034『カラオケ』
レインが珍しくリュートを弾いている。
冷血めく美貌をいっそう麗して、カインを惚けさせている。
太古にありし 神さびた蒼銀を
求めし者に 試練あれ
太古にありし 神さびた蒼銀を
做りし者に 災いあれ
――やっぱりレインは、異世界ファンタジーのお姫様だ。
出自から世界から全く違う金色の美姫に、みつばだって惚けてしまう。
しっとりした歌声を高く彩るレインが、太古に語られる蒼銀を歌う。
蒼銀よ 彼に冠を戴け
蒼銀よ 彼女に杖を戴け
蒼銀よ 神の子に言葉を戴け
神は汝に器こそもたらさん
「ま、蒼銀ことミスリルは、シガンの北では、それしか掘れないし使えないわで全くのゴミなのだがな」
「ファンタジーロマンを壊さないでくれる?」
破砕したレインがカインの番だとリュートを渡し、みつばの隣に座った。
揚げたてポテトチップスを静かに用意したマテが、宮廷メイドの佇まいで熱い緑茶を注いでいく。
差し出されたカップにドバドバ金平糖を投入していくレインに、マテとみつばは渋い顔を隠さなかった。
「前座でこれじゃ、負けられねえな」
カインもしっとりと古歌を披露する。
世を砕いてこそ求めゆく
かの魔女を恐れるべし
栄虐のフォルタが仕える者ぞ
屍山に栄華の御旗と滅び
世を砕いてこそ求めゆく
かの魔女を怯れるべし
永起のリーンの続く世に
始まりばかりが作られる
物悲しい古い旋律に歌われるのは、スピオーネルのゾンビ騒動で大罪な大魔女2名だ。
「結局、あの魔女達って何者なんです?」
みつばの純粋な問いに、カインもレインも何も言えず、言ってはならず。
「伝説に語られる魔女門の中でも、エスカルドというのは破戒の限りだ」
代わりにマテが中途半端に答えてしまう。
これだけでは足りぬだろうと、レインがやっと口を開いた。
「魔王に忠誠する魔女の門の一つがフォルタとリーンの属するエスカルドだ。その災厄はこの通り、昔からの歌にも語られる」
その説明でも足りねえと、カインが差し込んで茶化す。
「魔女というより、山師みてえな発破好きのぶっとんだ魔族女しかいねえよ。歴代の魔王はいっつも持て余しているようだぜ」
「勇者ソノダの仲間のエルダ・エスカルドに至っちゃ、金で人間側に寝返っててよ。相手に関わらず何か気に食わないたびに得意の召喚で出したトマホークミサイルだったようだしな」
「とまほぉくみさいる……!」
壁際で妙に食いつくマテのジト顔に、茶を啜るみつばは内心ドン引く。
「そんなことより」
カインからリュートをひったくるレインが、「ミツバの番だぞ」と突きつける。
「えと、私、楽器なんてわからないんだけど??」
「歌ぐらい知っているだろう」
マテとは別に食いつくレインが、琥珀瞳を駄犬に輝かせてみつばに期待している。
「さ、立て」
リュートを構えたレインがひとかき鳴らし、響板を叩いて単調なリズムを立てていく。
みつばはしょうがなく前に立ち、少なすぎるレパートリーから、刻まれるリズムに近い歌を張り上げていく。
「オワリには~オーダの栄華♪輝きの満ちは~♪」
「音痴じゃねえけど、変な歌だな」
みつばの意外にも朗々な歌声に、カインが耳を立てていく。
レインも、その朗らかさに、「やっとここに馴染めたか」と満足げ。
「イセぞ神の拠るところ~♪神依りの地は~博愛の下にぃ~♪」
「……ん?」
しかしすぐ、最初のサビでカインが気がついた。
ノリノリでリュートを弾くレインは未だ気づかない。
しかしマテはジト睨を濃くしていく。
西に東に南に北に
お客様の求めは
博愛の下に
我ら博愛の人
働く店から日本を征す
世界を覇して博愛の道
「朝陽を二度受けて~♪汗に誠の安さを、捧げる喜びに――」
「殺すぞ勤労中毒」
その首元にマテのスティレットが突きつけられることで、修羅がようやく止んだのだった。
「失礼します。陛下、休まれるところ申し訳ありませんが」
控えていたメイドに通されるキシリルが、カインに傅く。
そのまま耳打ちされたカインの顔は、もっとも渋いものに変わった。
「なあミツバさん、もっと洒落たの聞かせてやってくれよ」
そうやって釘を刺したカインが、キシリルに連れられてオーラット帝へ変貌していく。
入れ替わってマテに言伝のあったカルメンが、騎士鎧のままでリュートを突きつけられる。
「ちょうど良い、市井の流行りを歌え」
「え、えー」
カルメンは困惑だ。
しかし無意識にリュートを受け取ってしまい、下がることは許されない。
「面倒だ。さっさと歌え」
マテのスケバン語威に、しかたがなしと小手を脱いだカルメンが、見事な伴奏と、持ち前のハスキー声で恋を歌う。
異と違う黄昏に
彼の声と求むる娘
悲恋に逢う想いでに
なぜかと問わうる
ただの掟
「ありきたりだな」
「ええ!!?」
つまらなそうなレインに一刀されてしまった感涙のカルメンが、別の泣き面でマテにリュートを突きつける。
「リュートなんて弾けないぞ」
抵抗は、リュートを構え直したカルメンの激しいかき鳴らしに消されてしまう。
――レインもそうだが、みつばも何やら楽しそう。
激しいリュートに合わせるマテの歌は、世界を無視してずいぶんパンクだ。
おのが誓いを思い出せ
これが聖句を思い出せ
オレの誓いはただの哀
聖句はただの飾り立て
オレの言葉を思い出せ
オレの言葉を思い出せ
怒りか悲しみか
オレにも知れない
「うるさいばかりだ」
「お前な」
またの一刀に、マテがスティレットを光らせた。
慌てて制止するカルメンとみつばが、別の物音に対して扉へ振り向く。
貴族令嬢同然に着飾らされたセレッタが、みつばへと駆け寄ったのだった。
セレッタを連れてきたハスエーは、ひどくくたびれた様子だ。
「そういえば、ハスエー。お前の歌など聞いたことがないな」
「え、どういう流れ?」
特に同格に近いカルメンへ振り向くと、当のカルメンからリュートを突きつけられる。
「えっと、カラオケ?じゃなくて、歌合戦?みたいなことに……」
ニコニコ無言のカルメンの横で、みつばが説明した。
ハスエーだって困惑だが、突然の余興命令を断るだけの理由を持ち合わせていない。
それにセレッタが繰り出そうとしていた雪崩弁をレインの手がキャンセルしたことで、より強固に促された。
「しょうがないですね……」
リュートを受け取るハスエーが、軽やかな舞踏節を刻んでよく歌う。
ノブラの畑に種を蒔き
ノブラの畑に穂を刈りて
冬よ来たれし
雪よ来たれし
ノブラの森に実を撒いて
ノブラの森に肉を獲て
冬よ来たれし
雪よ来たれし
冬精 踊りて眠りを誘う
我らは踊りて醒めを得て
冬よ来たれし
雪よ来たれし
「民歌にわざわざノブラの名を入れさせるあたり、お前の父の虚栄がよく知れる」
「そうなんですよね……」
もっともくたびれるハスエーは、回されていくリュートをレインに返したのだった。
「ところで……あー、お前は歌なんてまず興味なさそうだな」
レインは、セレッタについて歌を求めなかった。
しかしセレッタは話題の筋だけ理解している。
だからキシリルの鼻歌の歌詞について、自前の解説で雪崩させた。
海綿を洗う厠の戸の向こうで、キシリルが鼻歌をかいている。
流れっぱなしの古い洗面台で手を洗ったカインが聴いてしまう。
朝陽を二度受けて
汗に誠の安さを
捧げる喜びに
我ら博愛の人
ハクアイこそ日本を征す
世界を覇して博愛の道
戸板を静かに閉め直すカインは察する。
「だめだこりゃ」
正当な理由で長く休暇を与えられないものか、頭の中で計算を始めるのだった。
沈




