27.【羽波見錠一(比良峰化学工業・前会長夫人個人秘書)の証言】
はじめまして。本日は面会に応じて頂きありがとうございます。
比良峰化学の羽波見と申します。現在は前会長夫人の個人秘書を務めさせて頂いております。
……ええ、巳樹本不動産の方からご連絡を頂きまして。
当方の関係者が居住していた住宅について調べていらっしゃるとか。
わたくしとしましても、やましいところがあるわけではございませんから、誤解を招く前にこちらからご説明に伺いたいと、連絡させて頂いた次第です。
率直に申し上げます。例の「丘の家」には前会長の孫である比良峰ユリエが居住しておりました。ユリエは少し独特の生活パターンを持つ女性ではありましたが、あの家の購入・居住・売却について法律上問題のある行為は無く、次の居住者である山田順和子様とも関わりはございません。
……はい。おっしゃる通り、わたくしは山田様とは一度お会いしております。
残置物の中にユリエが「どうしても」と求めるものがあり、無理を言ってご対応頂きました。
はい。敷島美術館の企画展で販売された目録……エティエンヌ・ド・ロッシュの画集です。
……妹?
そうでした。山田様にはそのように申し上げていましたね。
そちらについては、余計な混乱を招かないため、嘘を申しておりました。
比良峰ユリエは妹ではなく――私の妻です。
ええ、仕事上は旧姓の「羽波見」を名乗っておりますが、比良峰の家の入り婿となっております。少し……不安定なところのある孫娘を慮った前会長夫妻が、支えになるようにとわたくしをユリエにめあわせたのです。
……奇妙ですか。結婚まで会長の意向通りにするというのは。
外部の方から見れば、そうなのかもしれません。
ただわたくしは、会長ご夫妻にはそれこそ実の息子のように可愛がって頂いた身ですし、ユリエは幼い頃より見知っております。そのユリエをどうか支えてやってほしいと、頭を下げて頼まれれば――。
……失礼、話し過ぎましたね。
伏見主任ですか?
ええ、事故については存じ上げております。大変、気の毒なことです。
ご存知かもしれませんが、あの方は巳樹本不動産に転職する前はS県内の銀行にお勤めでした。地元企業への融資担当として、わたくしども比良峰化学とも付き合いがあり、特に前会長夫妻には信頼を置かれていた方です。
それが……銀行の体制が変わった折、主流派から外れ、個人融資担当へ異動になったと伺っております。そして結果を出そうと奮闘なさった結果、あのような不正融資に関わることになってしまったと……。
伏見主任にはお世話になっていましたから、彼が身の不運を気の毒に思う前会長夫妻のご意向もあって、首都圏で私的な不動産を探すときには何かと相談させて頂いておりました。"地縁血縁は政治よりも濃い"が前会長のモットーでございます。
ええ。あの「丘の家」はユリエがどうしてもと聞かず、子会社の名義で購入したものです。
あの家の何がそれほど妻の心を惹きつけたのかはわかりませんが、なにぶん生まれてこのかた箱入りの育ちでしたから、一度縁もゆかりもない場所で一人暮らしをしてみたかったのでしょう。
わたくしとは祖父母の意向でめあわせられたとあって同居には難色を示し、「一度一人暮らしを経験して満足したら、地元に戻る」と、家族には約束していました。わたくしもなにぶん、地元の方で仕事がありますから、定期的に様子を見に来るという形で話が収まりました。
……なるほど。『宅配業者にも顔を見せず、夜でもヴェールを被っていた』と。
はい、ユリエは少し変わったところのある女性ではありました。ただそれは、容姿に対するコンプレックスが人より多少強かった、というだけのことです。女性なら、顔のむくみや出来物が気になる時にマスクをして出かける、ということもあるでしょう。
匂いについてもそうです。香水を好むあまり過剰につけ過ぎる、確かにそのような傾向はありましたが、一種のフェチシズムですとか、気を落ち着かせるためのルーティンであったと考えております。
ユリエへの面会ですか?
……ご遠慮ください。今は長期の療養中なのです。
ええ。元々持病があり、家族が手元に置きたがった理由の一つもそれでした。
服薬を欠かさず、無理をしないことが独居の条件だったのですが……。わたくしの落ち度です。
ともかくも、山田様の行方について、わたくしどもが知ることは何もありません。
そもそも、成人女性が身の回りを整理した上で姿を消し、ご家族からの失踪届も出ていない状況で、行方を探る必要などあるのでしょうか?




