」


女性が言った。


日本語だった。訛りは、ほとんどない。




「北海道方面情報部の、天童と申します」


天童は、名刺を出した。今度は、マニュアル通りの順序で対応した。




日浦が、名刺と天童の顔を、二度、見比べた。


「情報部ねえ。うちみたいな、熊を数えてる研究室に、何のご用です」


「国交省のデータで、あなた方の飛行区域と、こちらが見ている場所が、重なっていまして」


天童がそう言うと、日浦はそれほど驚いた様子もなく砕けたドローンを、顎で示した。


「ああ。やっぱり、ただの機体不良じゃ、なかったんだ」


女性は、まだ、名乗っていなかった。


天童を、じっと見ていた。


「アレックスです。Heartland AgriSystems の」


彼女は、そう名乗った。名刺は、出さなかった。


その社名を、天童はさきほど見たばかりだった。


畦道に停まっていた、あの装甲車両改造農機の会社だ。




天童の頭の中で、いくつかの点が線になりかけるのを感じていた。


今朝見たばかりの、農業機械に偽装した装甲車両。


あの会社の名前。


そして、その会社の技術者が、なぜか生態系調査チームの現場にいて、砕けたドローンの制御系を専門家の目で読んでいる。


天童は、思ったことを口にした。彼は、いつもそうする。そして、それを後悔することもない。後悔は時間の無駄だからだ。




「あなた、ただのドローンの技術者じゃないですよね」


倉庫の前が、静かになった。


日浦が、砕けたドローンから顔を上げ、二人を交互に見た。


アレックスは、表情を変えなかった。


ただ、さっきよりも少しだけ天童の目をまっすぐに見た。


「……どうして、そう思うんです?」


「農業機械が、対戦車兵器を警戒してたので」


天童は、それだけ言った。


アレックスは、しばらく、黙っていた。それから、ふっと、肩の力を抜くように笑った。


困ったような、あるいは、少しだけ安心したような、そんな笑い方だった。


「……立ち話も、何ですし」


彼女は、言った。


「掃除した部屋で…そこで、話しませんか?ここ、耳が多いので」


日浦が、呆れたように口を挟んだ。


「おい。俺の調査地を、勝手にスパイ映画にするなよ」




***




こうして、天童大雅は、この一件に足を踏み入れた。




(第二話へ続く)

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