番外編 俺と彼女
新川先生目線でのお話しです。
まだ、再会する前の、ほんの一コマです。
「新川先生、顔。顔がとろけてますよ」
午後からの入学式に備え、ささやかな休憩を共にしていた同僚からツッコミが入る。
やばいやばいと、口元を押さえるけども、ダメだ元に戻らないぞ、これ。
「お待ちかねの女子生徒が今日から学校に来るのは知ってますけど、その表情はいただけませんね」
「……分かってるって」
むにむにと顔をマッサージし、最後に気合を入れるためペシリと音が出るくらいの強さで自らの頬を叩く。
そして最後に上の方から指導が入ったため、急遽用意した伊達メガネを装着する。
「ほれ、これでどうだ」
眼鏡なんてかけ慣れてないので違和感有りまくりだが、ないよりマシだろう。
「視線を誤魔化せるように眼鏡かけろと学年主任に指導されるとか、先月の合格発表の時、どんな顔してたんですか」
「主任がすっげー笑顔でトイレに行って早急に顔洗って鏡見て来いっていうくらい?」
「要は犯罪一歩手前な顔ね。何年待ってるんだっけ? あんたの執念すごいよな」
「お褒めに預かり光栄ってな。自分でも、びっくりよ」
一時間にも満たない、ほんの少しの、奇跡的な邂逅。
その時出会った彼女に、もう一度会いたくて、この学校に就職を決めた。
高校卒業してから、大学行って、他の女にときめくかと思ったけど、彼女以上に自分の想いを傾ける女はいなかった。
「もしも、件の彼女があんたが介入しなくても十分幸せそうだったら?」
事情を話し過ぎたのが仇となり、嫌な質問をぶつけてきやがる。
「そん時は、一教師として関わるだけだよ」
「おや、意外」
「…………たぶん?」
小さく呟いた本音に、同僚がやっぱりとため息をつく。
いや、だって、何もしないとかは無理だって、気になるし、声掛けたいし!?
でも、
「再来年の二月に温室で会えなかったら、諦めるさ」
だから、それまでは、許される範囲内で接触しようと思う!!
でないと、俺のモチベーションが保たれないし。
「まあ、犯罪行為に触れるようなことしなかったらいいけどさ」
生暖かい視線を向けてくる同僚と軽く無視し、冷めたお茶を一息に飲み干す。
さて、彼女と交わした賭けの結果が分かるまではしばらく時間はあるけど、ようやくここまできた。
長かった片思いが、結ばれるのか、砕け散るのか。
――願わくば、彼女が俺の手をとってくれますように。
「市居は面白いですね」
時は流れて、彼女が入学して二回目の夏休みの終わりに、たまたま一緒に当直だった学年主任がしみじみと言った。
「えーと、どの辺が?」
「人間関係ですかね。あなたから話は聞いてましたが、ここまでスゴイのに囲まれてるとは思わなかったので」
ああ、と納得ながら、栞の傍にいる人物達を改めて頭に思い浮かべる。
例の幼馴染である、チケットの神様と、トレジャーハンター。
関係者といえば、今年からうちの学校を騒がしてる校門前の金髪王子と、顔面偏差値の凄まじい氷結の美少年も入るか。
何より、親友二人があそこまでスゴイとは思ってなかったな。
「生徒会長の右腕、書記の春野。何でも屋の隠密兼情報収集担当の央守。クセのある子に囲まれてるのに、一切クセがないのが素晴らしいですね」
……本当に。
去年から見守ってたけど、あの三人がどうして仲良くなってつるんでるのかがよく分からん。
女の友情ってやつは、男が理解できない世界の話だよな。
「あの二人は愉快なだけでいいですが、彼女の幼馴染、あの二人はいけませんね」
「先生の目から見ても、そうなりますよね」
「ええ、あの様子だと二人ともこの学校に入る前からでしょうね。うちの学校に入ってからでしたら、否が応でもあそこまでの状態にはさせませんよ」
とんと、主任が机をはじく音だけが準備室に響く。
「代償取消は無理でしょうが、卒業するまでには普通の状態に持っていきたいんですけど」
「難しいですね。あれ、そうとう未来の分まで使用してますよ。実際の数値は分かりませんが、彼らが手放したとしても四半世紀はすっからかんでしょうね」
運の良すぎる幼馴染二人。
彼らの姿をうちの校長が視認した時、俺を含めた特殊職扱いの教師陣だけで緊急会議が開かれたのが記憶に新しい。
「新川先生には彼らが喪ってしまった、代償が分かってるんでしょうね」
勘ですけどねと、いっておく。
本人らに確認したわけではない。それに本人たちが気付いてないのがまた、何ともいえない。
知らないうちに手放してしまった、本当は有りえたかもしれない未来への可能性。
たぶん、一番大事な幼馴染への恋心を彼らは喪ったのだと思う。
本来は恋となっていたかもしれない未来は、捻じ曲げられて家族愛というものに落ち着いてしまっている。
ありえない程の運気を手に入れた代わりに、喪ってしまったものが大きすぎる。
「複雑な顔してますけど、その選択は彼らが選んだものですから、あなたがどうの思う謂れは一切ありませんからよ」
「……いや、でも、」
フェアかフェアじゃないかといえば、微妙なラインだし、複雑なもんを感じてしまう。が、
「二月に俺の目の前に彼女が現れたら、細かいことは気にせず掻っ攫いますけどね」
「それはそれは」
最終的には遠慮しませんとも。
一年の時はそうでもなかったけど、二年になってから微妙に暗い表情をするようになった彼女。
何度、声をかけようかと思ったことか。
「新川先生は、さりげなーく、ちょっかいかけてますよね」
「ばれてます?」
「あのくらいなら許容範囲なのでセーフですよ」
えぇ、春野に伝言宜しく~とか軽いノリで何度か声掛けてますからねっ!
春野、ごめん。結構お前のことダシに使用してる、心の中であやまっておくから!!
「市居さんの近くにいる人物で、一番の変わり種は新川先生が筆頭でしょうけどね」
お茶をすすりながら、ぼそっと呟かれる主任のことばが心に刺さる。
……そうですね、俺もどっちかというと、普通の教師じゃありませんからねー。特殊枠での採用ですからねー。
「彼女自身は普通の子なのに、特殊な人間に囲まれて、色々と苦労するでしょうね」
「大丈夫ですって、ちゃんと再会したら、俺が責任もって幸せにしますからっ!!」
「……私に宣言されても困るんですけどね」
俺の発言に、さすがの主任も生温ーい視線を向けてくる。
仕方ないじゃん、今、彼女で目の前でんなこと宣言しても、何言ってんのコイツって冷たい目で見られるか、無視されるかの二択じゃないですか!
あー、早く彼女の目の前に立って、また会えたなって、伝えたいな。
俺が彼女と再会できるまで、あと数か月。
「……顔見たいな」
小さく呟き、残りの作業に取り掛かる。
神様、どうか、彼女が俺の手をとってくれますように……。
次は二人でデートして、いちゃこらする話を予定してます。




