37.参考資料:【女性向けファッション誌『HISTOIRE(イストワール)』2003年12月創刊号】
< 特集:物語は新たな章へ。しがらみを捨て、街へ出よう >
家事や子育てに追われるうち、いつの間にか「私」を置き去りにしてきた――そんな思いを胸の奥にしまい込んでいた女性たちがいます。
家庭というあたたかな場所を守りながら、どこかでずっと、もう一度自分の手で人生を動かしたいと感じていた日々。毎日の生活の中で芽生えた小さな衝動が、彼女たちを再び街へと向かわせました。役割に縛られず、年齢に怯えず、自分自身の物語を動かし始めた女性たちの声を集めました。
■自然派美容サロンを立ち上げた渡辺さん(38)と、後輩であり右腕の有賀さん(31)
―― ふたりの再出発が重なった、小さな部屋からの物語 ――
マンションの一室に、甘やかな精油の香りが漂う。
渡辺さん(38)は、その中で少し照れたように笑った。
「最初は趣味の延長みたいな気持ちだったんです。子どもが成長して時間ができたとき、ふと昔の自分を思い出してしまって。働いていた頃の、お客様の笑顔が忘れられなくて」
結婚と出産を経て十年ほど。かつて美容部員として働いていた頃の自分に、どこかで「もう戻れない」と思い込んでいたという。
「今更仕事に戻って使い物になるのか、うまくいくのかという気持ちもありました。でもやってみたら、思っていたより手が覚えていたんです。最初のお客様は友達。その友達がまた誰かを連れてきてくれて……気づいたら、だんだんと予約が埋まるようになっていました」
そんなとき、彼女が声をかけたのが、かつて同じカウンターに立っていた後輩の有賀さん(31)だった。
■「先輩からの電話で、胸がドキッとしたんです」
有賀さんは、当時の気持ちを思い返しながら微笑む。
「私も結婚してからは家庭に入っていたんです。でも、家にいるだけだと、自分がどんどん薄くなっていくような気がして。そんなときに先輩から『ちょっと手伝ってみない?』って電話が来て……あの瞬間、胸の奥がパッと明るくなったんです」
それは彼女にとって、“自分に戻る時間”だったという。
「久しぶりに誰かの肌に触れて、表情が変わるのを見て……ああ、私、この仕事が好きだったんだって思い出しました」
■「誰かの役に立てるって、こんなに力になるんだと気づいた」
ふたりが並んで施術室を整える姿は、かつての職場よりもずっと穏やかだという。
「ここは小さなサロンですし、私たちも大きく広げようとは思っていません。でも、来てくださる方が『また来たい』と言ってくれる。良い施術をして、良い物を紹介して、お客様を笑顔にできる。それが幸せなんです」と渡辺さん。
有賀さんも静かに頷く。
「それぞれ家庭があって、時間は限られています。でも、『自分もまた社会に出て、誰かの役に立てる』と思えることがこんなにも力になるんだって、ここで働いて気づきました」
母として、妻としての経験の先にある、「私」としてもう一度"街へ出る"女性。そこにはブランクへの不安と、踏み出すためのハードルがある。けれど、「今の私」だからこそ選べる道を歩むふたりの姿は、静かに、確かに、自分の物語を綴っていく手応えに満ちていた。




