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9.【河合レン(元配送ドライバー)の証言】


あの家ですか?

ええ、覚えてますよ。何度か配達に行ったことがあります。


住人の方は……ちょっと変わった人でしたね。

置き配できない冷蔵品とか、サインが必要な荷物のときに何度か会ったんですけど、とにかく顔を見せないんですよ。

サインの時は玄関の扉を少し開けて手だけでやりとりして、冷蔵品は『玄関の前に置いておいてください。後で回収しますから』って。ね、妙でしょう?


犯罪者とか、何か後ろ暗いことのある人だったら嫌だなあ……とは思いましたけど、まあ、仕事柄色々なお宅に行きますから、気にしてたらキリがないですよ。別に激しくクレーム入れてくるようなお客さんでもなかったですし。


ただ、記憶に残ってることがあって。


いつもすごく……甘い匂いがしたんです。

甘いというか、甘ったるい。鼻の奥にまとわりつくような、粘つく、重たい甘さ。


扉を少し開けてやりとりするだけでも、それがすごく匂って、配達の車に戻った後も体に絡みついてるような気がしましたね。


何かに似てるなーと思ってたんですけど、最初は何の匂いか思い出せなくて。

でもある日ふっと思い出したんです。


『あ、あれはジャックフルーツだ』って。


俺、お袋がフィリピン人で、子供の頃一時期セブに住んでたんですよ。

その時よく市場なんかで見かけて、家でも食ってたんですけど、熟れすぎると独特の匂いがするんです。甘いんだけど、ちょっと発酵したみたいな……。


ガキの頃、道端の屋台で腐りかけのジャックフルーツを嗅いで、気持ち悪くなったことがあって。そのときの匂いにそっくりだったんです。


だから俺、心の中であのお客さんを


「ジャックフルーツの女」


って呼んでました。もちろん本人には言ってませんよ。


そういうわけで顔は分からないんですけど、ただ何度か、冷蔵品を回収する姿をバックミラー越しに見たことはあります。細くて背が高い、長髪の女性でした。


声は淡々としてて、必要最低限のことしか言わない感じでしたね。でも、荷物を受け渡しするときに手が触れたことがあって……。

すごく冷たかったんですよ。夏だったのに、氷みたいに。


俺が転職する間際でしたけど、インターホン押しても反応がなくて、「置き配不可」の荷物が何度も持ち戻りになったことがあったんです。

そういう時も家の中から甘い匂いだけはして……むしろ、玄関が閉ざされてても、扉の隙間から染み出してきてるような感じで。何かちょっと、不気味に思えましたね。


溜まってた荷物は、後で身内だっていう人が引き取りに来たらしいです。俺は会ってないんですが。


あの家、売りに出されてたんですね。

そうか……。


…………。

……あ、いえ、考え事ってほどじゃないんですけど。


俺、今は転職して生前整理の業者に勤めてるんですよ。

高齢化とかで、「実家を引き払うから、親の荷物をまとめて処分してほしい」っていう需要が増えてるんで。

それで、そこの先輩と飲みに行ったときに、ぽろっと「ジャックフルーツの女」の話をしちゃったんですよね。そしたら『それ、案外死臭だったりしてな』って言われて。


その先輩、前職は特殊清掃関連だったらしいんです。『ジャックフルーツやマンゴーみたいな果実に含まれるエステル類は、死体の脂肪酸からも揮発する。だから腐った肉からは、独特の甘ったるい臭いがするんだ』って。


先輩は笑ってたし、その時俺がマンゴーヨーグルト食ってたんで揶揄うつもりで言ったんでしょうけど、なんか引っかかっちゃって。


後で思い出したんです。ガキの頃セブで聞かされた昔話。


“熟れ過ぎたジャックフルーツ”って、フィリピンだと屍鬼の臭いなんですよ。


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