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調理実習-2

(2019/6/27 改稿)

「では、小林君。ジャガイモの皮剥きの手順をお見せしますね。ピーラーが一つしかないので、最初は私がするのを見ていてください」

「わかった、よろしくね。俺、全然やったことがないから、ゆっくり説明して貰えると助かるな」


 聖女様がピーラーを使ってジャガイモの皮を剥き始める。小林だけじゃなく、班全員の注目を集めている。

 たかが皮剥きと思われがちだが大切な料理の基本である。小林にお願いされたからか元々そうするつもりだったか、いづれにせよ聖女様はゆっくりとはしているものの非常に無駄のない洗練された所作で皮を剥いていく。これには俺と淳也は目を見張るしかなかった。思わず小声で淳也に話しかける。


「すげえな。皮剥きに見惚れるとは思わなかったぞ」

「びっくりだね。動きだけじゃなくって皮に芋がほとんど付いていないから技術もすごいよ」

「俺たちなんか足元にも及ばねえぞ、これ。聖女様はなんでもできるんだな」


 俺がそう言い終わらない内に、聖女様は皮を剥いている手を止めてこちらをキッと見つめてきた。いや、これは睨んでいると言った方がいいか。


「何かおっしゃいましたでしょうか?」


 うへぇ、まじか。話が聞こえてたのか? めっちゃ小声だったんだけど、ホント耳いいな。食堂でもその聴力を発揮していたのか?

 俺は慌てて口をつぐみ、お手本の邪魔をしたことに詫びを入れる。


「すまん、お手本の邪魔をしたようだ。黙って見ているよ。悪かった」

「別にお話しをされることは何も問題ありません。今は小林君のための説明ですから。ただ、私の名前は藤之宮ですので、お間違えの無いようよろしくお願いいたしますね」

「あ、ああ、知ってるよ。もちろんだ。すまなかった、続けてくれ」


 聖女様はしばし俺を睨んでいたが、ジャガイモに目を向け直しお手本の続きを再開させる。

 美女に睨まれるのってめちゃくちゃ怖いな。多分寿命が120秒くらい縮まった。長生きするためにも今後は気を付けよう。


 藤之宮様は皮を剥き終わるとピーラーの取っ手部分に生えてる芽取りでジャガイモの芽を取っていく。


「ジャガイモの芽にはソラニンやカコニンと言った天然毒素が含まれています。ですので、この芽取りを使ってほじるように芽を取り除きます。これを怠ると食中毒になったりしますので、ジャガイモを扱うときには気を付けるようにしてくださいね」

「へえ、そうなんだ。藤之宮さんは手際もすごくいいし知識の裏付けもあって、本当に料理が上手なんだね」


 小林が素直にそう言うと藤之宮は少し微笑んだ。俺は睨まれて、小林は微笑まれて、ずいぶんと扱いに差があるもんだ。まあ、俺も小林も自分が発した言葉による結果を受領しただけであるからにして、文句の付けようもないのだけれど。


「ありがとうございます。それでは小林君、皮剥きをお願いしますね」


 小林はピーラーを受け取り皮剥きをやり始めるが、それはそれは不器用で、皮にべっとり芋が付いてるし、芽の部分も必要以上にほじくられている。それを恥じてか「なんだかずいぶん小さくなったみたいだ。俺が皮剥きを続けちゃってもいいのかい?」と情けなげに藤之宮に問いかける。藤之宮は「初めてにしてはお上手ですね。大丈夫ですよ、続けてお願いします」と持ち上げて小林に手を進めるように促している。


 そんな様子を淳也と二人でぼやっと見ていたら、藤之宮が先程までではないにしろ強いキッとした視線をこちらに向けた。


「一ノ瀬君、加藤君。手がお休みしてますよ?」


 はいはい、すみませんとばかりに俺と淳也は動き出す。が、ちょっと待て。小林だけお手本ありで、俺達は無しか?


「藤之宮さん、悪いけどお手本を見せてもらってもいいかな? 小林同様、俺達男子にはなかなかハードルが高いもんでね」


 そう言うと藤之宮はやおら目を細め眉を顰め諦めたような表情で、しかし淡々と今の状況をご説明なされた。


「は? 私はこれから松井さんと末永さんのソースづくりをお手伝いしなければなりません。その時間を割くということはソースづくりが滞りかねないことであることをご承知の上でおっしゃられているのでしょうか?」


 なに? 「は?」ってなに? 怖いから圧を掛けるはやめてくれ。もう帰っていい?


「あああ、す、すまん。そんなつもりは全然これっぽっちも欠片も微塵も無いから是非とも松井と末永を手伝ってやってくれ。俺達は俺達でなんとかしてみるから」

「では手を動かしてくださいね」

「お、おう」


 小林が憐れみの表情で俺達の顔を見ている。(ほか)から見ても藤之宮の俺達に対する言葉には棘があるんだろう。俺達が何をやったと言うんだ全く。小林、お前が5番を引くからだ。全部お前のせいだ。


 仕方ない。淳也と作戦会議をするか。ただ、手を止めているとまた文句を言われるので、とりあえずキャベツの外葉を何枚か捨てることにする。淳也も玉ねぎの茶色の皮を剥き始めた。


「淳也。俺達なんか嫌われてるみたいだぞ」

「ねえ、僕帰っていい?」

「ばか、俺を置いて帰るな。仕方ないけどここは平身低頭にやり過ごすしかない。どうせ調理実習が終わったら接点も無くなることだ、滅私奉公で切り抜けるぞ」

「うん、わかったよ。でも綺麗な女の子の怒り顔ってほんとに怖いね」

「な。圧が違うよな。漏らすかと思った」

「もう、料理中に汚いよ」

「すまんすまん」


 俺がキャベツの外葉を捨て、淳也が玉ねぎの外皮を剥きながら小声で愚痴っていると、ソースづくりのサポートが終わったのか藤之宮が俺のやっていることをなんだか咎めるように声を上げて言ってきた。そんな大きな声出さなくてもいいだろうが。


「一ノ瀬君、キャベツの葉を捨てているようですが? 一体どうしてそんなことをするのですか?」

「いや普通だろ? 外葉は農薬とか汚れとか付いてい……」


 しまった。

 手元を見ながら返事をしていたのだが、顔をあげるとクラスの注目が集まっていた。藤之宮が大きな声を出したことで何事かと目を引いていたようだ。こっち見んなって。


「……るから捨てるって教科書に書いてあったぞ」


 なんとか誤魔化せたか?


「はい、その通りです。教科書にはそのように書かれています。小林君、松井さん、末永さん、キャベツは使う前に外葉を何枚か捨てるようにしましょう」

「ななななんだよ、間違ったことしてるのかと焦ったぞ?」

「間違っているとは一言も言っていませんわ?」

「え、いや、そうだけどさ……」


 俺をダシにして班の皆にキャベツの使い方を教えるのはやめてくれ。心臓に悪いしなにより注目が集まっちゃうだろ。


「時に一ノ瀬君。教科書も開かずに書いてあるとおっしゃられたのは意外ですわ? 念入りに調理実習の予習をされていたということでしょうか」


 うわ、ぶっこんできやがった。確かに俺は授業が始まって一度も教科書を開いていなかった。なんという目ざとさだ。


「い、いや、授業前にちょっとパラパラって見てたのをたまたま覚えてただけだよ? 予習なんてしないって」


 なんとか誤魔化せ、誤魔化すんだ。


「そうなんですね。その割には当然のように『いや普通だろ?』っておっしゃっていたのはどういうことでしょうか?」

「あああああれは、ほら、教科書に載ってることは普通のことだからってことでだな」

「何かさも当然のような、自信のある口ぶりでしたが」

「そそそそそんなことないぞ。そ、それは気のせいだ」


 めっちゃ突っ込んでくる!? クラスの視線が痛いっての、やめてくれよ。泣くぞ!?

 って思ってたら誰かがやじを飛ばしてきやがった。


「ははは、おい、一ノ瀬。お前、藤之宮さんの前だからってカッコつけても藤之宮さんに敵うわけないし無駄だぞー!」

「あははは」

「そうだそうだ。なんだ気を引こうってのかー? 釣り合わねーよ!」


 あー、こういうのホント嫌い。やめてくれ、うんざりだ。まったく勘弁してくれよ。


「皆さん、すみませんが、お静かにいただけますでしょうか? 授業中ですわ? お願いいたしますね」

 

 お前だろ! お前がいらんことを言うからこんな目に遭ってるんだろうがっ!

 マッチポンプかましながら涼しい顔してんじゃねえよ。藤之宮、マジ許すまじ。


 藤之宮の言葉にクラスの連中も自分の作業に戻る。しかしほんと藤之宮は何をやっても注目されるよな。


「さて、それでは進めましょう。一ノ瀬君はキャベツの千切りが終わらないとハンバーグの種作りに進めませんわよ?」

「わかってるよ。勝手に進めるからこっち見なくていいよ」

「それはなりませんわ。班の皆さんには調理手順を見ていただく必要があります。そうでなければ調理実習の意味がありませんもの」


 どこまで追い込めば気が済むんだ。なにが聖女様だ。悪魔の化身じゃねえか。まあ、そんなこと口から出そうものなら、クラス中から非難されるのは目に見えているので絶対に言ったりはしないが。しかたないので心の中で叫ぶだけに留めておいてやる。よかったな、恩に着ろよ。


「あーーーもう、わかったよ。わかったから、静かに進めような。お願いします」

「では時間もありませんので急いでください」


 もうホント疲れるんだけど。やっぱお家帰る。


 俺が被害を被ってる隙に淳也は玉ねぎの皮を剥き終わってこれからみじん切りに入るところだ。ずるいぞ。


「秀斗、今更かもしれないけど、教科書開いてた方がいいよ」

「え、あ!? 淳也、お前いつの間に!?」

「ぼ、僕は最初から開いていたよ?」


 淳也は姉がいる二人姉弟なおかげで、上が怒られているのを見て自分に被害が及ばないようにするのが身に付いているのだろう。兄弟の二番目三番目ってのは大体においてそういうズル賢いところがある。


「ほんと抜け目無いな」

「処世術って言ってね」

「物は言いようか」


 俺はしばし教科書を眺め、どうにも納得できない気持ちを抑え込みながら包丁を握った。


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