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恋を感じるとき  作者: 柏木杏花
柚希
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最終話     部室 恋を感じるとき


 一緒に大学まで来たが、碧は一度寮に戻って着替えてくるといったので、正門の前で別れた。

 部室に行くと、松浦と佐々木のふたりしかいなかった。ふたりとも疲れ果てた顔で、髪も服もくたびれていた。

 部室の隅に、ビニール袋に入ったアルコールの缶が大量にまとめられてある。昨日、柚希と碧が帰ったあと、ここでなにがあったか、容易に想像できた。

 松浦と佐々木は、徹夜で飲んでいたのだろう。空き缶の量からも、かなりの人数がここで夜を明かしたようだ。碧をここに残して帰らなくて、本当によかった。

「おはようございます」

「そんなに早くはないけど、おはよう」

 部室はほとんど片付いていた。個人写真がわずかしか見当たらない。写真部の部員がすでにここに来て、持って帰ったのだろう。やはり来るのが遅かったようだ。

「すいません。片付けに参加できなくて」

「準備よりはずっと楽だったからいいよ。昨日、徹夜で飲んでたし、そのままここで寝てたやつが片付けたって感じだから。でも珍しいね、柚希ちゃんがこの手のことに遅刻するなんて。そういえば、碧ちゃんも来てないな。文学部のほうかな」

 松浦の疑問に柚希が答える。

「いえ、碧さん、もうすぐこっちに来ます。いま寮に戻ってるんです」

「なんで知ってるの……って訊くだけ野暮だった?」

「野暮ですね。でも、心配してもらってたんで、報告がてら、ぶっちゃけますと、昨日、碧さんを部屋に連れ込んで、青春してました」

「…………そうだったんだ。えっと…」

 松浦は佐々木の存在を気にするように、目を泳がせた。どんなときでも、細やかな気遣いのできる松浦に、柚希はまたぞろ好感を持った。

「佐々木さんには、全部、カミングアウト済みです」

「そうなんだ?」

「最初、訊いたときは、思いっきしびびりましたよ。ふたりだけで話したいことがあるって呼び出されて、告白でもされんのかと思ったら……」

 名画の片づけをしていた佐々木が、手を止めて肩を竦めた。

「だろうね。気持ちはわかるよ。でもなんで、佐々木に話したの?」

 松浦はそのときの佐々木の心情を思うと、面白くてしかたないといった様子で、肩を震わせていた。

「佐々木さんって、碧さんのこと好きなんじゃないかなって思ったものですから、なんとか諦めてもらいたくて。でも全部説明するのが面倒だったんで、カミングアウトしたんです。レズだと思われるより、説得力があるかなって」

「説得力とか通り越して、爆弾だろ、そりゃ。だいたい、俺が碧ちゃんを好きだとか、えらい誤解だし」

「そうですか? なんとなく小学生が、好きな女の子にかまわれたくて、ちょっかい出してるようにも見えたんですけど」

「俺、大学生だし。どっちにしても、俺の手に負えるような女じゃねえよ、あの生き物は。柚希ちゃんの勇気に感動したわ」

 いまの言葉を、喜ぶべきか、悲しむべきか悩んでいると、松浦は愉しそうな笑い声をたてた。

「ま、碧ちゃんはちょっと破天荒なところがあるからね」

「ちょっとどころじゃねえし……」

 佐々木がまだ、ぶつくさいっている。まあ、勘違いなら有難かった。珍妙なところもあるが、佐々木の優秀さは碧も認めていたので、ちょっと不安だったのだ。どうしたって『男の魅力』ではかなわない。

「松浦さん、そういえば、カラオケ行ったとき、ウィーン少年合唱団にたとえたり、時間がないとか、いってたじゃないですか」

「ああ、いったよ」

「あれって、私が碧さんに恋愛感情持ったら、表情が変化するって意味だったんですか?」

 松浦が撮った自分の二枚の写真の意味を、柚希はまだはっきり理解していなかった。亜衣と碧に、時間をずらして来るように仕掛けたのは、表情の違いを撮りたかったのだろうとは思うけど。

「まあね。本当は、男に戻りかけてる表情を撮るつもりだったんだけど、あんまり、そんな感じにはならなかったな。妙に色気のある写真は撮れたけど」

「いまは、どうですか?」

「どうって?」

「男に見えますか?」

「全然、見えないよ」

 松浦は、柚希を上から下まで眺めて、不思議そうに首を傾げた。

「う~ん、男としての青春を通過したのに、残念ですね」

「ちょっと待って」

 松浦が、慌てて身を乗り出した。

「あのさ、碧ちゃんを連れ込んで青春したっていったけど、それってつまり、その…そういうような感じの、そういう行為……?」

 松浦にしては歯切れの悪い言葉である。内容が内容だけに、無理はないが。

「寝たかどうかと訊かれてるなら、寝ました」

「! でも、柚希ちゃん、きみは確か……」

「ああ、そうか。松浦さんとカラオケ行ったときは、まだ自分でも不能だと思ってたんですよね。たぶんいまでも、碧さん以外には、勃たないんじゃないかな」

「………………」

 松浦は絶句して、固まってしまった。

「柚希ちゃん、カミングアウトされたけど、見た目、思いっきし美少女だし、勃つの勃たないのといわれると、すげー、抵抗あんだけど……」

 佐々木が悲愴な声で不満を口にしてくるが、正直、このひとはどうでもいい。

「そんなこといわれても……。だいたい松浦さん、マスの掻き方、教えてくれるっていったじゃないですか」

「あんなの、冗談だよ。性転換しないことに決めたのに、先に進めなくて悩んでたから、冗談半分でいっただけだし……」

「うわ~、やめてくれ~。夢が壊れる~」

 佐々木が頭を抱えて悶えていた。面白いので、放っておくことにした。

 柚希にとって、男同士で下ネタを語り合うのは初めての経験なので、新鮮だし、かなり愉しかった。

 ガールズトークに混ぜられることは少なくないが、女の子の話の方が、よほど過激だ。法学部の同級生に恋愛上級者の女の子がいて、柚希がカミングアウトしたら、面白がって、自らの武勇伝や失敗談を無理やり訊かせてくれた。

 前戯が手抜きだったとか、終わったあと、さっさと抜かないから、避妊具が身体の中に残って大変だったとか。

 佐々木がこんな程度の会話で、赤くなったり青くなったりしているのが、心配になるほどだ。

 まあそれでも、そんな生々しい話も訊いておいてよかった。なにも知らなければ、碧にもっと迷惑をかけただろうし、場合によっては、愛想を尽かされていたかもしれない。亜衣がこの手の話をほとんどしないので、過激な言動の友人でもいてくれないと、柚希としては、困るのだ。

 女の子側からのNGを知っていたので、最低限のマナーは守れたと思う。……たぶん。

「……で、青春はどうだった?」

「どうなんでしょう? 私はともかく、碧さんは嫌だったのかもしれないし……。初心者なんで、下手さ加減もわからないです。写真みたいに、見てもらって、教えてもらうこともできないし、みんな、どうしてるんですか?」

「………………」

 松浦は、頬を引きつらせて、こめかみを押さえた。いつもこんな態度に出られる度に思うのだが、松浦は少し、変わっている。なにを考えているかわからない、と碧がよくいうが、頷けるものがある。

「瀬戸さんにそういうこと、あんまり詳しく、訊かない方がいいですよ」

 声に振り向くと、開けっ放しの部室の扉から、碧が入ってきた。

 この思い出深い場所で、こんなに穏やかな気分で、碧に相対するのは久しぶりだ。思わず、破顔しそうになる。

「へえ、碧ちゃんもついに、恥じらいの感情が目覚めた?」

「ひとを恥知らずみたいに、いわないでください。そうじゃなくて、男のプライドが木端微塵になるから、詳しく訊かない方がいいって、いってるんです」

「そうなの?」

「マジで?」

「そうなんですか?」

「…………なんで、瀬戸さんまで、疑問符つきなのよ?」

「自分じゃよくわからなくて……」

 実際のところ、碧の言葉の意味は、はっきりとはわからない。けれど、少なくとも昨夜と今朝の交歓を、碧が極端に嫌がっているわけではなさそうなので、安心した。

「すげー。なんかめちゃくちゃ興味あんなー。柚希ちゃん、ツレション行かねー?」

「絶対、駄目!」

 間髪入れずに、碧が佐々木を睨みつけて、がなりとばした。

「お前、カレシのトイレにまで、口、出すなよ」

「なんていわれても、嫌なものは嫌なの」

「柚希ちゃん、碧ちゃんのこの態度、どう思う? このままじゃ尻に敷かれるぜ? 別れんなら今のうちじゃねーの?」

 佐々木の言葉に、碧は黙り込んだ。視線を送ると、少し、不安そうな表情をしていた。

「……可愛いと思うんですけど」

 途端に、碧は顔をほころばせた。

 そんな様子も、抱きしめたくなるくらい、可愛かった。

「うわ~、やっぱ、幸せのドクターイエローか」

 佐々木が頭を抱え込んだ。

 そういえば、以前部室で、そんな話を訊いたことがある。なんでも電車がらみなところが、撮り鉄の面白さだろうか。佐々木の説に従えば、自分たちは幸せの黄色い新幹線が祝福したカップルというわけだ。

 亜衣から、碧が亜衣の部屋で、黄色い新幹線を見たことは訊いていた。

「だいたい、瀬戸さんのこの姿で男子トイレになんか、入れるわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」

「そういえば、スカート履いてるの、久しぶりに見た気がするな」

 松浦の指摘に、柚希は頷いた。

「はい。今日は碧さんのリクエストで……」

「そうなんだ。どうして?」

「これが終わったら、買い物につきあってもらう予定なんです」

「買い物? なんの?」

「靴とランジェリー」

「……………」

「お前、やっぱ、おっかねーわ。カレシを下着売り場にまで連れて行く気かよ」

 今朝、碧に買い物の同行を頼まれたときは、とくに抵抗を感じなかった。けれど、松浦や佐々木の反応から、自分たちの行動は、多少、常軌を逸しているのかもしれない。

 柚希の方は恋愛自体が初めてなわけだけど、碧は何度もつきあった経験があるのに、こんな指摘をされるのは少し腑に落ちない。同性だと認識していたときの感覚が、まだ、残っているのだろうか。

 今朝、『つきあってる相手が女装してるって、嫌じゃないですか』、と訊いたら、逆に『なんで?』と訊き返された。

 せっかく可愛いのに、無理して男装するなんて、もったいないよ、と続いた言葉には、妙に救われた。そのうち、似合わなくなって、女装に自分で違和感を覚えてから、考えればいい。

 少なくともいまの碧には、柚希が男の服を着ることが『男装』なのだから。

 そんな時間を、当たり前のように与えてくれる碧は、心の強者だと柚希は思う。

「どうせなら、好みを訊いて買いたいじゃない。可愛い乙女心だもん」

「ぜってー、違うぞ」

「……まあ、俺ら男も、見習うべきところがあるかもね」

「松浦さん、人間、見習って出来ることと、出来ないことがありますって」

「確かに……。柚希ちゃんは、ある意味、最強ってことだな。あ、そうだ、碧ちゃん、これ、約束してたやつ。中身だけでいいんだよね」

 松浦が、大きな茶封筒を碧に手渡した。

「ありがとうございます。嬉しい~。一生、大事にします」

 顔をほころばせ、大切そうに封筒を抱きしめる。くしゃくしゃにならないように、気を遣っている様子が伺えて、中身がよほど大切なものだと知れた。

「碧さん、それ、なんですか?」

「内緒」

「ええ? 教えてくれないんですか?」

「だって、恥ずかしいもん」

「お前、それが恥ずかしいなら、いままでの恥知らずな会話はなんなんだよ」

 佐々木がまた、碧に突っかかっていく。ふたりが角を突き合わせているのを眺めてから、柚希は松浦に縋るような視線を送ってみた。

 松浦は肩を竦めて苦笑した。

「あげた時点であれは碧ちゃんのものだから、俺が教えるのはルール違反だろう?」

 そういわれる気がしていたので、柚希は松浦から訊きだすのを諦めた。


 そのあと、暗室の中に詰め込んだ荷物を出して、机を元通りに並べたり拭いたりして、残っていた片づけを終わらせた。

 碧とふたりで先に部室を出ようとして、松浦に呼び止められた。

「きみら、自分の作品を忘れてるよ」

 そういえば、作品展に出品した写真を持って帰らなければならないのだった。碧の手に、茶封筒がしっかり握られていたのを見て、柚希は気がついた。

 自分の作品を忘れている、と松浦はいった。碧の持つ封筒には、松浦の写真が、自分を写した写真が入っているのだ。碧は、自分の写真を欲しがってくれたのだ。柚希は、にやけそうになったけど、気づかない振りをした。

 碧が一生大事にするといった言葉が、嬉しくてしかたがない。

 できれば被写体本体にも、同じ気持ちになって欲しいものだ。

 キャンパスを歩きながら、隣を歩く碧の横顔をこっそり覗き見た。

 初めて会った日も、こうして並んで歩いた。もうあのときから、碧に夢中になっていた気がする。

 これからふたりが歩く道は、決して平坦ではないだろう。自分は案外嫉妬深くて、心配性のようだ。それでも、碧がそばにいたいといってくれたから、こうしていつまでも、並んで歩いていきたい。

 柚希は澄み切った空を見上げて祈った。


 このひとに、恋を感じるときが、ずっとずっと、続きますように……。






最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。このふたりはこれからも、普通のカップルではなんでもないことで、大騒ぎになったりしそうですね。色々書き足りないところも、書きすぎたところもありましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。


※※※※※


この後…みたいな話を、書き始めてます。

松浦さんが主役なので、柚希と碧は脇役で登場します。

「M大写真部副部長の喧騒」です

あと、柚希と碧のクリスマスイブの話を、短編か、M大写真部副部長の喧騒・番外編かで書きたいなあ、と思ってます。2011.12.5


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