一話「始まりの病院生活」
白く広がる天井。私の体を包むかのような白い布団に白いベッド。そして白色だけじゃないと言わせたいかのように黄緑色のカーテンが風に靡かされている。
「ねぇ、大丈夫なの?あなた、昨日この病院に運ばれたのよ?車と衝突して」
横には自分の母親がいた。周りに人がいるのに子ども扱いされるのは困る。
「うるせーよ、何しに来たんだよ」
話すと頭痛がする。それに手足が包帯の圧迫感で苦しめられている。
「せっかく心配して親御さんが来てもらったんや。なんや、その態度は?あぁ、俺は大崎誠。よろしくな、神埼心理君」
「何だよ、おっさん。俺、あんたと馴れ合うつもりないから」
「ちょっとしんちゃん?ごめんなさいね?この子、これでも気は優しいので」
「いや、それぐらいの心強さでよい。そうじゃなきゃ奴……辻井令に狂わされるからな?」
「誰ですか?それ」
「どうでもいいよ、母さん。そんなことよりも俺の事故の話聞いてよ。高速道路で俺がバイクに乗っていたのをいいことに煽ってきて道路と道路の壁ギリギリに挟まって動かなくなったと思ったらいつの間にかここにいたんだぜ?顔も拝めなかったしよ」
その場にいた者たちの沈黙が起きる。ここには私とは反対側にもベッドがあるようだが、カーテンで閉めきっている。最初に口を開いたのは母親だった。
「……それでその辻井令ってどんな人なのですか?」
「それがですね?」
(あれ?おかしいな?眠くなってきた)
そんなふうに心の中で思った時、私の視界は静かに消えていった。
私の顔の上に何かが乗っかっている。ただそれだけは分かる。目は開かないし、体に力が入らない。ただ私の耳には言葉が入って来る。
「すみません。お母さん。辻井令君はこんな感じで亡くさせてしまって……」
知らない男性の声と誰かのすすり泣く声が聞こえる。男性の発言から考えれば母親なのだろう。そして不思議なことに今の私の体は辻井令という人の物になっている。それにしても何が起きているのか見たくても動けないのがもどかしい。動く力がまるでないようだ。
「さぁ、お母さん。ここの慰霊室は冷えますから戻りましょうか」
「えぇ、さよなら……令……」
女性がそう言った瞬間、私の体に何かが刺さるのを感じた。そして目をつぶったまま静かに涙が流れるのを肌で感じた。そして静かに遠のいていく足音。そして開かれた扉から閉まるまでの扉の間の二人の会話。
「ねぇ、これでいいのかい?君の子を麻痺させて動けなくなった状態を刺すなんて」
「私の子?別れた夫と出来ちゃったあの気味が悪い子なんて私の子じゃないわ。これからできる子が私、いや、私たちの子よ」
「そうだったね、だからこそ隠しやすい慰霊室にしたんだったね。さあ、後始末を……」
扉は閉まり、冷え切った静かな空間の中に少女の声が聞こえる。
「苦しいね、辛いね。大丈夫、私も同じだったから。楽になろう。さぁ、息を止めて……」
暖かく何かに包まれる感じがした。
私はゆっくり目を見開いた。
「あんた、大丈夫?」という声と共に母親の顔が目に映る。
「まだいたの?」
そんなこと言ったら母親に手のひらで頭を叩かれた。
「三分ぐらいしか意識吹っ飛んでないあんたにそんなこと言われたくないわ、まったく」
「彼の名は"つしいれい”。つじいれい、じゃなくて……」
その時、何かが冷えるように感じた。私の首をまるでなでるかのように。
「やめよう、その話。あんた、居心地悪くなるわよ」
「分かった」
「じゃ、母さん。帰るからお医者さんに話して来るね。大崎さん、息子をよろしくお願いします」
「おぉ、怖くなったらうちの布団に入ってきな。面倒見てやる」
「足がやばいのにどうやってそっち行くんだよ、ってか行き……」
「分かった。それ以上言うな、青年」
彼は怖気づいた表情で大声で私の「行きたくない」というその言葉を阻止した。なぜ彼が阻止したのか分からないまま私の病院生活は始まった。