第8話 再開を待ち侘びて
美青年生霊との出会いから三年後。
ヨーロッパ全土の戦争が終結した翌日、ラジオで首相から終戦が発表された。
その日は五月八日、後にヨーロッパ戦勝記念日、VEデーとなる日だ。
終戦後は工場の製造業は緩やかになり、私は退職することになる。とうとう重労働の日々から解放されたのだ。
三年という長くも短い期間を過ごした同僚達と、終戦と勝利と別れの涙を流した後、私は船に乗りイギリスへ帰国する。
もちろん帰国し目指した場所は。
「来たぞフレディー。待ちに待ったコッツウォルズ、バイブリー村だ」
十四世紀に建てられたと言われる歴史ある建物が並ぶ。
その建物はコッツウォルズストーンと呼ばれる蜂蜜色の石灰岩を用いており、可愛らしい雰囲気を漂わせていた。
五月中旬ということもあり、赤や秀色、ピンクなど色とりどりのバラが綺麗に咲き誇っている。
まるで絵本の中にいるようだな。風に運ばれて来る花の香りがとても安らぐ。
この故郷で育ったフレディー、フレディーのような心優しい人間が生まれて来るのも納得がいくな。
……フレディーは私との約束を覚えているだろうか?
戦争を無事に生き残って帰還しているだろうか?
ダメだ、ネガティブな思考は良くない。フレディーに会えた時、悲しい顔をして会うなんてことはしたくないんだ。
街ゆく人と挨拶しながらレンガ造りの道を進み、見えて来たのはコルン川。
さわさわと流れるゆったりした、コッツウォルズに相応しいといった川だ。
……ここから見える橋、人はいなそうだな。
緩やかなアーチ状の橋を渡り、橋の手すりに手を置き流れる川の先を眺める。
そういえば、ナンシーが小説を出版するとか言ってたな。
こういった橋の上で二人喋るシーンも書いたんだとか。
私も小説を書き始めたら、フレディーは喜んで読んでくれるだろうか。
それから私は、コルン川に架かる橋を順々に見て周った。
しかしフレディーの姿は見当たらない。街の人に聞いてもフレディーは戻って来たという情報は掴めなかった。
探しに探した私は橋の手すりに背をかけて座り込む。
どれくらいの時間が経っただろうか。
夕日が今沈もうとする眩い光が綺麗に川に反射していた。
「……フレディー、もう一度で良いから私の前に姿を現してくれないか?」
私の独り言は誰にも届かず消える。
もしかしたら、戦場にいる中、終戦したことを知らずに未だ戦っているのかもしれない。
だとしても変わらない、私はフレディーの帰りを待つのみだ。
今日のところは宿でも探して泊まろうとするかな。
……私は何故立ち上がれないんだ。
ここで一人待ってても仕方ないだろう?
五月と言っても夜は寒いんだ、それなのに、まだ冷えきっていないこの時間で足が震えているのは何故なんだ?
私は震える足を縮こませ、頭を俯かせる。
「……嫌だ」
そんな事がある訳ないんだ。
「……嫌だよ」
私の事を忘れてしまったなんて、私の思い上がりだなんて。
「……フレディー」
フレディーはもう……戦場で……
『見つけましたよ、エリンさん』
爽やかで透き通る声。
私は頭を上げると、そこには三年前と変わらない姿のフレディーが居た。
『お久しぶりですね』
「フレディー!!!」
私はフレディーに飛び込んだ。
しかし。
三年越しの再開を喜ぶ私は、フレディーの身体をスっと通り抜けてしまった。
「え、あえ? フレディー?」
何度もフレディーを触ろうとするも触れることが出来ない。これってまた……
戸惑う私の気持ちを汲み取ったように、フレディーは微笑みながら言う。
『今の僕は生霊なんですよ』




